追及されるものたち
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──追及されるものたち
ブラッドフォードは自殺しようかと、もう4回は考えた。
事務所の前には記者たちは陣地を築いている。
電話はなりやまない。ブラッドフォードは大統領からの電話だけ取り次ぐように秘書に命じていたが、大統領はブラッドフォードに電話のひとつもかけてこなかった。
切り捨てるつもりか?
ブラッドフォードはそう考える。
確かにブラッドフォードが大統領の立場であっても、ブラッドフォードを切り捨てるだろう。今やブラッドフォードは何の利益にもならない男だ。それどころか不利益をもたらす男だ。
あのクソッタレな暴露のせいで何もかもが終わった。
「議員。大統領からです」
「分かった」
ブラッドフォードは深刻級して受話器を取る。
「ブラッドフォードです、大統領閣下」
『ブラッドフォード。正直に言って、君の今の立場は不味いぞ』
「ええ。分かっています。しかし、『クラーケン作戦』は……」
『言い訳を聞くつもりはない。だが、挽回のチャンスは与えよう。私と君は君が国家安全保障問題担当大統領補佐官時代からの付き合いだ。私の政権に多大な貢献をしてくれた。そこのことには感謝している。だから、挽回のチャンスを与える。大統領官邸に来たまえ』
「分かりました、閣下」
ブラッドフォードは大統領が電話を切ったのを確認してから電話を切る。
首の皮一枚で繋がったのか? だが、この状況から助かる手段とはなんだ?
分からないが、助かるのであれば藁でも掴もう。今のブラッドフォードは極めて不味い立場にあるのだ。政治的に失脚することのみならず、司法に裁かれる可能性すらある。彼がドラッグカルテルに麻薬取締局の潜入捜査官の情報を流していたりしたことが判明すれば、議会はおろか、連邦捜査局まで彼を吊るし首にしようとするだろう。
ああ。なんてことだ。これはまるで地獄だ。
議会で何と追及される?
『ブラッドフォード議員。ドラッグカルテルと関係があったのは事実ですか?』
『誰があなたにそれを命じたのですか?』
『ドラッグカルテルに対して具体的にどのような便宜を図ったのですか?』
どれも答えられる質問ではない!
ブラッドフォードは気持ちを落ち着かせるために水をコップ一杯飲み干すと、窓の外を見る。マスコミもブラッドフォードを吊るし首にしてやろうと嬉々として待ち構えている。この世は地獄だ。
だが、大統領は挽回のチャンスをくれると言っていった。それに賭けよう。
「大統領官邸に向かう。車を準備してくれ」
「裏口に手配しますか?」
「そうしてくれ」
ブラッドフォードは力なくそう命じた。
やがて黒塗りの車が到着し、それにブラッドフォードが乗り込む。
ブラッドフォードは考え続けていた。挽回のチャンスとはどのようなものだろうかと。この状況をひっくり返せるものがあるのだろうかと。そんなものが本当に存在するのだろうかと。
今は信じるしかない。大統領とは長い付き合いだ。
今の反共保守政権を共に支えてきた。ただ、大統領は今回の大統領選には出馬しない。任期が来ている。だが、志を同じくする仲間が立候補することになっている。大統領はその応援もしなければならない。
正直、ブラッドフォードなどのような疑惑の渦中の人物と会って、政権へのダメージを増やすより、もっとやるべきことはあるだろうに、それでも大統領が挽回のチャンスを与えてくれるというのは正直にありがたかった。
それがどのようなものであれ、ブラッドフォードはチャンスを掴むつもりだ。
ブラッドフォードは事務所から大統領官邸に向かう。まだマスコミには見つかっていない。だが、時間の問題だろう。今のエリーヒルでブラッドフォードの顔を知らない人間などいない。
誰かがマスコミに知らせ、マスコミが押し寄せる。
悪夢だ。
今は大統領の助けに期待するしかない。彼がどのような挽回のチャンスをくれるのかは分からないが、それに望みを託すしかない。ブラッドフォードにできることは何ひとつとしてないのである。
そして、彼は知った。
彼の事務所もそうだったが、大統領官邸もまたマスコミの侵略を受けているということに。大勢のマスコミが大統領官邸に詰め寄せ、カメラを誇りある大統領官邸に向けている。
「あっ! ブラッドフォード・ブレアム上院議員を乗せた車がやってきました!」
マスコミという名のサメが早速獲物を見つけて、追いかけてくる。
「ブレアム上院議員! 疑惑についてお答えください!」
「ノーコメントだ」
「ブレアム上院議員! ドラッグカルテルとの関係は!?」
「ノーコメント!」
マスコミに囲まれながらも車を降りたブラッドフォードをマスコミが取り囲み、騒ぎ立てる。ブラッドフォードはもう胃に穴が開きそうだった。
ここで言ってやりたい。『我々は共産主義という邪悪なイデオロギーと戦う正義の戦争のために悪魔と手を結んだのだ』と。『共産主義よりドラッグカルテルの方が数百倍もマシな存在である』と。
だが、迂闊に喋るわけにはいかない。今はまだ疑惑の段階だ。自らそれを確定にさせてやる必要はないのである。
「ブレアム上院議員! 麻薬取締局の捜査官が死亡した件についてどのような関与を!? その責任はどのようにして取られますか!?」
「ブレアム上院議員! 連邦捜査局の捜査について一言!」
煩わしいハイエナどもめとブラッドフォードは悪態を吐きそうになる。
彼は屈辱に耐えながら、マスコミが入れない大統領官邸の敷地内に足を踏み入れようとしていた。
その時後ろから突き飛ばされたような衝撃を受けた。失礼な記者の仕業かと思い、そのまま進もうとしたとき胸が痛むのを感じた。
彼は自分の胸を見下ろすと胸から真っ赤な血が流れつつあった。
撃たれたことに気づくまで彼はかなりの時間がかかった。
「ブレアム上院議員が撃たれた!」
マスコミがそう叫んだとき、銃が乱射されるように銃弾が当たり一面にまき散らされた。マスコミが悲鳴を上げて逃げ惑い、混乱で死傷者が生じる。
一方の狙撃犯はマガジン1個分の銃弾を乱射し、その場を離脱しようとしていた。
『ターゲットの死亡を確認』
「了解。引き上げる」
男──シャドー・カンパニーのジョンは妖精通信にそう言って引き上げた。
彼はドラゴンの尻尾を踏むとどうなるかを思い知らせたのである。
追及の手は戦略諜報省にも及ぼうとしたが、この銃乱射事件でブラッドフォードが死亡したことにより、追及の手は止まり、ブラッドフォードの死を中心に報道が変化した。世界的なニュース番組であるG24Nでも、ブラッドフォードの死が伝えられる。
アロイスはその報道をテレビで見ていた。
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