マスコミへのリーク
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──マスコミへのリーク
フェリクスは宣言したように情報を本局には報告しなかった。
彼がそうすることでもみ消しを図ろうとする人間がいるのは明白だったからだ。
フェリクスは再びエリーヒルへと向かい、そこでシャルロッテと会った。
彼女にテープの内容を聞かせると、彼女の表情は絶望から怒りへと変わった。
「フェリクスさん。この情報はなんとしても公開されなければなりません」
「ああ。だが、誰に公開するのが適切なんだ? 教えてくれ」
「G24Nしかありません。あそこは大統領の首すら挿げ替えられる力があります」
G24N。戦略諜報省と同じドラゴンの運営するシルフ・ユニバーサルというメディアコングロマリットによって独占配信されるニュースネットワーク。
そこに情報を流せば、今の政権を、ヴォルフ・カルテルと繋がった政権を潰せると、シャルロッテは請け負った。
「揉み消される可能性は?」
「ありません。絶対に報道されます。それにG24Nは常に時の政権に批判的です。改革派よりでもないし、保守派よりでもない。言い方は悪いですが、無差別な攻撃を仕掛けるチャンネルです。彼らならば、このテープを間違いなく報道するでしょう。それも世界中に向けて」
シャルロッテは力を込めてそう述べる。
そして、フェリクスの表情をしっかりと見た。
「これはまさに私たちが暴きたかったことです。これこそ暴かれるべきものです。“国民連合”はずっと“連邦”のことを腐敗していると非難してきました。だが、腐敗していたのは“連邦”だけではないと示すのです。“国民連合”もまた同じように腐敗しているのだということを証明しなければなりません」
「ああ。そうだな。“連邦”にも君たちのようにドラッグビジネスに反対する人間がいるし、“国民連合”にもドラッグビジネスに手を貸す人間がいることを証明しなければならないんだ」
フェリクスはテープの公開を決めた。
それから彼はテープをG24Nに持ち込んだ。
G24Nの責任者たちは唖然としていた。まさか“国民連合”の政府の近い人間が、ドラッグカルテルを手助けしていたとは、彼らも思わなかったのだ。
「ゴールデンタイムに」
番組の責任者が語る。
「ゴールデンタイムに特別番組を編成して公開しよう。それだけの価値がこれにはある。一応、音声や画像の専門家に見せても?」
「丁重に扱ってくれるなら」
「もちろんです。お姫様のように丁重に扱いましょう」
G24Nの責任者はそう言って頷くと、テープと写真を解析にかけた。
どちらも本物という判定。
G24Nは特別番組を編成し、そこで報道された事実はエリーヒルを、世界を揺るがした。エリーヒルはかつてないほどの政治的混乱に見舞われ、吊るし首にするのは誰なのかの判断が始まる。
当初目をつけられていた当事者であるブラッドフォードは吊るし首になる前に射殺された。銃乱射事件の犠牲になり、マスコミ関係者数名とともに死亡した。
フェリクスはひとり、ホテルで待つ。
議会は弾劾裁判の準備を進めてるはずだ。今の大統領の関与は明白だからだ。次の大統領にしても、ドラッグカルテルから1000億ドゥカートもの政治献金を受けている。保守政権は次の時代に続かないだろう。
フェリクスは待つ。ドラッグカルテルを支え続けてきた“国民連合”政府が打倒されることを。このエリーヒルに吹き荒れた嵐の中で、ついにドラッグカルテルとの関係の終わりが唱えられるのを待つ。
フェリクスはできる限りのことはやった。
今頃は麻薬取締局本局も大騒ぎだろう。ハワードが顔を青くしているのが想像できる。彼らは政権に忠実な番犬で、道化だった。ドラッグカルテルに弄ばれていたのだ。それがこんな状況になるとどうして予想できる?
その時ホテルのドアがノックされるのをフェリクスは聞いた。
「はい」
「フェリクス・ファウスト捜査官?」
「そうだが……」
「シャルロッテ・カナリスは我々の手の中にある。この意味が分かったら扉を開けてもらおう。お願いできるかね?」
「貴様ら……!」
「ドアを開けたまえよ、英雄君」
フェリクスはやむを得ず、部屋のカギを外し、扉を開く。
「君はオーバードーズで死にかけた人間を見たことはあるだろう。だが、自分がそうなるとは思ってもみなかったはずだ」
手袋をつけた男たちがホワイトフレークの錠剤を火であぶって、液状にし、注射器に収める。ホワイトフレーク3錠分の液体。あれが注射されれば、間違いなくフェリクスはオーバードーズを起こすことになる。
「君が薬物中毒者だと知れれば、あのテープと写真の信頼性は落ちるだろう。全員があれのせいで地獄を見た。次はあなたが地獄を見るべきだ、フェリクス・ファウスト捜査官。あなただけ逃れようなどとはおこがましい」
「好き勝手に言ってくれるな。自業自得だろう。あんたらは自分たちの犯した罪のせいで破局するんだ。俺にどうこう言ってもらっても困るな」
「そういうわけにはいかない。君は国家機密を漏洩させたのだ。我々は戦わなければならない。共産主義の脅威と。そのためならば、これまでのことはやむを得ぬ犠牲だったのだ。共産主義との戦いという崇高な使命のための」
男たちがフェリクスの腕をシャツを捲って露にさせ、注射器を向ける。
「それではいい夢を、フェリクス・ファウスト捜査官」
そして、男が注射を打とうとしたときただ。
男の頭が弾けとんだ。
「連邦捜査局だ! 全員頭の上に手を乗せて床に伏せろ!」
連邦捜査のボディアーマーを纏った捜査官たちがフェリクスの部屋になだれ込む。
「予想通りだったな」
連邦捜査局でフェリクスに協力しているフレデリックがそう告げる。
「ああ。連中は俺を消しに来ると思っていた。だが、シャルロッテが」
「シャルロッテならば無事だ。うちの捜査官が警護している」
「そうか」
畜生。嵌められたなとフェリクスは思う。
「しかし、こいつらも戦略諜報省の人間か?」
「恐らく、こいつらからは戦略諜報省に辿り着けないようになっている。偽装された身分と使い捨てにできる人材を使っているはずだ」
「畜生」
フレデリックが悪態を吐く。
「戦略諜報省のドラゴンを引きずり出すにはもう少しばかり時間が必要だ。今はとにかく政権にダメージを与えてやることだ。政権にダメージが入れば、当然ながら戦略諜報省まで響く。ドラゴンは慌てふためくだろう」
「理想的だな」
「まさに」
フェリクスにもフレデリックにも、戦略諜報省への恨みがある。
彼らは報復を果たそうとし、戦略諜報省のオーガストはそれを防ごうと手を回すだろう。これまで戦略諜報省の秘密作戦が暴露されたことはないが、今のフェリクスの告発は戦略諜報省を揺るがしている。
「この調子で正義を手にしよう」
「ああ。正義を」
フェリクスの与えた打撃は確実に“国民連合”の政治を揺さぶっている。
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