カルテル・マフィア・コントラクター
本日2回目の更新です。
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──カルテル・マフィア・コントラクター
アロイスは“連邦”の中心地であるメーリア・シティから飛行機で“国民連合”の経済的中枢にして、世界最大の金融街が存在するフリーダム・シティに降り立った。
同行者はマーヴェリックとマリー。ジャンとミカエルには引き続き『ツェット』の訓練を続けてもらうことにしていた。それに何かあればすぐにアロイスに連絡してもらうように手配しておいてもらっている。
フリーダム・シティは“連邦”のどんな都市部より発展していた。まあ、超大国“国民連合”でも最大規模の都市と“連邦”の都市を比べること自体が不毛なことであるが。
「で、取引相手っていうのは?」
アロイスは今回、マーヴェリックに言われるがままフリーダム・シティを訪れていた。彼はこのフリーダム・シティで誰と会い、誰と取引をするのか、全く教えられていない。ただ、マーヴェリックを信頼してここにやってきた。
「5大マフィアについては知ってる?」
「いいや。俺は薬学部の学生だったんだぞ。マフィアなんて知るはずがない」
アロイスは1度目の人生でもマフィアとは関わっていなかった。
「このフリーダム・シティには5つのマフィアが存在する。“連邦”は国土全体で4つのカルテルだけど、フリーダム・シティはこの街だけで5つも犯罪組織がいる」
「“連邦”の経済規模を考えると仕方ないことだ」
このフリーダム・シティの生み出す富だけで、“連邦”の生み出す富の何割を占めるだろうか。もしかすると“連邦”の生み出す富を全て合わせても、フリーダム・シティには及ばないかもしれない。
「で、流石の5大ファミリーも最近は落ち目だ。そもそもマフィアが幅を利かせていられたのは、禁酒法のおかげだった。だが、そんなものはとっくになくなった。今は恐喝やスト潰しなんかのちんけな仕事で食いつないでいる」
「そこにドラッグビジネスを持ちかける、と」
「その通り。だけど、取引相手は慎重に選ばないといけない。5大ファミリーを治める年寄り連中はドラッグのことを嫌っているし、サウスエルフの血が混じったスノーエルフのことも嫌っている。ドラッグビジネスで仲良くやっていきましょうといって握手できる相手は限られている」
「種族的偏見か。だとすると、君と俺は今回はまだ引っ込んでおいた方がよさそうだ」
「そういうことになる。まずはマリーに様子を見てもらう」
だから、マリーを連れてきたのかとアロイスは納得した。
「マリー。予定通り」
「……分かってる、マーヴェリック」
ふたりは手を重ねて指を絡めると手を放してマリーはひとりでフリーダム・シティの街並みに消えていった。
「彼女ひとりで大丈夫?」
「大丈夫。あたしと一緒にデルタ分遣隊にいたときの話だけど、あたしたちが10倍の敵に囲まれているのに、マリーとあたしは生き延びたんだ。あたしは思ったね。これは運命だって。あたしとマリーの関係は運命に定められてる」
マーヴェリックがバイセクシャルなのは大学時代から知っていた。彼女は男性についても性的な冗談をいい、女性に対しても性的な冗談をいう。だが、特定の相手を愛しているとか、特別だとかいうことはこれが初めてのことだった。
「マリーとは長い付き合いなの?」
「デルタ分遣隊の選抜試験のときからの付き合い。いろんなところに派遣されて、いろんな連中を一緒に殺してきた。楽しかったよ。悪党の額に鉛玉を叩き込んで、マリーと戦場でのひと時を過ごすってのは。軍はあいにく同性愛者に厳しいからこっそりとお互いの命を感じ合っていたけれど」
「命を感じ合う、か。詩的な表現だ」
「あたしが文学部に通っていたこと忘れてないよな?」
マーヴェリックはそう言ってにやりと笑った。
「あたしたちはホテルで待とう。マフィアとの取引は慎重に進めなければならない。いきなりボスがやってきて『さあ、これから手を取り合って取引しよう』なんていうのはドラッグカルテルでもないことだろう?」
「それもそうだ」
アロイス=ヴィクトル・ネットワークを構築したときは、アロイスはヴォルフ・カルテルの幹部ですらなかった。ただのアロイスとして取引にいき、取引を成立させてきたのだ。ハインリヒは何もしていない。
アロイスたちはホテルのロイヤルスイートでマリーの帰りを待つ。
マーヴェリックは本当に何の心配もしていないようだった。鼻歌を歌いながらミニバーの酒を物色している。
「……ただいま」
夕方になってマリーが戻ってきた。
「どうだった?」
「情報通りカルタビアーノ・ファミリーは取引に前向き。まずはドラッグカルテルの人間と直接話したいと言っている。そうしないと信頼できない、と。どうする?」
マリーはそう言ってアロイスを見る。
「フットワークは軽い方だと自覚している。いいよ。会おう」
「……リクリア島サニーパーク港で落ち合う手はず」
「時刻は?」
「明日の20時」
「了解」
マリーは無口だ。必要最小限のことしか喋らない。いろいろな冗談や雑談を楽しむマーヴェリックとはまるで正反対だ。
「お帰り、マリー」
「ただいま」
それでも彼女たちは戦友であり、命を感じ合っている。
「さて、事前に聞いておきたいんだが、取引相手はどんな人間なんだ?」
「カルタビアーノ・ファミリーと言えば、一時期はフリーダム・シティを席巻した最大規模のマフィアだったさ。過去形だよ。今は落ち目も落ち目だ。ボスであるコルンバーノが通り魔に襲われてくたばってから、息子のチェーリオが18歳でボスの座を継いだ。そうだね。ほぼ、あんたと同い年だ」
「やれやれ。親近感が湧いてくる相手だ」
「落ち目の組織を立て直すためにドラッグ取引に手を出すんじゃないかとは前々から言われててね。けど、5大ファミリーはドラッグ取引を認めないし、チェーリオは若造だと侮られている。奴としては成功して、5大ファミリーの年寄りどもをあっと言わせたいんだろう。奴の親父を殺したのも、5大ファミリーのどこかじゃないかって言われているし」
「“国民連合”の人間はそんなにマフィアに詳しいのか?」
「あたしは特別。デルタ分遣隊にいたときにカルタビアーノ・ファミリーの協力を得たことがある。反共軍事作戦にマフィアは協力してる。連中も根っからの反共主義者だからね。自由世界を守りたいのはマフィアも同じってわけさ」
“国民連合”はもはや反共と名が付けば、何をしてもいいようにも思えた。
ヴィクトルも反共軍事作戦でドラッグを扱っている。マーヴェリックは反共軍事作戦で犯罪組織の手を借りている。共産主義から自由世界を守るためにはドラッグもマフィアも犯罪も、神の名において全て許されるのですってかとアロイスは心の中で皮肉った。
「何はともあれ、チェーリオ・カルタビアーノと会おう。彼がドラッグビジネスに手を出す決意ができれば、俺たちはアロイス=ヴィクトル・ネットワークの次の密売ネットワークができることになる」
フリーダム・シティは金の生る木だ。
ドラッグカルテルが少しばかりそれを分けてもらってもばちはあたらないだろう。
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