暴力と金は繋がる
本日1回目の更新です。
……………………
──暴力と金は繋がる
アロイスは“連邦”陸軍特殊作戦部隊や空挺部隊から人員を引き抜き1個中隊の私設軍を組織した。私設軍の名前は『ツェット』と呼称。
“国民連合”陸軍特殊任務部隊デルタ分遣隊の元隊員であるマーヴェリックとマリー、そしてエルニア国陸軍特殊空挺偵察大隊の隊員2名──名前はジャンとミカエルとだけ名乗っている──がそれぞれ指揮と訓練を担当し、『ツェット』を世界レベルの軍隊に育て上げることになった。
これまでのように汚職警官や軍隊に頼らず、独自の私設軍を持つ。それもプロの。それはヤク中をけしかけるよりも正確に目標を排除し、汚職警官を使うよりも容赦なく目標を惨殺する。
だが、アロイスのこの動きにハインリヒは反発した。
「どういうことだ、アロイス? お前は一体何をしている?」
ハインリヒがいつものような無表情でアロイスを問い詰める。
「抗争に備えているんです」
「抗争を起こすつもりか?」
「俺にそのつもりはありません。ですが、抗争が俺たちを見逃してくれるとも思えない。ヴォルフ・カルテルは今や“連邦”で最大のドラッグカルテルなんです。その分、敵が多いことを父さんも理解した方がいい」
ハインリヒにアロイスがこう言い返すのは初めてのことだった。
今のアロイスには権力があるのだ。金と暴力。権力を構築するふたつの要素。そのどちらも揃った。今、アロイスがその権力を振るうならば、ハインリヒの動きでも止められる。いや、まだ早い。もっと訓練が進み、確実な力を得てからだ。
それでも今のアロイスは1年前のアロイスとは違う。
もう無力な青年ではないのだ。アロイス=ヴィクトル・ネットワークは大金を生み出し続け、今やその金で私設軍すら組織できた。私設軍のための装備も揃えつつある。魔導式自動小銃、魔導式短機関銃、魔導式狙撃銃、魔導式重機関銃、迫撃砲、ロケット弾、果ては装甲車。全てが『ツェット』の独立性を高めるための装備だ。
アロイスは兵器ブローカーと取引し、それらの装備を整えつつある。
「私を誰だと思っている。検事総長だぞ。表舞台からはそう見られているし、実際に私はその権力を行使して、ライバルたちを排除してきた。捜査情報も全て分かる。“連邦”における捜査機関は全て私の指揮下だ。それでも私設軍なんてものがいると?」
「確かに父さんは検事総長だ。だが、俺はそうじゃない。父さんは自分が死んだ後のことを本当に考えて、俺にヴォルフ・カルテルという帝国を譲ろうとしているのか? 結局のところ、父さんは母さんが死んで、急に死を恐れるようになったから俺を呼び戻しただけなんじゃないのか?」
「黙れ」
ハインリヒもアロイスも表情の変化を見せないままに言い合う。
「黙らない。俺に帝国を継がせるつもりならば、これは認めてもらう。俺は自分の身の安全を汚職警官や軍隊に任せるつもりはない。そんな連中は信用できない。俺は俺の信用できるものたちに守ってもらう」
「軍隊を維持するのには金がかかる。金の無駄だ」
「命あっての金だ。必要経費だとも」
アロイスがそう言うのに、ハインリヒはアロイスを睨むように見つめる。
「では、自分の軍隊の維持費は自分で出せ。それだけだ。行け」
ハインリヒは出ていけというようにアロイスに背中を向けた。
「そうするよ」
アロイスはハインリヒの書斎を後にする。
アロイスはそのまま屋敷の玄関に出る。
「親父さん、大激怒って感じ?」
「まあ、こうなることは予想できていたよ」
玄関で待っていたマーヴェリックが笑いながら言うのにアロイスは肩をすくめた。
「で、解体しろって?」
「いいや。自分で面倒をみろだと。犬を拾ってきたみたいな反応だ」
「じゃあ、しっかり面倒見てくれよ」
「言われるまでもない。まずは装備だ」
アロイスはマーヴェリックを運転手に、マリーを助手席に乗せて、自分は後部座席に座り、“国民連合”製のSUVに乗った。目指すのはヴォルフ・カルテルが縄張りとする西部一帯の海岸線にある港だ。
