チェーリオ・カルタビアーノ
本日1回目の更新です。
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──チェーリオ・カルタビアーノ
アロイスたちはレンタカーを借りて、指定された港へと向かった。
アロイスたちはどうせボディチェックがあるだろうから丸腰だった。下手に武器を携行して取引相手を不安にさせたくないというアロイスの考えもあった。
それに相手は追い詰められたマフィアだ。金になるドラッグを扱うならば、再び偉大なマフィアとして君臨できるならば、わざわざ取引をパーにすることはしないだろう。
アロイスはなるべく物事を楽観的に考えるようにしている。悲観的になるのはフェリクス・ファウストの件だけで十分だ。将来、確実に自分を殺しに来るだろう男はチェーリオ・カルタビアーノではなく、フェリクス・ファウストなのだ。
港に入ると作業服姿の男たちがやってきて懐中電灯で車内を照らした。
「あんたらが“連邦”の?」
「ああ。取引に来たんだが」
「このまま4つ目の倉庫まで進め。そこで車を降りろ」
作業服の男はそう言うと、アロイスたちの車を港の中に入れ、同時に港に入るゲートのカギを締め始めた。アロイスは男たちの懐が魔導式拳銃を収めていることで膨らんでいることを見逃さなかった。
「4つ目の倉庫まで」
「了解」
マーヴェリックの運転で車は4つ目の倉庫前まで進む。
そこでアロイスたちは車を降りた。
同時に倉庫の中からスーツ姿の男たちが現れる。
「ボディチェックだ。ご協力願おう」
「俺は構わないけど、彼女たちにはやめておいた方がいい。彼女たちのためであるし、君らのためでもある」
マーヴェリックの前でマリーに不用意に触れようものならば、一瞬でローストチキンにされるだろう。
「分かった。女はいい。男だけ調べろ」
スーツ姿の男はアロイスが武器を携行していないか。盗聴器を備えていないかをしっかりと調べる。そして、何もないことが分かると、リーダー格らしき男に合図した。
「ボスがお待ちだ」
「女はここで待っていろ」
スーツ姿の男たちはそう言ってアロイスを倉庫内に案内する。
倉庫内は機械油の臭いがした。そして、殺風景。ごちゃごちゃとした船の部品らしい機械類が棚を占領してるのに、こじんまりとした椅子とテーブルがおかれていた。
アロイスはスーツ姿の男たちに囲まれ椅子に座っている若い男を見る。
ハイエルフとスノーエルフの混血。白い肌に灰色の髪。顔立ちは狐に似ている感じであった。背丈は170センチほど。全体的に細身だ。白色のスリーピーススーツを身にまとったその姿はまさに映画などで想像するマフィアだった。
「チェーリオ・カルタビアーノだ。こんばんは、アロイス・フォン・ネテスハイム」
「こんばんは、チェーリオ・カルタビアーノさん。しかし、お互いフルネームで呼び合うのもよそよそしい。どう呼べばいいかな?」
「チェーリオでいい。そっちもアロイスでいいな?」
「構わないよ」
アロイスはそう返して椅子に座った。
「若いとは聞いていたが、何歳だ?」
「20歳。そちらも若く見えるけど」
「21歳だ。まあ、誤差のような違いだな」
そこで初めてチェーリオは笑った。
「“連邦”のドラッグカルテルの冷酷さと残忍さについてはいろいろと聞かされてきたが、まさかそのドラッグカルテルの幹部が丸腰で、女ふたりを連れただけで取引現場に現れるとはな。あんたが唯一の例外なのか、それともドラッグカルテルというのはそういうものなのか?」
「俺が唯一の例外だろうね。ここまでフットワークの軽いドラッグカルテルの幹部もいないよ。取引の臭いがあれば、単身でギャングの拠点に乗り込んだこともある」
「それはなかなかだな。肝っ玉はあるってことか」
「考えなしともいえるかもしれない」
チェーリオはまた笑った。
「面白い男だ。個人的にも信頼できると思っている。それで、そちらが扱っている品はスノーパールか?」
「ああ。スノーパールが主力商品だ」
「スノーパールはどれくらいで売れる?」
「5ミリグラム当たり300ドゥカートから400ドゥカートが適正価格。その代わり今は金持ち向けのブランド品のスノーパールも作っているそっちは1000ドゥカートで売れる」
「こちらの仕入れ値は?」
「通常のスノーパールは5ミリグラム100ドゥカート。ブランド品は5ミリグラム400ドゥカートとなってる。そこは交渉次第というところもあるが、あまり値下げはできない」
「構わない。100ドゥカートで仕入れて400ドゥカートで売れるなら大儲けだ」
ドラッグビジネスは儲かる。アロイスはスノーパール精製の過程を機械化し、品質管理にも力を入れてるが、それでも出ていく金より入ってくる金の方が多い。原価は15から20ドゥカートなのだ。儲かるに決まっている。
「密輸量は?」
「昔は“国民連合”の留学生を使っていたが、今はNWCFTAで行き来自由になったトラックを使って密輸している。“連邦”から“国民連合”に車のパーツを届けるついでに、ドラッグも運ぶわけだ。今のところ密売ネットワークはもうひとつあるが、それでも500キログラムのスノーパールが密輸できている」
「俺たちに回せるのは?」
チェーリオが真剣な表情を浮かべてそう尋ねる。
「200キログラム。ただ、あんたらに200キログラムいきなり渡しても、捌ききれないと思っているんだが、その点はどうなんだ?」
ヴィクトルのギャングも最初は少量から密売を始めていた。
「俺たちは腐っても5大ファミリーの一員だ。200キログラム捌き切れる自信がある。ただ、200キログラムいきなり取引できる資金が足りない」
「そこは初回はサービスしておく。ただし、100キログラムだ。そっちが200キログラム捌き切れるかを確認しておきたい。俺たちも危険な橋を渡っている。不良在庫を抱え込むようなことになり、警察に目を付けられることは勘弁してもらいたい」
「ふむ。そちらの懸念は理解できた。では、まずは100キログラムの取引から始めよう。いつから始められる?」
「すぐにでも。“国民連合”内にドラッグの集積所がある。表向きは車の整備工場だったり、バス会社だったりする。そこから俺の命令ひとつあれば、ここに100キログラムのドラッグが運ばれてくる。後はそちらのお手並み拝見だ」
「では、明日からでも早速取引を始めたい」
「準備させよう」
アロイスは了承する。
「しかし、5大ファミリーの他のマフィアはどうなるんだ? 連中はドラッグビジネスに反対しているんだろう? どうやって納得させるつもりなんだ?」
「始末する。5大ファミリーの幹部全てを始末する。大掃除だ。俺たちは昔の矜持なんかに囚われているわけにはいかないんだ。だから、始末して、新しい時代を作る。その主役になるのは俺たちカルタビアーノ・ファミリーだ」
なんとまあ、荒っぽい解決方法だ。
だが、アロイスはチェーリオのことを嫌いにはなれなかった。
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