地に落ちる信頼
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──地に落ちる信頼
G24Nは送られてきたテープを一部編集して報道した。
編集されたのは警察署長が射殺される瞬間。それだけ。
それ以外は全て報道された。
『フェリクス。最悪だぞ。これでアロイス・フォン・ネテスハイムに関する全ての情報にケチが付いた。麻薬取締局が現地警察と合同で捜査した情報を法廷で使えばこう言われるだろう。『ドラッグマネーについこの間まで触っていた手による証拠を?』と』
「だったら、どうしろって言うんですか、フランク局長。こっちは現地の警察の力を借りてもまだ戦力不足なんですよ。それなのに現地の情報は使うな? 冗談もほどほどにしておいてください」
『今の状況で奴に確定してるのは非合法な薬物の商業目的の取引。もはやこれすら怪しいがな。これだと25年で奴はムショを出る。25年だぞ? 奴は50歳のバースデーパーティーには出所が間に合うということだ。そして、またドラッグビジネスのボスになる』
「奴は他にも犯罪を犯しています!」
『フェリクス。それが現地警察やそれに類するものの証拠なら使えないぞ。奴は巧妙に法廷戦術を仕掛けてきた。それから麻薬取締局の特殊作戦部隊を動員する時にはもっと慎重に頼む。こちらも士気に響いている』
「分かりました!」
フェリクスは怒鳴りつけるようにそう叫んで電話を切った。
「畜生。畜生。畜生。畜生! 状況は変わったはずなんだぞ! ヴォルフゲート事件は暴かれたはずだ! だから、大統領も変わった! それなのにまるで変わっていないじゃないか! 捜査は邪魔ばかり! 誰も現実を見ようとしない!」
「ああ。クソッタレだ。クソッタレだよ、これは。特殊任務部隊デルタ分遣隊がしくじってから大統領はドラッグカルテルに怯えている。大統領が怯えてるんだぞ。最低最悪の状況だ。最高司令官が怯え腐っているなんて」
フェリクスの叫びにエッカルトが応じる。
状況はまさにクソッタレだった。
特殊任務部隊デルタ分遣隊の損害が発生してからというもの、正規の特殊作戦部隊は動いていない。麻薬取締局の特殊作戦部隊も大損害を出して撤退した。現場にいるのはフェリクスとエッカルトのみ。
大統領はドラッグ戦争を高らかに掲げ、それを方針にしているものの、特殊任務部隊デルタ分遣隊が打撃を被って以降、動きは低調だ。その上、麻薬取締局の特殊作戦部隊にも圧力をかけている。
フェリクスたちがマスコミを使用したように、ドラッグカルテルもマスコミを利用したのだ。G24Nのニュースを利用して、フェリクスたちはヴォルフ・カルテルに、ヴォルフ・カルテルは麻薬取締局に打撃を与えた。
相互に打撃を与え、麻薬取締局は諸刃の剣だということが示された。
良くも悪くも、マスコミはセンセーショナルな話題を熱心に報道する。まるで戦争ポルノ。それが誰の利益になろうともお構いなしだ。
マスコミは報じる。ヴォルフ・カルテルの疑惑を、麻薬取締局の失態を、ドラッグ戦争そのものを。彼らは今一番ホットな話題はドラッグ戦争だと思っている。だが、やがて興味を失うか、『税金の無駄遣い』だと報じるだろう。
「クソッタレめ。誰も勝利を望んでいない戦争を戦っているようだ」
「俺たちの立場はそれに近い。誰も勝利なんて求めてはいない。ヤク中はドラッグが供給されなくなることを嫌がるし、普通の市民は自分たちとは無関係だと思っている」
誰も勝利なんて望んでいやしない。
フェリクスも薄々は感じていた。“連邦”にいる自分たちと“国民連合”にいる麻薬取締局本局の温度差について。
自分たちはドラッグ戦争という戦争を戦っているつもりだった。だが、後方では戦争なんて起きてはいないかのように振る舞われる。
確かな温度差があった。そして、それが露になった。
政府の圧力でもなく、純粋に後方と前線の温度差によってドラッグ戦争は泥沼になりかけているのだ。
この温度差を感じるなというのは難しい。
ドラッグに手を出すのは低所得者層で政治的発言力もさしてない。高所得者層でもドラッグを使用している人間はいるが、オーバードーズを起こすまでやるのはまれだ。
結局のところ、金持ちを優遇するのは票になるが、貧困層を優遇しても票にならない。彼らは民主主義の原理すら知らぬ愚か者が故、というわけだ。
今の改革政権も当初こそ、ドラッグ戦争を前面に掲げていたが、損害が出るにつれて、出費が増えるにつれて、この戦争から撤退するような動きを見せていた。
これ以上戦争を進めても前の戦争のように泥沼になるだけだと言えば、そこまでだ。前の戦争には保守政権と改革政権の両方が関わっていたが、結局どちらも功績を出せず、不名誉な敗退となった。
それを今の政権も恐れている。
ドラッグ戦争が泥沼のそれもマスコミを通じてセンセーショナルに報じられる戦争になることに。そうなれば、現政権は空爆だけでことを終わらせて部隊も、捜査官も撤退させるだろう。
それはドラッグカルテルの勝利を意味する。
「畜生。前政権時代に逆戻りだ。功績を上げても、現地警察と一緒だったからという理由だけでケチがつくなんてあり得るのか?」
「俺たちの戦っている戦争が一度でも正面切っての戦争であった試しがあるか? 連中はどんな手段でも使う。俺たちはそれに応じて進化しなければいけない」
「……その通りだな。いつまでも従来の方法に囚われているわけにもいかない」
相手が新しい手を打ってくるならばこっちも新しい手を打たなければ。
「ヴォルフ・カルテルの弱点を狙う」
「どうするんだ?」
エッカルトが怪訝そうに尋ねる。
「ヴォルフ・カルテルの弱点は何だと思う?」
「さあ。連中は完璧に思えるぜ。多少腕はもいでやったものの」
エッカルトは理解できずにいる。
「単純だ。アロイス・フォン・ネテスハイムの、奴の家族を狙うのさ」
「フェリクス。お前……!」
エッカルトが一瞬怒りの表情浮かべ、それが収まった。
「やる価値があると思うのか?」
「ある。アロイス・フォン・ネテスハイムを誘き出すにはこれしかない。もう他に手段は残されていないんだ。それに、アロイスの家族もドラッグマネーと無関係だったわけではない。奴の家族もまたドラッグマネーで暮らしていたんだ。血を吸った金で」
「俺にはもう何が正義なのか分からないよ」
「……俺もだ。俺は自分がやっていることを正義だと呼べる自信がない。俺のやろうとしていることは卑怯者のやることだ。だが、卑怯な手段を使う相手に真正面から挑んでも勝てやしない」
正義とはなんだ? 法を守ることか?
では、法を守るために法を破るのはどうなのだ? それは目的のためでも正義ではないのか? それは悪なのか?
畜生。俺にも正義と悪の違いが分からなくなってきちまったよとフェリクスは思う。
「やるなら付き合うぞ、相棒」
「ああ。よろしく頼む。もうヴァルター提督の援護も受けられない。麻薬取締局本局の情報だけが頼りだ。そこからアロイスの家族とその居場所を割り出す。そして、拉致し、アロイスを誘い出す」
「クソッタレだな」
「そうだ。これで俺たちはみんなクソッタレだ」
そう言ってフェリクスは麻薬取締局本局に電話をかける。
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