ヴォルフ・カルテルの動揺
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──ヴォルフ・カルテルの動揺
アレクサンドラが逮捕されたこともG24Nが報じた。『世界最大のドラッグカルテルのボスの妻、逮捕される』と。
アロイスは無感情にそのニュースを見ていた。
アレクサンドラには“連邦”に留まるという選択肢も与えた。だが、あの娘はどうあっても“連邦”なんて“ダサい”場所で暮らすのはごめんだと言って、“国民連合”で暮らすことを選んだのだ。
だから、保護できなかった。
そのことは頭のいいヨハンならば分かっているはずであった。
「ボス。どうしてアレクサンドラを助けてくださらなかったのですか?」
「ヨハン。俺に何ができた? 護衛はつけてやった。“連邦”で過ごすという選択肢もあった。それを無視したのはアレクサンドラ自身だぞ」
ヨハンが不満そうなのに、アロイスがそう言う。
アロイスの言っていることは正しい。アロイスの庇護下から外れたのはアレクサンドラのわがままだ。“連邦”に留まり、アロイスとともに行動していればこんなことは起きなかっただろう。
だが、ヨハンは親として納得していないようだった。
「ボス。娘を助け出してください。あなたの妻ですよ」
「無理を言うな、ヨハン。俺たち自身が追われる身で助けを求めているような状況だぞ。テレビは1日中『世界最大のドラッグカルテルのボス特集』をやっている。そんな状況で俺たちに何ができるっていうんだ?」
アロイスはイライラしてきた。ヨハンは分かっていて、娘を自分に差し出したはずなのに、逮捕されただけでこの慌てよう。他のカルテルや部下の反乱で八つ裂きにされて、死体を街路樹に吊るされていたら、一体何と喚いただろうか。
「いいですか、ボス。アレクサンドラはカルテルの結束の証なんです。そして、あなたとの子供はヴォルフ・カルテルの後継者なのです。それを見殺しにするつもりですか? あなたの子供も人質にされているのですよ?」
「分かっている。だが、一体何ができる? 相手は“国民連合”の刑務所にいるんだぞ。どうやって救出しようというんだ。『ツェット』でも無理だぞ。それも今は『ツェット』を“国民連合”との戦争に投じなければいけない状態だ」
「では、カルテルは分裂するでしょう。あなたから人心は離れます」
「なら、恐怖で支配するだけだ。親父はドラッグカルテルの幹部とは結婚しなかったが、恐怖によってヴォルフ・カルテルを支配していた」
「それならば終わりです」
ヨハンがヴォルフ・カルテルからの独立を宣言し、ティーガー・カルテルを名乗ってヴォルフ・カルテルとの抗争を始めたのはこの後からだった。
いくらヨハンでもそんな馬鹿げた真似はしないだろうと思っていただけに、アロイスの衝撃は大きかった。だが、応じるべきものにはすぐに応じた。
この“国民連合”との戦争の最中に身内とも殺し合いにする羽目になるとは。そう思いながらも、アロイスは『ツェット』にヨハン・ヨストの殺害を指示した。義理の父を殺す命令を出す羽目になるとは思ってもみなかった。
マーヴェリックとマリーの指揮する『ツェット』の1個小隊が出撃し、ヨハンの屋敷を強襲した。ガンシップがヨハンのティーガー・カルテルのテクニカルや装甲車を潰し、そこにマーヴェリックたちが着陸する。
ヨハンの兵隊は反撃してきた。
魔導式重機関銃が窓枠に設置され、そこから無数の銃弾がマーヴェリックたちに降り注ぐ。だが、彼女たちもテクニカルの残骸などを遮蔽物に使い、ガンシップが魔導式重機関銃を潰し、マーヴェリックたちは対戦車ロケット弾で屋敷の正面玄関を吹き飛ばす。
