実弾演習
本日1回目の更新です。
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──実弾演習
アロイスは“連邦”陸軍の特殊作戦部隊と空挺部隊の訓練をマーヴェリックたちに一任していた。訓練キャンプはヴォルフ・カルテルの統治する西部の森林地帯に設けられ、“国民連合”の偵察機による探知を避けるようになっていた。
訓練には実弾が使用された。
マーヴェリックたちは如何にして人のひとりも殺したことのない兵士たちを本物の人を殺せる兵士にするかについて心得ていた。
オペラント条件づけを基本とする訓練。リアルな戦場を演出し、兵士たちに考えるというプロセスを取り除いて、目標を見たら引き金を引くという行動を叩き込むという訓練をマーヴェリックたちは施していた。
兵士たちは実弾で人と全く同じ形をした目標を撃つと同時に、実弾の銃火に晒される。網の下を潜る匍匐前進の訓練では機関銃の実弾が兵士たちの頭上を飛び交っていた。兵士たちはストレスに耐え、一流の兵士に育つ。
アロイスは精鋭を必要としている。大規模だが腐敗した軍隊が役に立たないことは“連邦”政府そのものが証明している。アロイスは自分に忠誠を誓い、自分のために戦い、決して敵に寝返らない軍隊を求めていた。
だが、そうした軍隊が育っていく一方でアロイスとハインリヒの関係は冷え込んでいく一方だった。ハインリヒはアロイス=ヴィクトル・ネットワークの話しかアロイスにしない。アロイス=ヴィクトル・ネットワークでホワイトフレークを扱ってはどうかという話をしたのを最後にもう1か月も口をきいていない。
ホワイトフレークはスノーパールを上回る市場価値を有するドラッグだ。ホワイトグラスが飴玉で、スノーパールが赤ワインだとすると、ホワイトフレークはウォッカだ。それも火が付きそうなぐらいの度数の。
ヤク中はうっかりスノーパールの要領でホワイトフレークをキメるとオーバードーズで呆気なく死ぬ。それだけ危険なドラッグなのだ。だが、それだけの効き目がある分、少量でも多額の利益を生む。
問題はアロイスがまだホワイトフレークの売買を任されていないということだ。
ハインリヒはアロイスが自分に反抗的になっていることへの報復か、スノーパールのみの取引をやらせていた。キュステ・カルテルにそうしているように、利益の高いホワイトフレークを扱わせず、スノーパールだけでアロイス=ヴィクトル・ネットワークを回していた。
アロイス=ヴィクトル・ネットワークはハインリヒにとっても利益になる密売ネットワークであるが、同時にアロイスにとっての最大の収入源でもある。
ハインリヒのやっていることはある種の兵糧攻めだ。アロイスに私設軍を運用するための資金を集めさせず、自然に解体に持ち込もうとしているのだ。
アロイスは断固としてそれに抵抗している。
ノルベルトを味方につけ、スノーパールだけは確実に確保し、スノーパールの密輸量を増やすことで、『ツェット』の維持費を捻出した。今までの稼ぎも投資した分を確実に回収していき、武器弾薬の費用と兵士の給料に当てる。
アロイスがなかなか諦めないことにハインリヒの苛立ちは高まっていた。
それもそうだろう。検事総長である自分の息子が『ツェット』のような私設軍を所有していることが分かれば、ハインリヒの今の立場は脅かされる。ハインリヒは自分のために『ツェット』の存在を表舞台から隠さなければならなかった。
親子で協力しているように見えて、そこには確かな不協和音は生じていた。
そして、それを裏付けるような事件が起きる。
マーヴェリックの運転でアロイスがスノーパールの精製施設に向かおうとしていたときだ。警察車両がサイレンを鳴らして近づいてきて、アロイスたちの車に停まるように命じてきた。
「どうする?」
「従っておこう」
助手席でアロイスがマーヴェリックにそう言う。
車内にはドラッグも魔導式拳銃もなし。疑われるものは所持していない。
「身分証を」
「どうぞ」
アロイスとマーヴェリックは免許書を警官2名に見せる。
「ふむ。“国民連合”の人間か」
アロイスはそこで警官が拳銃のホルターに手を伸ばしたのを見た。
「マーヴェリック。こいつらは偽警官だ」
「了解」
次の瞬間、警官2名が炎に包まれる。マーヴェリックの魔術だ。
マーヴェリックは凄腕の兵士であると同時に魔術師である。環境マナという大気中に漂っている魔力を利用して、いついかなる時でも敵を攻撃できる。だから、彼女は魔導式拳銃を所持しておく必要はないのだ。
2名の偽警官は燃え上がり、地面を5分ほどのたうった末に死亡した。
「トランクに死体が入ってる。警官の死体だな。警官を殺して、警察車両と制服を奪い、それであたしたちを殺そうとした?」
「正確には君を殺そうとした、だよ。奴らは君の身分証を見てから銃を抜こうした。それに俺を殺せばどうなるかは分かっているはずだ。俺は『俺が誰だか分かってるのか?』なんて馬鹿なことは言わなかった。警察で俺の顔を知らない人間がいるはずない。警官たちが分からなかったのは、君の顔と名前だ」
アロイスは生焼けの死体を路肩に蹴って転がす。
「誰の差し金?」
「親父だろう。偽警官を使ったのは、警官を使えば自分が疑われるから。偽警官ならシュヴァルツ・カルテルもキュステ・カルテルもグライフ・カルテルも使う。罪を他のカルテルに擦り付けて、俺の軍隊を潰そうとした」
「流石は名探偵」
「茶化さないでくれ。これで親父との関係はぐちゃぐちゃだ。親父は自分が死んだ後のことも、カルテル間で抗争が起きることも考えていない。俺を“国民連合”から呼び戻し、ヴォルフ・カルテルの後継者に指名したのは、ただ単にひとりで死にたくなかったからだ。親父は弱い人間なんだよ」
アロイスはもはやハインリヒを軽蔑している。
人を殺してまで息子のやることを妨害したのか? そんなに今の自分が大事か? それならば自分だけで問題を抱え込んでいればよかったんだ。それならアロイスもクソッタレなドラッグビジネスに手を出す必要などなかった。
だが、アロイスはハインリヒのことを軽蔑こそすれど、死んでほしいとは思っていなかった。何故ならばハインリヒがヴォルフ・カルテルのボスである限り、下っ端の自分にまで捜査の手が及ばない可能性があるからだ。
要はアロイスは自分の父親すらも生贄の羊にしようとしているということ。元々自分の問題ではなかったドラッグビジネスにアロイスを引きずり込んだのはハインリヒだ。全ての責任はハインリヒにある。アロイスはそう思っていた。
ハインリヒが終身刑を4回食らおうと、アロイスは自分さえ自由の身ならば構いはしなかった。もし、アロイスがハインリヒより先に捕まれば、アロイスは真っ先にハインリヒを売ろうとも考えていた。
親子の関係すらももはやドラッグビジネスに浸っていた。
「それより、だ。アロイス=ヴィクトル・ネットワークだけじゃ流石に君たちの使用する弾薬費が足りなくなってきた。まだ余裕はあるが早めに手を打っておきたい」
「それなら打ってつけの取引先があるよ」
「へえ。どこだい?」
マーヴェリックは悪戯気に笑って、焼死体を踏みつける。
「フリーダム・シティ。“国民連合”の経済的中枢」
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