裏切者の説得
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──裏切者の説得
ジークベルトは憔悴しきった様子でアロイスの前に連れて来られた。
「やあ、ジークベルト。久しぶりだな。元気にしていたか?」
「畜生。俺を殺すために連れてきたのか?」
「まさか。殺そうと思えばとっくに殺せてるんだぜ。よく考えろ」
ジークベルトにオレンジジュースとスナック菓子が与えられる。
「ムショの中では『オセロメー』に保護してもらえていたか?」
「あのクソ野郎ども……。奴らはすぐに裏切った。ムショの中ならば安全だというフェリクスのクソ野郎の話は嘘っぱちだった。『オセロメー』の連中は外の事情が変わったといって、俺を痛めつけるようになって……」
そこでジークベルトが一気にオレンジジュースを飲み干す。
「嫌な思いをしたよな、ジークベルト。復讐がしたくないか? クソッタレなフェリクス・ファウスト特別捜査官に。お前のためならば戦っていいという連中がいる。そいつらを率いて、あのクソ野郎に報復しないか?」
「俺はあんたのことを恨んでるんだぞ」
「だが、こうしてあんたをムショから解放してやった。そうだろう?」
「……確かにそうだ」
ジークベルトは刑務所で地獄を見た。だからこそ、そこから解放してやったアロイスが救世主に見えるのだ。元を正せば、ジークベルトが刑務所に入る原因を作ったのは、アロイスでもあるというのに。
「クソッタレなフェリクス・ファウスト特別捜査官をぶち殺してやろうぜ。あんたならできる。あんたにしかできない。あんたには復讐する権利がある。あのクソ野郎をぶち殺して、あんたの復讐を果たそうぜ」
「ああ。あのクソ野郎に思い知らせてやる」
そうさ。あんたはフェリクスを殺す。あんたは俺が殺す。
復讐を果たせよ、ジークベルト。裏切者らしく逆恨みしてな。そして、麻薬取締局の捜査官殺しの罪を背負い、“国民連合”の恨みを買って、警察と軍に追い回されて、野良犬のように撃ち殺されるがいいさ。
「あんたの部下に会って、必要なものをリストアップしてくれ。こっちで準備する。確実にフェリクス・ファウストを殺せるような装備が必要だ。そうだろう? 今度こそ奴の息の根を止めてやらないとな」
「ああ。ああ! あのクソ野郎をぶち殺してやる!」
ムショに入って頭がおかしくなった奴はさんざん見てきたが、ジークベルトも同じだ。クソッタレな脳みそになって、かつての姿は欠片もない。単細胞生物の方がまだ賢いだろうという脳みそになっている。
それでも復讐をお膳立てしてやれば、やってくれるだろう。
頭に蛆が湧いているのはいいことだ。これまで散々裏切りを働いてくれた脳みそに用はない。大人しくいうことを聞いてくれる脳みその方がありがたいというものだ。
「部下たちはどこに?」
「ジャン。案内してやってくれ」
ジャンが無言でジークベルトを彼の部下のところに連れていく。
「あいつ、完全に頭がパーになってるけど大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。復讐劇はこちらでお膳立てしてやる。奴はシナリオ通りに働き、用が済んだら処分する。もう裏切者に用はない。あのクソ野郎のせいで、俺の保険は剥げかけたんだからな」
アロイスはジークベルトに裏切られている。
ジークベルトは安定していた“連邦”国内に混乱を呼び込み、西部のドラッグネットワークを壊滅させた。ヴィクトルは逮捕され、今や刑務所の中だ。
そこまでの混乱を引き起こしてくれた男に同情する余地があるか? いや、ない。
用が済めば裏切者は処分する。
「で、その復讐のシナリオは?」
「これまでは回りくどい方法で散々攻撃を避けられてきた。今度は直接フェリクスを狙う。爆破計画なんて大それたものはなし。奴がホテルから車で出たところをトラックをぶつけてやり、それから車にありったけの鉛玉を叩き込む」
「それで死ななかったら化け物だね」
「まさに。だが、奴は今まで生き延びてきた。銃撃も、爆破も生き延びてきた」
今度こそ、フェリクスには死んでもらう。
今度こそ、確実に。
「ボス。リクエストのリストです」
「ああ。対戦車ロケットに、魔導式自動小銃に、魔導式短機関銃にと」
アロイスは部下からメモを受け取り読み上げる。
「用意してやれ。ただし、俺たちと関連付けられないようにな。あくまでこれは奴の復讐だ。俺たちの復讐じゃあない。奴が勝手に始めることだ。俺たちはちょっとした助力をしてやるだけで、奴が麻薬取締局の捜査官を殺すことなど知らない。いいな?」
「了解しました、ボス」
部下が頷いて出ていく。
「ジークベルトの頭が腐り落ちるのが先か、それともフェリクスが死ぬのが先か」
「同時になるのが一番いいね」
「もっともだ。狂人がそのまま射殺されれば満足だ」
アロイスはあることを恐れていた。
それはフェリクスを殺すことで“国民連合”の捜査機関を敵に回すことや、ブラッドフォードのご機嫌を損ねるようなことではない。
未来が変わることだ。
もう未来はかなり変わっている。1度目の人生でこんなことは起きていない。都合の悪いことはアロイスに起き続けているが、都合のいいことは努力してもさっぱりだ。
だから、フェリクスは殺されないかもしれない。
あるいは殺されたとしても別のもっと性質の悪い捜査官が赴任してくるのかもしれない。都合の悪いことはとことん起きる。『ジョーカー』は反乱を起こしたし、キュステ・カルテルは敵に回ったそして、シュヴァルツ・カルテルは裏切った。
他にもいろいろと不都合なことは起きた。だが、いいことは?
いいこともあるにはあった。だが、ほとんどの場合、悪いことでちゃらになっている。どうしてこうも俺は呪われているかのように不都合に見舞われるんだとアロイスは思う。確かに褒められないことをしてきたが、だからと言ってこれはないだろう?
未来がフェリクスに撃ち殺されるものではなくなったとき、別の誰かがアロイスを撃ち殺すのか? それともアロイスは助かるのか?
「畜生。運命というものはどうなってやがるんだ」
「運命なんてないさ。神がいないのと同じ。なんで運命なんて信じてるのさ?」
「俺は神は信じないが、運命には少しばかり因縁があってね。クソッタレな運命には吐き気がしているんだ」
「変な奴」
ああ。そうとも。俺は変人だ。1度目の人生の記憶があるだなんてイカれてる。誰に言ったってこんなこと信じてもらえるはずがない。アロイス自身、今では本当に1度目の人生などあったのだろうかと疑問に思っているところだ。
だが、クソッタレな運命は存在する。かなり近い位置で存在している。このクソッタレな運命から逃れるためならば、アロイスは何をしてもいいと思っている。人を殺そうが、拷問しようが、死体を人間のシチューにしようが構いやしない、と。
だが、どう足掻いても逃げられない。運命は現実となって追いかけてくる。アロイスの破局に向けて動いている。
だが、フェリクスを殺せれば、その時はこのクソッタレな運命から逃れられるのではないかという希望が少しばかりあった。
儚い希望だが、全く希望がないのと希望が儚くともあるのでは、0と∞ほどに異なるのだ。
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