税関を買収し、確保した埠頭に兵器ブローカーが準備した武器が揃っている。それを正式に買い取るのが今回のアロイスの仕事だった。
港は重要拠点だ。港を押さえているのと押さえていないのでは状況が全く変わってくる。港があればこうして非合法な武器の取引だって行えるのだから。
税関と港湾職員は買収済み。今は貨物船の中に大量の非合法な武器が貯えられている。その中身を完全に買い取り、アロイスは『ツェット』を確実な暴力に変える。
「到着っと。こっちの狙撃手が位置についている。交渉が決裂したら逃げる準備は万端。相手だって丸腰では来てないだろうからね」
「商売は信頼第一だ。信頼のおける兵器ブローカーを頼ったつもりだけどね」
アロイスは事前に狙撃手が港に配置されていることを知らされていた。兵器ブローカーが単身でドラッグカルテルと取引するとは思えなかったからだ。兵器ブローカーも自分の身を守ろうとするし、アロイスたちも自分の身を守ろうとする。
まるで原始時代だ。俺たちは言葉というコミュニケーション能力を持ちながら、それでもお互いを疑っているのだ。いや、コミュニケーション能力があるが故にお互いを疑ってしまうのだろうか。
「パシフィック・レイス号。この船だ」
アロイスは巨大な貨物船を見上げる。いくつものコンテナが積み込まれ、貨物船のクレーンが風にも揺れず、堂々とそびえたっている。
そして、貨物船の傍には予想通り、兵器ブローカーの部下だと思われる男たちがいた。彼らはアロイスに気づくと、手招きして、自分たちは非武装だというように両腕を広げて見せた。
「武器を持っている。胸と足首に魔導式拳銃。よくある武装だ」
マーヴェリックがそう警告する。
「仕方がない。彼らもドラッグカルテルと取引するのは用心するだろう」
アロイスは丸腰だった。彼は未だに魔導式拳銃の一発も撃っていない。
「アロイスだ。取引に来た。ネイサン・ノース氏は来ているかな?」
「来ていますよ、旦那。その前にボディチェックを」
「俺は構わないけど、彼女たちには触れないでほしいな。これは彼女たちのことを思ってのことでもあるし、君たちのことを思ってのことでもある」
マーヴェリックは剃刀のように危険な女だ。マリーのことはアロイスはまだよく知らないが、彼女もマーヴェリックと同じような雰囲気を感じる。
剃刀という表現は生温いかもしれない。ピンを抜いた手榴弾のよう、とでもいうべきかもしれない。爆発すれば、纏めて周りも吹き飛ぶ。剃刀で怪我をするのはひとりだけだが、手榴弾は何人も殺すことができる。
彼女たちの体は美しいが神聖不可侵だ。ボディチェックと称して、触ろうとすれば手榴弾のレバーを外すようなものである。
「それじゃあ、おふたりは外で待っておいてもらうしかありませんね」
マーヴェリックの表情が強張る。
「構わないよ。公正な取引をしよう」
「大丈夫?」
「大金を獲得するチャンスを相手も無駄にはしないさ」
マーヴェリックが不愉快そうな表情を浮かべると、アロイスは平然と言い放った。
狙撃手の援護が船内に届かないことはアロイスも知っている。
それでも武器は必要だし、取引は必要だ。そして、アロイスは兵器ブローカーを恐れてはいなかった。彼らは商人だ。競争する商人たちだ。ドラッグカルテルのような連中とは違う。彼らは大金を得る機会があるならば逃さず得ようとする。
そういう確信がアロイスにはあった。
だから、アロイスは丸腰でも怯えてはいなかった。
船内にアロイスはタラップを上って乗り込む。
それからアロイスは船倉に入り、コンテナの積み込まれた船倉の中に入る。
「初めまして、アロイス・フォン・ネテスハイムさん。どう呼べば?」
「アロイスと。あんたのことはネイサンと呼んでも?」
アロイスを出向かたのは黒髪のハイエルフだった。背丈は低く、165センチほど。背丈は低いが、体は鍛えられている。それは彼が元海兵隊中佐だからである。
彼こそが兵器ブローカーのネイサン・ノースだ。
……………………




