殺すべきか、殺さざるべきか
本日2回目の更新です。
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──殺すべきか、殺さざるべきか
“連邦”にフェリクスが戻ってきた。
その知らせはアロイスの元にも届いた。
「あのクソ野郎。これ以上、まだ何かやるつもりか」
既にティーガー・カルテルは壊滅した。
ヴォルフ・カルテルは粛清を進め、ヨハンの派閥に所属していたと思しき人物を片っ端から『ツェット』に処刑させていた。裏切者は両膝を撃ち抜かれ、最後に頭を撃たれる。ドラッグカルテルにいつからこの処刑方法が伝わったかは分からないが、今ではこれはドラッグカルテルの殺し方として定着していた。
だが、本当の裏切者を待っているのはもっと悲惨な末路だ。
電動ドリル。薬品。ペンチ。エトセトラ、エトセトラ。
ドラッグカルテルは一般向けの殺し方の他に、自分たちに逆らった連中を処刑する特別な殺し方を編み出していた。
そんな陰惨な粛清が続いて、ティーガー・カルテルがこの地上から完全に消滅した“連邦”にフェリクスが何食わぬ顔で戻ってきた。
あの男がアレクサンドラを逮捕し、ヴォルフ・カルテルに動揺を呼び込み、ヨハンという優秀で──愚かな部下の離反を招いたのだ。
そして、アロイスたちは一度は本気でフェリクスを殺そうとし、失敗した。
まるで運命がお前を殺すのはこの男だと示してるようだった。
「どうする? もう一度抹殺を試みる?」
「そうしたいところだが、また罠に引っかかるようなことがあっては困る。迂闊には手出しできない。俺はどうにもこの男を殺せないような気がしてならないんだよ」
お手上げだというようにアロイスが両手を上げた。
「簡単さ。あたしたちに命令すればいい。フェリクス・ファウストを殺せって」
「そして、君たちが逆に殺されたらどうするんだ?」
「そんなことはあり得ないよ」
マーヴェリックはそう言ってけらけらと笑った。
アロイスはそこまで楽観的にはなれなかった。
ジャンとミカエルを失った件で思い知ったが、自分たちは超大国“国民連合”と戦争をしているのだ。ドラッグカルテルがいかに巨大でも“国民連合”のような超大国に勝てるはずがない。
だが、勝敗を有耶無耶にすることはできる。
既に“国民連合”は戦争に及び腰だ。今の大統領は前大統領とオーガストが不起訴になったこともあって、ドラッグ政策に後ろ向きになっていた。政治的な焦点にならないのならば、税金をつぎ込んでも無駄だと判断したわけである。
当初は大幅な予算の増額が行われた麻薬取締局も、今ではすっかり落ち着いてしまっている。小規模な薬物取引の摘発には熱心だが、その大元にいるヴォルフ・カルテルのようなドラッグカルテルの摘発は行っていない。
フェリクス・ファウスト。彼一人とその相棒を除いて。
忌々しいフェリクス・ファウスト特別捜査官! 豚の臓物めとアロイスは思う。
だが、奴を止めなければこれからまた破滅の嵐が吹き荒れそうな予感はしていた。あの男は疫病だ。黒死病だ。狂犬病だ。梅毒だ。広く広がり、致命的な影響を与える。それは留まることなく広がり続け、ついにアロイスと“国民連合”の陰謀は暴露された。
忌々しいフェリクス・ファウストという名の疫病。
止めようと手を出せば痛い目を見る。破傷風菌を帯びた釘のように。
だが、奴がまた何かしようというならば止めなければならない。
問題は奴が何をしようとしているかである。
アロイスは考える。
“国民連合”は既にドラッグ問題を過去のものとして扱いつつある。かつては脅威だったが、今はそうではないというように。
そんな“国民連合”政府の下で何ができる?
いや、この男は“国民連合”政府がドラッグカルテルを守っていたときから執拗に噛みつき、事態を混乱させてきたのだ。今回も何が起きるか分かったものではない。何か破滅的な出来事がおきるかもしれないではないか。
だが、それはなんだ? いつ起きる?
もう戦略諜報省からの情報はない。麻薬取締局が何を企てているか、アロイスには知る術がない。それが起きてから、初めて知ることになるだろう。
幸いにして警官たちは確保してある。フェリクスが警官に接触すれば、その情報はすぐにアロイスに伝えられる。警官たちは今もドラッグカルテルを恐れている。逆らえばどうなるかというのをアロイスはしっかりと示した。
それでも裏切る警官が出る可能性は皆無ではない。
警官が、軍が、ともに裏切った結果、スノーホワイト農園は焼け落ちたのだ。しかしながら、今思えばそれはありがたいことだった。スノーホワイト農園が焼き払われたおかげで、西南大陸の軍事政権からドラッグを仕入れているヴォルフ・カルテルだけが勝利し、他のカルテルは軒並み衰退した。ティーガー・カルテルも資金力のなさから呆気なく消滅した。
今、地方では新たなスノーホワイト農園の建設が始まっているが、そこから収穫を得て、再び“連邦”産スノーホワイトのドラッグを輸出できるようになるまでには時間がかかるだろう。
今は西南大陸からの密輸で食いつなぐだけだ。
苦しいことは事実だ。アロイス=ヴィクトル・ネットワークとアロイス=チェーリオ・ネットワークの消滅は、“国民連合”におけるドラッグ密売を困難にしている。新しいギャングやマフィアなどを見つけなければ、ドラッグの在庫ばかりが溜まりかねない。ドラッグの不良在庫というのは致命的なものだ。
今は小規模なギャングなどと取引して凌いでいるが、『ツェット』を維持するには膨大な金が必要になる。アロイスの口座にはまだ膨大な額の資金が眠っているとはいえ、これ以上稼ぎが減れば『ツェット』を解体することも考えなければならない。
何もかもが崩壊していくのをアロイスは感じていた。
唯一の望みは東のパイプラインだ。あの密輸ネットワークだけはまだ麻薬取締局も把握していないはずだ。そして、戦略諜報省も把握していない。
東へのパイプラインは今も巨万の富を生み出している。
もし、フェリクスの狙いがその東へのパイプラインを潰すことならば?
今のフェリクスには何ものにも行動を制限されていない。“国民連合”はドラッグ戦争に後ろ向きになったとはいえ、撤退したわけではない。連中が船の積み荷を調べ、そこからドラッグが発見されれば……。
東へのパイプラインまで潰されたら本格的にお終いだ。
手を打つべきか? 気づかれる前にフェリクスを消すべきか?
どうするべきだ?
「悩んでいるね」
「ああ。フェリクスのクソッタレが俺たちのドラッグ密輸・密売ネットワークに気づくかもしれない。そうなったら全てお終いだ。手を打つことで君たちを失うリスクを犯すべきか。手を打たないことでそのネットワークを失うリスクを犯すべきか」
「それなら答えは決まっているよ」
「答えは?」
アロイスが尋ねる。
「フェリクス・ファウストのどてっぱらに鉛玉をたっぷりと叩き込んでやるのさ。今まであんたが敵対者にそうしてきたように」
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