後処理
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──後処理
オーガスト・アントネスクは処理を命じた。
そもそも『クラーケン作戦』や『ストーム作戦』そのものは、国家安全保障会議主導の作戦だったが、戦略諜報省も少なからず関わっている。戦略諜報省もドラッグマネーで動いていたわけである。
だが、『フリントロック作戦』が表に出るのは不味い。
あれは完全に戦略諜報省の作戦だ。戦略諜報省が立案し、主導し、実行した作戦だ。あれが発覚するわけにはいかない。
共産主義者であれば誰だろうと暗殺して構わないという狂犬染みた作戦が表に出れば、流石のオーガストでも抑えかねる。マスコミは嬉々として報道するだろう。オーガストは昔から一部のマスコミは容共的だと考えていた。
真の愛国者であるならば、共産主義者の死に喜ぶべきである。共産主義は敵の思想だ。共産主義は“国民連合”の敵だ。共産主義というイデオロギーはこの世に存在するべきではないものなのである。
オーガストは外科手術のように慎重に患部の切除を始めた。
まずはブラッドフォード。次はブラッドフォードの秘書。そして、当時の国家安全保障会議で関与が発覚しそうな人間。大統領官邸スタッフの中で関与が明白な人間。
それらをシャドー・カンパニーを使って、次々に消していった。
だが、オーガストの手の届かない場所にいる人間が2名いた。
マーヴェリックとマリーだ。
彼女たちは『フリントロック作戦』の実行者だ。彼女たちを処理しなければ、どこかで間違って『フリントロック作戦』が暴露される可能性があった。
「どうするべきだと思う、ジョン?」
「我々がやる必要はありませんよ」
「ほう、誰かが代わりにやってくれると?」
「ええ。麻薬取締局が」
ジョンは肩をすくめてそう述べる。
「麻薬取締局か。ハワードのスキャンダルは握っている。奴は我々を追及しない。だが、手足はそうではない。今回の騒動の引き金を引いた人間の正体については分かっているんだろうな?」
「フェリクス・ファウスト。頑固な麻薬取締局の捜査官です」
「そいつはマーヴェリックとマリーの両方を始末してくれると思うか?」
「可能性としてはあり得ます。いや、別の人間でもいいでしょう。マーヴェリックとマリーは奴の同僚であるスヴェン・ショル特別捜査官を死体爆弾にして、奴に送りつけています。前任者のスコット・サンダーソンが吊るし首になった事件ですね」
「捜査官たちの復讐心を利用しろと、そいういうわけか」
オーガストが巨大なオフィスの中で身をよじらせる。
「いいだろう。マーヴェリックとマリーの処理は麻薬取締局にやらせる。マーヴェリックとマリーが奴に同胞を死体爆弾にした件を麻薬取締局にリークしろ。そして、復讐心をたきつけろ」
「了解。他にご用命は?」
ジョンが頭を下げてそう尋ねる。
「いずれ、粛清の嵐が吹き荒れる。我々は共産主義の脅威が存在する限り、存在しなければならない。アカの脅威が取り除かれるまでは我々には存在意義がある。それを忠実に守るんだ、ジョン。迂闊なことはするな。確実に物事を進めろ」
「エリーヒルは当面の間、荒れそうですな」
「ああ。荒れるだろう。だが、我々が追及されることがあってはならない。マスコミの中にはアカの手先がいる。連中に我々の正義を曲げさせるわけにはいかないのだ。我々はこの戦争で勝利しなければならない」
オーガストが淡々と述べる。
オーガストの指すこの戦争がどの戦争なのかは分からなかった。ドラッグ戦争か、それとも冷戦か。あるいは彼の権力を守るための権力闘争か。
「着実にひとつひとつだ。それで、フェリクス・ファウストの弱点はなんだ?」
「ありません。あるとすれば今の立場を追われることでしょう。奴は麻薬取締局の捜査官という立場を楽しんでいます。それを取り上げられることを奴は恐れるでしょう。それぐらいのものです。家族とは完全に離縁。付き合いのあるのは麻薬取締局の捜査官である同僚だけです」
「なるほど。ならば、奴が今の立場を追われかねない状況を作れ」
「手段はどのようにでも?」
「どのようにでも。奴もまた自由世界の敵だ。『クラーケン作戦』も『ストーム作戦』も有益な作戦だった。それを潰してくれたのだから、それなりの目には遭ってもらわなければならない」
「畏まりました、長官」
ジョンはオーガストの執務室を出ていく。
「共産主義の脅威を理解しているのは私だけか? 誰もかれも共産主義の脅威から目を逸らしている。そのようなことがいつまでも許されるはずもないというのに」
冷戦初期から戦略諜報省の長官を務める老ドラゴンは黒煙を吐き出した。
「大統領選は改革派が勝つだろう。保守派は敗退だ。だが、それでも反共主義だけは貫かねばならない」
オーガストはそう言って、彼を現在の地位に留め続けるためのものを取り出した。
戦略諜報省の情報収集能力を利用して収集した政治家やマスコミ関係者のスキャンダルリストだ。ドラゴンの尻尾を踏めば暴露され、その人間の社会的生命を終わらせるようなリストである。
オーガストは内線で電話をかけ、ひとりひとりを脅すように指示を出す。
改革派の政治家がこれ以上この問題に首を突っ込まないように、マスコミがこれ以上この問題を騒ぎ立てないように、ひとつひとつ処理していく。
だが、全てを鎮火ですることはできなかった。
残された炎がくすぶり、酸素を奪っていく。
このままではいずれまた大騒ぎになる。
オーガストは時として脅迫ではなく、暗殺という手段を使った。
“国民連合”国内のシャドー・カンパニーが事故に見せかけて、問題を追及しようとする人間を消していく。
その努力の甲斐もあって、マスコミの手が戦略諜報省に伸びることはなかった。
だが、オーガストは見くびっていた。
同僚を殺された麻薬取締局の捜査官と連邦捜査局の捜査官たちの力を。
彼らは水面下で協力し合い、一連の陰謀を暴露しようとしていた。
「フェリクス。間違いないんだな?」
「間違いない。戦略諜報省も関わっている。奴らとドラッグカルテルはグルだ。そして、あの民間軍事企業の件にも関わっている」
「あのクソドラゴンめ」
ブレンダン・バーロウのイージスライン・インターナショナルを捜査したときに協力してくれたフレデリック・フェルトが悪態を吐く。
連邦捜査局はあのときの捜査で襲撃を受け、捜査官2名が死亡している。
「マスコミにまだ漏らしてない情報は?」
フレデリックが尋ねる。フェリクスに。
そう、マスコミに情報を漏らしたのは全員の予想通りフェリクスであった。
「今のところはない。だが、これでヴォルフ・カルテルから“国民連合”の庇護が引きはがせる。奴らはもう終わりだ。アロイス・フォン・ネテスハイムを取り調べれば、面白い情報がいろいろと出てくることだろう。だが、司法取引はしない。絶対に」
フェリクスははっきりとそう言った。
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