幹部の地位
本日2回目の更新です。
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──幹部の地位
アロイスは久しぶりにハインリヒの屋敷に呼ばれた。
「お疲れではありませんか、若旦那様?」
「疲れているように見えるか?」
「ええ。少しばかりお辛そうに見えます。部屋で休まれては? 旦那様には私からお伝えしておきますので」
「じゃあ、そうしよう」
実際のところ、アロイスは少し疲れていた。
自分が築いたアロイス=ヴィクトル・ネットワークを危険から守るのに神経をすり減らしていた。州警察とレニ都市警察に動きがないかを週に1回ヴィクトルに尋ね、ヴィクトルに国税庁に警戒されない金の使い方を教え、またヴィクトルとは月に1回取引量の調整などについて話し合う。
中間業者は有能らしく、それも複数いるので、大量のスノーパールが捌ける。だが、レニのバーであったフェリクスのことを思い出すと胃がむかむかした。アロイスがスノーパールを売り捌けば捌くほど、罪の重さは重くなる。
今のアロイスが“国民連合”に身柄を拘束されたら、終身刑を4回は食らうだろう。死んだ後も刑務所の中というわけだ。
その前にフェリクスに射殺されるか。
大抵のカルテルの大物は司法取引に応じない。もし、応じれば報復が待ち構えているのだ。たとえ、刑務所の中の一番安全な場所に収監されたとしても刑務所の内のギャングは殺しにやってくる。
証人保護プログラムを受けたら?
無駄だ。連中は血眼になってアロイスを探し出す。広大な“国民連合”内をくまなく探して、アロイスを拷問した上で殺すだろう。
それに今のアロイスの持っている情報では証人保護プログラムが受けられるとは思えない。アロイスが知っているのはヴォルフ・カルテルのボスの正体であるハインリヒとアロイス=ヴィクトル・ネットワークを構成している組織についてだけだ。
他のカルテルの大物たちを逮捕できるだけの情報は提供できない。
「畜生。なんて仕事だ」
アロイスは呻くようにそう呟く。
何がどうあっても、ドラッグビジネスからは逃げ出せない。死んでしまうまでは、刑務所で一生を終えるまでは、ドラッグビジネスに関わり続けるしかない。
いっそ“国民連合”が全てのドラッグを合法化してくれればとすら思う。
そうすれば合法的なビジネスとして平凡な収入で、平穏にドラッグを扱える。まるで薬局で処方箋を受け付けるように、ドラッグも医者が処方箋を書いて処方するのだ。それか薬局の棚に並べる。ビタミン剤の隣に『スノーホワイトで夢のような体験を』と。
現に“国民連合”の改革派政党の押さえている西部ではドラッグの一部は合法化された。まあ、ホワイドグラスのような中毒性がそこそこの代物だが。それは“国民連合”のドラッグ問題を解決するはずだったが、逆に広いゲートウェイドラッグの流通により、より刺激を求めるものたちにスノーパールのようなドラッグを売りさばく機会を生むことになった。つまりは策士策に溺れるというわけだ。
ドラッグは次々に膨大な利益をもたらし、“国民連合”にヤク中を増やし続けている。ヤク中を治療するのは難しい。まず法律が単純所持の罪で裁く、刑務所で地獄のような離脱症状を味わったあとに療養施設に送られても、治療できる見込みはゼロに近い。
事実、単純所持で捕まったヤク中の9割が再びヤク中に戻っているという。これはアロイスの敬愛し、憎悪する麻薬取締局の公式の発表だ。
「ドラッグと一度繋がれば二度と離れられない、か」
アロイスはヤク中を軽蔑しているが、彼自身もヤク中のようなものだと思う。ドラッグとの関わりから逃げられず、どんどん泥沼に嵌っていく。まさにヤク中だ。売っているか、買っているかの違いでしかない。
買っている連中に利益はない。だが、連中が問われるのは単純所持の罪だけだ。せいぜい懲役1~2年で罰金3万ドゥカート程度。人生は台無しになるだろうが、やり直す強い意志があればやり直せる。
売ってる方は致命傷だ。末端の売人はやり直せる。だが、ドラッグカルテルのボスがどうやってやり直すっていうんだ? つま先から頭のてっぺんまでどっぷりドラッグに浸かっている。正確にはドラッグのもたらす金に。だが、逃げられないのは同じだ。ドラッグの金を使ったら、一度ドラッグに手を出したも一緒。
ヤク中より酷いのは、ドラッグカルテルのボスは子供にまで影響を与える。
アロイスはドラッグビジネスに関わる気はなかったが、ハインリヒが彼をドラッグビジネスに引きずり込んだ。ヤク中の親よりも酷い。ヤク中の親は子供にドラッグを使わせようとはしない。ハインリヒは最低の親だ。
「若旦那様。お茶をご準備いたしました。どうぞ体調を整えるためにも」
「ありがとう、イーヴォ」
アロイスはイーヴォの入れてくれたお茶を啜る。
イーヴォは母から薬草学について教わっており、ハーブティーを入れるのは得意だ。疲れの取れるハーブティーを入れてくれたのだろう。
ドラッグなど使わなくても疲れを取ることはできる。ドラッグなど使わなくても夢を見ることはできる。なのに世の中にはドラッグに頼りすぎる人間が多すぎる。
クソッタレなヤク中がいる限り、俺もヤク中の相手をし続けることになる。
アロイスはこんな状況に自分を追い込んだハインリヒを心の底から呪った。
「父さんに会うよ。体調も良くなった」
「そうですか。では、旦那様の書斎へ」
アロイスは久しぶりに母のことを思い出した。母は知識の女神だった。アロイスにさまざな植物のことを教えてくれた。この“連邦”でどんな植物が元から現生しており、そしてどのような植物が開拓者とともにやってきたかを。
スノーホワイトは開拓者とともにやってきた外来種だ。それはこの“連邦”の大地でもよく育ち、開拓者たちをヤク中にした。
それからずっとスノーホワイトは“連邦”の大地に根を下ろしている。その毒を周囲の国々にまき散らしながら。
「旦那様、若旦那様がお戻りです」
「通せ」
ハインリヒの声がする。
アロイスは書斎に入った。
ハインリヒは相変わらず屋敷の主人として椅子に座っていた。
やはり太ったなと思う。酒の量が増えたのは明白だ。
孤立が酒を増やしたのだろう。イーヴォの他にも料理人だっているが、彼らはより以上は作らない。そうでないとすれば、ハインリヒが酒の量を増やしたとしか考えられない。哀れなものだ。世界有数の規模のドラッグカルテルのボスでありながら、妻を亡くしただけでアルコール依存症か。
こうはなりたくないものだと思いながら、アロイスは無表情にハインリヒを見た。
だが、意外な人物が書斎にはいた。
ノルベルト・ナウヨックスだ。ヴォルフ・カルテルの古参の幹部。年齢はハインリヒより下だが、老け顔のせいで年を取って見える。確か息子と娘がいたはずである。息子はアロイスより3歳ほど年下だったと記憶している。大学には通っていない。
「アロイス。お前のビジネスは非常に成果を上げている。お前の作ったネットワークは莫大な利益を上げている。ヴォルフ・カルテルにおいてもこれまでの規模のネットワークを築いた人間はいない」
ハインリヒは素直にアロイスの貢献を讃えた。
不気味なほどの褒め言葉だ。
何かが待ち構えているのを感じさせる。
「カルテルへの貢献は讃えなければならないし、それ相応の地位も与えなければならない。お前をヴォルフ・カルテルの幹部として迎え入れよう」
最悪だ。
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