『ホーク作戦』
……………………
──『ホーク作戦』
大統領選は改革政党の大統領候補が圧倒的な差をつけて勝利した。
彼はドラッグ問題について徹底して対処するということを確約し、麻薬取締局の規模を今の3倍にするとともに、麻薬取締局にある作戦を命じた。
それが『ホーク作戦』だ。
早い話がドラッグカルテルの収入源となっているドラッグの原料たるスノーホワイトを根絶やしにしようという作戦である。
これを聞いたときフェリクスが我が耳を疑った。
「冗談でしょう? “連邦”にいくつのスノーホワイト農園があると思っているんです? それもドラッグカルテルが運営するものだけでなく、民間人が経営しているものや、改革革命推進機構軍が運営しているものもあるんですよ?」
「フェリクス。これは君が始めさせた戦争だぞ。君がマスコミに捜査情報をリークし、議会を大荒れにさせた結果だ。何のお咎めもないとでも思ったか? そう、大統領は君に恩赦を与えた。だが、組織としては君は許されないことをした」
フェリクスが尋ねるのに、新局長のフランク・フォーシングがそう返す。彼はハワードの下で副局長をしていた男であり、フェリクスとは面識がある。彼のやったことについても何もかも把握している。
「これは罰だ。スノーホワイト農園を80%壊滅させたまえ。“連邦”政府も協力する。軍と警察が全面的に協力するんだ。文句は言うな」
「しかし……」
「君に対する処分はマシな方だぞ。君に協力した“連邦”海兵隊第800海兵コマンドのヴィルヘルム・ヴァルター少将は降格の上、左遷されたんだ。君はまだ現場に立つことを許されている。それだけでありがたいと思いたまえ」
ああ。提督はそんなことに。彼は最後まで自分たちに協力してくれた正義の人だったと言うのに。何ということだ。
「さあ、“連邦”に向かいたまえ。今や国中が反ドラッグ感情で満ちている。今しかチャンスはない。こんな強引な作戦がやれる機会は今しかない」
「……了解」
これが俺の望んだことなのか? これが俺が求めていたことなのか?
いいや。俺が求めていたことはアロイス・フォン・ネテスハイムの両手に手錠をかけてやることだ。決してスノーホワイト農園とそこに暮らす貧しい人たちに打撃を与えるためではない。
だが、確かにスノーホワイト農園を潰せれば、ドラッグカルテルは打撃を受ける。そのはずだ。だが、フェリクスにはどうしても抜けていることがあるようでならなかった。
「フェリクス。お前も焼き畑農業体験ツアー行きか?」
「エッカルト。お前もか?」
「ああ。言っておくが、あの事件の責任を取らされるのはお前だけじゃないんだぜ」
「すまない」
「構わんさ。正義を成せたんだからな」
エッカルトはそう言って灰皿に煙草を押し付けた。
「じゃあ、行こうぜ。今回の作戦には麻薬取締局からも応援が出る。作戦内容はちゃんと把握しているか?」
「まだだ。命令を受けたばかりで何をするのか」
エッカルトが尋ねるのに、フェリクスが首を横に振る。
「こいつに書いてある。まずは火炎放射器とナパーム弾でスノーホワイト農園を焼き払う。それからエージェント-29Cという枯葉剤を撒く。こいつは人体に影響はないが、今後100年は不毛の地になる」
「農民たちから土地を奪うのか?」
「スノーホワイトを栽培していた農民たちから、だ。まともな農民からは土地を奪わない。真面目に働いている連中にはむしろ神の加護でも与えるさ」
神の加護、か。
昔はフェリクスも神を信じていた。きっとこれから行く先には正義を守る神の力があるのだろうと無邪気に考えていた。
だが、今や何が正義なのか分からなくなった。
ドラッグカルテルと結託していた政府。政府によるアカ狩りの疑惑。戦略諜報省の関与の疑い。
国家の行うことは正義である。そんな国家の無謬性を無邪気に信じることはできなくなっている。国家はときとして大きな間違いを犯す。それはそうだ。人が間違いを犯すのは当り前であり、国家とは人が作るものなのだ。
このクソッタレな状況を作ったのも人だ。
人が人を殺し、この世に地獄を作る。
ドラッグカルテルの抗争はまさに地獄だった。神によって作られたものではない、人によって作られた地獄だった。
「では、行こうぜ、フェリクス」
「ああ。行こう」
フェリクスたちはエリーヒルからメーリア・シティまで飛行機で飛ぶ。
「フェリクス・ファウスト捜査官?」
「そうだ。そちらが?」
「ええ。警備に当たります。よろしく」
現地の警察官と握手し、フェリクスたちは警察の軍用四輪駆動車に護衛されて、SUVで軍の基地に向かう。
「こちらの航空偵察で確認されてるスノーホワイト農園は以下の通りです」
“国民連合”政府の動きは早かった。
それもそうだろう。今の大統領は反ドラッグを掲げて当選した大統領だ。早急に成果を見せなければならない。そうしなければ2期目はない。
そんな“国民連合”は“連邦”の空軍基地に最新鋭の偵察機を派遣し、“連邦”全土をくまなく捜索した。そして、発見したスノーホワイト農園をマークした。
それを今、フェリクスは軍の基地で“連邦”の警察幹部と軍幹部に見せている。
「これをくまなく叩くのか?」
「目標は80%ですが、できれば全てを。何か問題がありますか?」
「あると言えばある。まず抵抗が予想される」
それはそうだな。ドラッグカルテルの資金源を叩くんだ。ドラッグカルテルも抵抗することだろう。
「それからこの農園で働いていた農民の再就職先だ」
畜生。その通りだ。これまでドラッグカルテルのためにスノーホワイトを育てていた農民たちから仕事を奪うのだ。彼らは5ドゥカートか10ドゥカート程度でスノーホワイトを売り、ドラッグカルテルはそれを精製して500から1000ドゥカートで売ってきた。
彼らもまたドラッグ戦争の被害者だ。
「我々はドラッグカルテルの資金源を断つためにスノーホワイト農園を叩かなければなりません。内政については政府に任せましょう」
「……分かった」
傲慢な“国民連合”の人間めと思ったことだろう。
だが、今まで“連邦”の軍と警察が完全に潔白だったとは言わせないからな。
「“連邦”空軍には“国民連合”空軍と共同で爆撃をお願いします。ナパーム弾を使ってスノーホワイトを灰に。地上部隊は火炎放射器を使って掃討を。それから小型機で枯葉剤を撒きます。これを徹底して行い、“連邦”のスノーホワイト農園を潰します」
フェリクスは感情を押し殺して、本国政府に指示された通りに説明する。
これで一体何人の農民が死ぬだろうか。これまでドラッグカルテルに酷使されていた農民たちはどう思うだろうか。“国民連合”を恨むだろうか?
いずれにせよ、戦争はもうとっくに始まっている。
……………………
面白いと思っていただけたらブクマ・評価・励ましの感想などお願いします!




