赤い雪
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──赤い雪
ジャングル奥地にある改革革命推進機構軍の拠点に乗り込んで分かったのは、ここでは既に誰かが一度仕事をしていたということであった。
“連邦”の軍と警察による共産ゲリラの鎮圧の末に見たスノーホワイト農園は、これまでに見たどんなスノーホワイト農園より衰弱していた。
「誰かが先にここに来ていたようだ」
「メーリア防衛軍か?」
「恐らくはその辺りだろう」
ジャングルを切り開いて作られたスノーホワイト農園にはナパーム弾の痕跡があった。最近のものではない。そして、ここにもまたスノーホワイトが茂っていた。スノーホワイトはイデオロギーの区別なく、万人に対して開かれた権力への道というわけだ。
「しかし、アカのスノーホワイトを焼く時だけ援軍が来てくれるとはな」
「その援軍は見て見ぬ振りを貫いているぞ」
麻薬取締局から派遣されてきた特殊作戦部隊は改革革命推進機構軍の拠点を制圧する際に、“連邦”の軍と警察を支援したが、そこまでだった。彼らはスノーホワイト農園が爆撃され、枯葉剤が撒かれたのを確認すると軍用四輪駆動車に乗り込む。
改革革命推進機構軍の拠点では“連邦”の軍と警察が裁判もなく、共産ゲリラを処刑していっている。記念写真を撮っている兵士たちまでいる始末だ。
「なあ、このまま上手くいくと思うか?」
「上手くいかなければ困る。俺はヴォルフ・カルテルを挙げたいんだ。共産主義者と戦いに“連邦”に来たわけじゃない」
「だが、連中もドラッグを扱っている」
「ああ。そうだ。だが、ここに精製施設があったか? スノーホワイトをホワイトフレークやスノーパールに加工する施設があったか? なかっただろう。結局はこいつらもドラッグカルテルにいいように使われていただけだ」
アカ狩りは政権が代わっても続けたいらしい。
だが、それも当然なのだ。“連邦”の共産主義勢力たる改革革命推進機構軍は武装闘争路線を放棄せず、未だにゲリラ戦を続けている。今では誘拐ビジネスなどにも手を染めており、あらゆる犯罪に手を出している。
遠い“国民連合”で暮らすフェリクスたちにはその脅威は分からないのだろう。
ドラッグカルテルも、共産ゲリラも等しく“連邦”の法と秩序の敵なのだ。
ただ、これだけでは片付かない問題もある。
「少数民族がドラッグを?」
密林に潜む改革革命推進機構軍の捕虜を尋問した得た情報だと“連邦”陸軍の将軍が言う。どうにも胡散臭い情報だった。
「証言した捕虜は?」
「尋問中に死んだ。我々はこれを『オセロメー』から分離したドラッグカルテルの仕業だと考えている。連中はジャングルの中で共産主義者と結託し、ドラッグを密造しているのだ。何としても叩かなければならない」
そう言って“連邦”陸軍の将軍は航空偵察写真を広げた。
「確かにこれはスノーホワイト農園だ」
「なら、こいつもターゲットだな」
エッカルトが軽く口笛を吹く。
「分かりました。叩きましょう」
「だが、問題がある。我々は動けない。少数民族に軍や警察が手出しすると、あなた方の政府がいい顔をしないからだ」
“連邦”陸軍の将軍がフェリクスたちを咎めるようにそう言った。
「なら、我々だけでやります」
「それは不味い。敵の武装は生半可なものではないだろう。そのことは共産主義者どもの拠点を叩いたときに理解したはずだ。『オセロメー』の残存戦力であれば、魔導式重機関銃や対戦車ロケットも想定される」
「将軍。何が言いたいのです?」
「メーリア防衛軍を頼るべきだと言っているのだ」
“連邦”陸軍の将軍ははっきりとそう言った。
メーリア防衛軍は未だに存続していた。
ブラッドフォードの死と『クラーケン作戦』の中止により、戦力は低下したものの、未だ“連邦”の反共民兵組織として存在している。
「彼らをですか? 信頼できるのですか?」
「彼らは立派な自由世界の戦士だ。君たちの求める役割は果たすだろう。少なくとも私はそう思っているが」
畜生。確かに少数民族問題で“連邦”政府は動けない。そうしたのは他でもない“国民連合”だ。彼らに人道的見地から批判を加え、動けなくしたのは他でもなく、“国民連合”なのである。
だが、その批判も無意味なものになっている。“連邦”はメーリア防衛軍に汚れ仕事をやらせることによって、その批判を回避しているからだ。
「それでは我々は麻薬取締局の特殊作戦部隊とともにこの地域のスノーホワイト農園を叩きます。あなた方は他の地域を」
「ああ。我々は我々で共産主義者と戦わなければならない」
そして、メーリア防衛軍との共同作戦が決まった。
メーリア防衛軍の基地に軍用四輪駆動車で麻薬取締局の特殊作戦部隊とともに、フェリクスたちがやってくる。
「初めまして、フェリクス・ファウスト捜査官。メーリア防衛軍司令官のネーベです」
「初めまして、ネーベ将軍。今回はお力をお借りできると聞いています」
「もちろんです。“連邦”を脅かすものは排除しなければなりません」
ついこの間までドラッグカルテルと組んでいただろうによく言う。
フェリクスはそう思いながらも、結局はこの男が何の追及も受けなかったことを思い出す。そう、何の追及も受けなかったのだ。この男は様々な疑惑を抱えていたにもかかわらず、誰からも追及されなかった。
未だにヴォルフゲート事件は捜査中だ。
ブラッドフォードとアロイスの関係と、ダミー会社を経由してのホライゾン・エネルギーへの投資と献金は暴かれた。だから、政権与党は急遽大統領候補を変えなければならず、そのことも敗因につながったのである。
だが、それ以外のことは暴かれていない。
どのような目的にドラッグマネーが使われてきたのか。
フェリクスは西南大陸の反共勢力を援助するためだと思っているが、具体的な証拠がない。連邦捜査局も相次ぐ関係者の死によって全容を明らかにできていない。
そのおかげでネーベ将軍は追及を逃れているのだ。
「2個小隊の戦力をつけましょう。信頼のおける部下たちです。アカどものスノーホワイト農園を焼き払って、枯葉剤を撒いてやりましょう」
「スノーホワイト農園への爆撃はこちらで行います。その後の火炎放射器による掃討を周辺警戒をお願いしたいのですが」
「任されました。その役割を果たして見せましょう」
まだフェリクスはメーリア防衛軍を信頼したわけではない。
こいつらが今もドラッグカルテルと関係しているならば……。
「準備が整いました」
「よし。出発しましょう」
メーリア防衛軍2個小隊とともに、フェリクスたちはジャングルの中の少数民族が栽培しているスノーホワイトを焼き払い、大地を不毛の土地にするためにジャングルの道なき道を進んでいった。
「この先だ」
航空写真と現在地を見比べてエッカルトがナビを行う。
フェリクスも海兵隊時代にジャングルでの作戦に従事していたので、このような環境での行動は得意である。もっともあの時はもっと危険な敵や罠を警戒しなければならなかったが。
「さて、到着だ」
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