卒業と開業
本日1回目の更新です。
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──卒業と開業
アロイスは20歳で大学を卒業した。
卒論の出来には満足できない点もあったが、教授たちはアロイスの卒論を高く評価してくれた。このまま大学院に進んではどうかという話もあったが、アロイスはそれを断らなければならなかった。
マーヴェリックはと言えば、彼女はいつの間にか大学から消えていた。大学の事務局にマーヴェリックについて尋ねたが、そんな学生は在籍していないとの答えが返ってきただけだった。
本当に何者だったのだろうかとアロイスは疑問に思う。
それはそうとアロイスは大学を卒業し、いよいよドラッグビジネスに専念することになった。だが、その前に現在のドラッグカルテルたちの現状を示そう。
ヴォルフ・カルテルは勢力を伸ばし続けている。アロイス=ヴィクトル・ネットワークはさらに拡大し、巨万の富がヴォルフ・カルテルとアロイスの懐に流れ込んでいる。ヴォルフ・カルテルはドラッグカルテルの中のドラッグカルテルの地位を譲っていない。
アロイスの父ハインリヒは検事総長の立場を確たるものとしている。連邦捜査局や組織犯罪捜査担当次長検事局などのドラッグカルテルの捜査に関わる組織の中に自分の息のかかった人間を送り込み、傀儡にしている。捜査情報は全て把握できるし、加えてライバルに警察や軍隊をけしかけることも可能にしている。
シュヴァルツ・カルテルはドミニクがアロイス=ヴィクトル・ネットワークに参加し、ヴォルフ・カルテルにネットワークの使用料を収める代わりに“国民連合”におけるドラッグ密売を成功させている。だが、彼ら独自のネットワークは未だ存在せず、また売人は未だに警察に逮捕されることが相次いでおり、ドミニクはヴォルフ・カルテルを信頼するべきか、それとも裏切るべきか迷っている。
キュステ・カルテルはますます独立心を高めている。彼らはスノーパールの取り扱いを認められているが、それよりさらに中毒性の高いスノーホワイトから精製されるドラッグであるホワイトフレークについては取り扱いをヴォルフ・カルテルに禁止されてる。キュステ・カルテルのヴェルナーはそのことに腹を立てているものの、今はスノーパールから得られる利益で部下を押さえている。
グライフ・カルテルは表向きはどのカルテルの問題にも顔を突っ込んでいない。表向きは。だが、情報屋はグライフ・カルテルのカールがキュステ・カルテルのヴェルナーと会っているところを目撃している。ここ最近のキュステ・カルテルの独立志向がカールの入れ知恵だとすれば、カールの裏切りはもう始まっている。
これが現在の主要なドラッグカルテルの現状だった。このリストにはない弱小カルテルなども存在するが、そのような弱小カルテルが扱っているのは効き目の悪い合成ドラッグだったり、ホワイトグラスだったりする。利益としては何桁も主要なドラッグカルテルに劣り、その上彼らは警察の摘発からの保護も受けられなかった。
そのような情勢下でアロイスは新しいビジネスに着手しようとしていた。
“国民連合”でヴォルフ・カルテルを守ることになる私設軍の指揮官と戦闘員を雇うのだ。これは完全にアロイスの独断だった。
ハインリヒにこの話を持ち掛けたとき、彼は自分たちは“連邦”の警察と軍隊を味方につけており、私設軍などという金のかかるものは必要ないと撥ね退けた。
だが、アロイスは1度目の人生でその警察と軍隊が裏切ることを知っている。理由は分からなかったが、とにかくハインリヒが当てにしている警察と軍隊はずっとヴォルフ・カルテルを守ってくれるわけではない。
それに抗争だ。
4つのドラッグカルテルには静かに軋みが生じている。どのドラッグカルテルも警察官を買収し、軍隊を買収し、自分たちの味方に付けようとするだろう。それを完全に防ぐことは検事総長の立場にあるハインリヒでも不可能だ。
だから、自由に運用できる私設軍が必要になる。
それも“連邦”の二流、三流の軍人ではなく、“国民連合”やエルニア国のような国の一流の軍隊の軍人が必要になってくる。
アロイスは自分の将来を安泰なものにするために表向きはドラッグ密売ネットワークの新規開拓を理由に“国民連合”に入国し、ヴィクトルのような外人部隊や優秀なものの不名誉除隊を食らった元軍人を雇うつもりだった。
アロイスにはひとつ当てがあった。
1度目の人生では敵に回り、ヴォルフ・カルテルに打撃を与えてくれた“国民連合”の元陸軍特殊作戦部隊の軍人。それをリクルートするつもりだった。
幸いにして雇う金についてはアロイス=ヴィクトル・ネットワークで稼ぎに稼いだ。不動産投資も上手くいき、今のアロイスは元特殊作戦部隊の軍人を1個中隊分雇うだけの資金力を有していた。
知っているのはひとりだが、軍人には軍人のネットワークがある。ひとりを懐柔して雇えば、その戦友たちを雇うことを可能にできるだろう。
アロイスはそう考えて、“国民連合”の空港に降り立ち、タクシーで目的地に向かった。件の軍人については調査を行い、どこを活動拠点にしているか知っている。
民間軍事企業だ。
フロストワイルド条約によって個人の傭兵は禁止された。だが、民間軍事企業は自分たちを警備員だと言い張り、また会社と言う組織で動くことによって、その条約の抜け穴を潜っている。
目的の軍人はコントラクター──契約社員としてその会社に所属していた。会社の名前はイージスライン・インターナショナル。会社としての信頼性はそこそこだ。まあ、不名誉除隊した軍人を雇っているのだから、そういう評価になるだろう。
アロイスはイージスライン・インターナショナルの社員が利用しているバーを訪れた。運が良ければ、ここで目的の相手を接触できるはずだ。
「いた」
アロイスは目的の人物を見つけた。
純血のスノーエルフ。そして、吸血鬼。真っ白な肌に濡れ羽色の髪がコントラストとなってよく映える。髪はポニーテイルにして纏めており、背丈は170センチほど。アロイスより5センチばかり小柄だ。スタイルは訓練された軍人特有の引き締まった無駄のない体をしており、それでいて出るところはでいている。軍人でなければ、モデルの類だと見間違いそうなほどう美しかった。
ただ、目の周りには黒い隈があり、目は半分閉じている。そのぼんやりと開かれた目からは鋭い視線を放つ、真っ赤な瞳が見えた。生気の色は薄く、吸血鬼特有の輝きが薄い目が、バーに入ってきたアロイスを捉えていた。
「失礼。マリー・メルティンズ大尉?」
マリー・メルティンズ。
元“国民連合”陸軍大尉。特殊任務部隊デルタ分遣隊。
エリート中のエリート部隊に所属していたが、上官への暴行で不名誉除隊となっている。食堂のプレートだけで上官に全治4か月の怪我を負わせたという話だった。
「……そうだけど、あなたは?」
「アロイス・フォン・ネテスハイム。君を雇いに来た。個人的に」
「……会社を通さないということ?」
「そういうことになる」
「そう。あなたが噂のアロイスなのね」
マリーの口から意外な言葉が漏れた。
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