煉獄の底で
……………………
──煉獄の底で
落ちていく。堕ちていく。おちていく。
アロイスは自分がどんどんと追い詰められていることに気づいた。
警察たちは買収が通用しなくなりつつある。“国民連合”とヴォルフ・カルテルの戦争でどっちが勝つのか、汚職警官程度でも分かる話だということだ。
国と、超大国とやり合って、ドラッグカルテルが勝利できるか?
できるはずがない!
そんなことは分かり切っている。だから、汚職警官たちはヴォルフ・カルテルを見捨て、“国民連合”の側についている。
だが、警官の中にはこれまでヴォルフ・カルテルから受けた恩を感じているものもいる。そいつらは揃って告げる。『フェリクス・ファウストって男がわがもの顔で歩き回り、警官たちを従わせている』と。
クソッタレなフェリクス・ファウスト捜査官!
あの男に憎しみを感じない瞬間はなかった。
憎しみに、憎しみを重ね続け、何度も殺してやろうとしながら今に至る。
「結局のところ、俺にはフェリクス・ファウスト捜査官を殺す勇気がないんだ」
アロイスはある日力なく、マーヴェリックにそう言った。
「何度も奴を殺そうとしたじゃないか」
「そう、そして何度も失敗してきた。俺は怖いんだ。フェリクス・ファウストを殺すことによって、世界が滅茶苦茶になってしまうような気がして。俺は運命なんてクソくらえだと思っている。神なんて信じられない。だが、俺を殺すのはフェリクス・ファウストだという確信に近い思いがある」
「それを運命っていうんじゃないか?」
「そうかもしれない。こんなクソッタレな運命だからこそ、俺は運命なんて信じないのかもしれない」
運命はクソッタレだ。これまでずっとクソッタレであり続けた。世界は、運命はどう足掻いても、どうもがいても、アロイスをドラッグカルテルのボスの座から逃がさず、その地位に縛り付けてきた。そして、その王座は電気椅子だ。
自分は死ぬだろう。それも穏やかに計画された死ではなく、フェリクス・ファウストとやり合った末に死ぬだろう。
運命なんてクソッタレだ。だが、運命はぐるぐると無慈悲に回転して続けていることから目を逸らすわけにはいかない。
それに唾吐こうと、蹴り飛ばそうと、鉛玉を叩き込もうと運命は変わりやしない。
アロイスは運命を変えようとしてきた。あらゆる手を尽くした。それが全ておじゃんになった。アロイスはクソッタレな運命の通りに死ぬことを定められてるかのようだ。
「あんたが気を病みそうになるのも分かるよ。超大国“国民連合”を相手に戦争をしてるんだ。だが、今のところはあたしたちが勝ってる。負けてなんていないぜ。連中は怯えている。ヴォルフ・カルテルという怪物を倒すのに何人の特殊作戦部隊の兵士を犠牲にしなければならないのかと」
「だといいんだけどな」
「純然たる事実だよ。あたしたちは勝ってるし、相手を獲物として狩ってる」
マーヴェリックは誇るようにそう語る。
「どうしてそんなに負けることばかり考えるんだ? 総大将がそんなに後ろ向きだと士気に影響するぜ。もうちょっと浮いた顔をしてくれよ。笑えとまでは言わないけどさ」
「笑った方がいいかもな」
これが運命の総決算でございます。冬物、夏物、お安くなっております。こちらのアロイス・フォン・ネテスハイムの命の値段はたったの5000ドゥカート! ドラッグカルテルのボスがこんなにお安い!
ああ。畜生。馬鹿なことを考えるな。生き残ることを考えろ。
「今からでも逃げ出したいよ。どこか遠くに。どこでもいい。“国民連合”から、フェリクス・ファウストから逃れられるならどこだっていい」
「あいにくないよ、そんな場所は」
「言ってみただけさ」
そうアロイスとマーヴェリックが話してると外が騒がしくなり始めた。
「こちらツェット・ゼロ・ワン。何が起きた?」
『敵襲です! 規模は1個小隊! 訓練されています!』
「すぐに行く」
マーヴェリックは無線に短くそう言う。
「悪い。仕事だ。いってくる」
「行ってらっしゃい。気を付けて」
「ありがとよ」
マーヴェリックは装備を持って颯爽と出ていった。
畜生。次は何だ? “グレイハウンド”か? それとも特殊任務部隊デルタ分遣隊が報復に来たのか?
「畜生め。これが俺の運命だってのか」
激しい戦闘音が外から響いてくる。
アロイスは覚悟を決めて堂々と待つ。自分を殺しに“国民連合”が差し向けた特殊作戦部隊が突入してくるのかどうかをずっと待ち続ける。
やがて戦闘音が聞こえなくなり、コツコツと足音が響いてくる。
「外の連中は片付いたよ、ありゃシャドー・カンパニーだ。あのドラゴンも相当焦っているらしい。って、どうした?」
「ついに死神が来たのかと思っただけさ」
「あいにくだったね。死神じゃなくてご愁傷様」
マーヴェリックはそう言ってけらけらと笑った。
「話の続きだ。どうしてフェリクス・ファウストを殺せないんだい? ジークベルトは散々奴にけしかけて、もうちょっとで殺せそうだったじゃないか」
「ああ。そのはずだった。だが、俺は何故自分の手で奴を殺そうとしない? 奴の目を見て、奴の言葉を聞いて、奴に突き付けた銃の引き金を引かない? 怖いからだ。フェリクス・ファウストが俺を殺すという筋書きが変わった時、何が起きるか分からないからだ」
少なくともフェリクスはアロイスを拷問したりはしない。
だが、シャドー・カンパニーは? “グレイハウンド”は? 特殊任務部隊デルタ分遣隊は? 他のカルテルの構成員は? 部下たちは?
そいつらはアロイスを痛めつけ、アロイスがそうしてきたかのように拷問した末に死体を人間のシチューに変えてしまうかもしれない。
俺は実際に大勢を拷問してきたから知っている。拷問とは恐ろしいものだと。
フェリクスがアロイスの腹に一発の銃弾を叩き込む代わりに、シャドー・カンパニーの連中が電動ドリルでアロイスを拷問するのだとすれば、アロイスは前者を選んだ方がマシだと思うだろう。
それが恐ろしいのだ。
「人間、何が起きるかはわからないものだよ。そういう風に世界はできてんだ。あんただけじゃなくて、他の人間だって先の見えない世の中を生きている。あんただけ特別じゃない。むしろ、あんたは殺しに来る人間が分かってるだけマシな方さ」
「そうかもしれない。世界が真っ暗なのと明かりが、たとえそれが殺人者の持ったライトのでも明かりがあるのとでは大きな違いだな」
そうだ。どうせ世界は真っ暗なんだ。それが普通なんだ。
これからフェリクスに殺してもらうのを待つ? 馬鹿馬鹿しい。俺は奴から殺されることを避けるためだけに何千兆ドゥカートもの金を使ってきたんだぞ。ここで大人しく殺されてやる義理があるものか。
「フェリクス・ファウストを殺そう。確実に」
アロイスは初めて自分の手でフェリクスに突き付けた銃口の引き金を引くことにした。それは想像すると存外気持ちのいいものであった。
……………………
面白いと思っていただけたらブクマ・評価・励ましの感想などお願いします!