そして、一気に屋敷の中に突入していく。
「殺せ! ヴォルフ・カルテルの連中だ! 殺せ!」
「反撃させるな! 撃ち抜け!」
訓練された『ツェット』の兵士たちは敵が反撃する前に撃ち抜いていく。魔導式短機関銃が時折乱射されるが、ほとんど影響もなく殺害されて行く。
「ヨハン・ヨストを探せ! 奴さえ死ねばお終いだ!」
マーヴェリックが叫び、『ツェット』の兵士たちが一部屋ずつ制圧していく。マーヴェリックも見える相手全てに炎を放って殺していく。炎が屋敷に燃え移り、少しずつ屋敷が焼け落ちていく。
「ヨハン・ヨストはいません! この屋敷にいるのはメンバーだけです!」
「まあ、逃げるくらいの脳みそがあるか」
部下の報告にマーヴェリックが肩をすくめる。
「戦争は長引きそうだ。ボスは嫌がるだろうね。こんなことになるとは」
マーヴェリックたちは燃え上がるヨハンの屋敷から離脱した。そして、ヘリで帰還する。基地ではマーヴェリックたちをアロイスが待っていた。
「ボス。不発だ。ヨハンは逃げていた」
「だろうと思ったよ。期待はあまりしていなかった。だが、ヨハンの家が燃え、ティーガー・カルテルを名乗るクソ野郎どもの構成員が死ねばメッセージになるだろう。ヴォルフ・カルテルに盾突くならばどうなるかってことが」
「それでもヨハンは反乱を起こした」
「そうだ。ヨハンは恐れ知らずのクソ野郎だ。どこまで逃げても追い詰めて殺してやる。アレクサンドラも刑務所の連中に殺させる。一族郎党皆殺しだ」
「あんた、最高にイケてる」
「そう言ってくれるのは君だけだろうね、マーヴェリック」
アロイスはそう言って肩をすくめた。
それから4日後に収容されていた刑務所でアレクサンドラが女のギャングたちによって殺された。その知らせはG24Nでは報道されなかったものの、父親であるヨハンの耳には届き、彼にさらなる復讐心を燃やさせた。
一時的に孤児になったアロイスとアレクサンドラの息子オリヴァーは養子に引き取られ、完全にアロイスの手を離れた。
そして、血塗れの内戦が始まる。
不利なのはティーガー・カルテルだ。彼らは緒戦で『ツェット』に出鼻をくじかれ、組織は早くも崩壊寸前だった。
ヨハンが何とか金で組織を繋ぎ留め、アロイスと戦うことを宣言する。
「ルール無用だ。皆殺しにしろ。シュヴァルツ・カルテルも動員する」
アロイスは徹底的にヨハンを叩き始めた。
だが、地下に潜ったヨハンを叩くのは難しい。
ヨハンたちはヴォルフ・カルテルの有する施設を襲撃し、ドラッグと金を奪っていく。そして、その後は麻薬取締局が現場を押さえてしまう。
「クソ野郎。ネズミみたいにこそこそと」
アロイスは苛立ち、ヨハンに懸賞金をかける。向こうも負けじとアロイスに懸賞金をかける。
「あんたを殺したら500万ドゥカートだってさ」
「俺はあいつに1億ドゥカートの懸賞金をかけた。どちらの部下が先に裏切るか見ものじゃないか、ええ?」
しかしながら、ヨハンの首がアロイスの元に届けられることはなかった。
ヨハンのティーガー・カルテルは抵抗を続け、かつての忘れ形見であるキュステ・カルテル残党と合流し、アロイスに抵抗し始めた。
アロイスの寛大な処置によりキュステ・カルテルからヴォルフ・カルテルへと迎え入れられたものたちが反乱を起こしたのだ。
戦場は再び東部。
ヨハンのティーガー・カルテルは地の利を活かして戦い、アロイスのヴォルフ・カルテルはそれを叩き潰そうとする。
そして、また人々が戦火に巻き込まれて行く。
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