宿敵との初めての遭遇
本日1回目の更新です。
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──宿敵との初めての遭遇
アロイスはちょっと早い晩酌を楽しむためにバーに入った。
バーは比較的空いていた。何もこの店が悪いということはないだろう。感じのよさそうなバーであった。アロイスは入りやすそうなそこに入り、カウンターに座った。
「何になさいますか?」
アロイスはメニューを見る。
「このレニ名産クラフトビールを」
「畏まりました」
こんないい感じのバーに来ておいてビールとはなんだが、目を引いたのでしょうがない。それに普通の酒ならば“連邦”のバーでも飲めるが、クラフトビールはレニでしか飲めない品である。アロイスはそう考えて納得させた。
直にクラフトビールが運ばれてきて、アロイスは風味を味わいながら、ちびちびとクラフトビールを楽しみつつ、次に頼む酒を考えていた。
そんなときだった。男が現れたのは。
「何になさいますか?」
「ジントニック」
男はそう言ってアロイスに近い位置のカウンター席に座った。
アロイスは男の顔を見てぎょっとした。
男は10年後にアロイスを殺した男と同じ──すなわちフェリクス・ファウストだったのだ。アロイスがブロークンスカルを使って消そうとした男がすぐ近くで酒を飲んでいるというのだ!
「俺は何か甘いカクテルを」
「畏まりました」
こういう時に動揺を見せない死んだ表情筋は役に立つ。
フェリクスは注文したジントニックを飲み干していた。
「やあ、君はレニ在住の人かい?」
「いいや。ただの観光客だ」
畜生。畜生。畜生。話しかけてくるな。お願いだから!
「カジノは楽しめた?」
「こう見えても学生の身でね。散財は親に申し訳なくなる」
「学生がレニに? マギテク関係の学部かな?」
「親戚の家を訪問しに来ただけで、マギテクとは関係ないよ」
レニはマギテク関連のヴェンチャー企業が山ほどある都市だ。そこに学生が来たとなれば、マギテク関連企業への就職活動だと思われてもおかしくはない。
だが、ここに下手にマギテク関連の学部だと答えて、込み入った話になると、アロイスは窮地に立たされる。嘘がひとつバレれば、他の嘘も見破られる。
「そういうお兄さんはどうしてレニに? マギテク関連の人には見えないけど?」
「まあ、警官だ。事件を捜査している」
嘘つきめ。お前は麻薬取締局の捜査官だろうがとアロイスは心中で思う。
「どんな事件? 殺人?」
「殺人も含まれてはいるな。人殺しは罰されるべき罪だ。そうだろう?」
「そう思うね。人として当然だ」
俺はお前の仲間のギルバートを殺してやったんだがな。
「でも、殺人ってどんな殺人? バラバラ殺人とか?」
「おいおい。酔っているのかい。笑えない冗談だよ。人の命が奪われた。無慈悲に。彼は俺の友人でもあった。だから、どうしても犯人を捕まえたい。そう思ってレニにやってきた。犯人はレニにいると思う」
「レニ都市警察の警官じゃなかったのか?」
「違うよ」
ギルバートを消したことは1度目の人生ではなかったことだった。だが、それによってフェリクスの動きが変わるとしたら? 彼がより強く復讐を求め、アロイスを追い詰めるようになったら?
最悪だ。短期的に問題は解決したが、フェリクスが麻薬取締局にいる限り、アロイスの身は危険にさらされ続ける。
「捜査には私情を持ち込むなって刑事ドラマじゃよくやっているけど?」
「警官殺しは別だよ。警官殺しは全ての警官を敵に回す行為だ。俺も捜査に加わって、犯人を突き止め、報いを受けさせたい。“国民連合”でも最悪の刑務所に叩き込んで、一生出れないようにしてやりたい」
おっと。これはヴィクトルには聞かせない方がいい話だ。
「もう犯人の目星はついているの?」
「君は記者じゃないだろうな?」
「記者だったらもっと賢い質問をしてると思うね。まず、捜査している事件とあなたの立場について聞くはずだ。そうだろ?」
「それもそうだな」
記者じゃないが、捜査情報が欲しい立場の人間さ。
「犯人は誰だか分からない。というよりも、犯人の後ろにいた人間が分からない。犯人そのものは死んでいる。ドラッグのオーバードーズで、だ。だが、ただのヤク中が訓練された暗殺者のように同じタイミングで銃の乱射を引き起こすわけがない」
フェリクス。あんたはそう信じないだろうが、州警察はそれで納得したんだぞ。仲間の仇は死んだと。麻薬取締局の捜査官に過ぎないあんたが何を疑おうと、州警察やレニ都市警察の協力がなければ、何も調べられない。そうだろう?
「相棒とかはいないの? 刑事ドラマだと相棒が必ずいるけれど」
「刑事ドラマと現実は違うよ。まあ、相棒が欲しいのは確かだけれどね。相棒がいたら、もっと捜査も楽になるだろう。だが、思い知ったんだ。自分が突っ走れば、周りもまた巻き込まれるということを」
そうだな。ギルバートはあんたがギャングに手を伸ばしたから死んだんだ。正確にはアロイス=ヴィクトル・ネットワークに手を出そうとして死んだんだ。
あんたのせいだよ、フェリクス。大人しくしてれば誰も死なずに済んだんだ。誰も殺さずに済んだんだ。あんたのせいで俺は手を汚す羽目になった。くたばりやがれ、クソッタレのフェリクス・ファウスト捜査官!
「捜査、上手くいくことを祈ってるよ」
「ありがとう」
アロイスは呼び止めれられないかと怯えながら店を出た。
今のアロイスは無防備だ。誰からも守られていない。危険な状況だ。
だが、それでもアロイスはこのスリルがなかなかいいものだという思いもあった。将来、自分を殺しに来る相手と酒を飲み、雑談をする。マーヴェリックが好きそうな破滅的な行為だ。危険な行為だ。
アロイスはその足でホテルに向かう。
レニのホテルは安くても立派なものが多い。そう、ホテルの料金はさほど高くはないのだ。レニはカジノが本職であり、宿泊費分の金はカジノで落としていってもらうわけである。ヴィクトルもここのカジノをひとつ買収したところだ。
「どこまで商売が広げられるか、だな」
ヴィクトルも使い切れないほどの額の金をどう使うか迷っている。資金洗浄された安全な金だからこそ、安全な方法でもっと増やしたいと思うのは人の性だ。
アロイスも不動産投資に着手している。膨大な金が動いている。
それに対してフェリクスが麻薬取締局からいくらもらってると思う?
奴は大した金は持っていない。金がなければ権力もないのが世の常だが、例外は国家権力だ。国家権力は貧乏な捜査官に大金持ちの不正を暴くことを可能にさせる。
そして、金と暴力を備えたアロイスを殺すこともできるようになるのだ。
不愉快だが、事実だ。
“国民連合”は“連邦”と違って政府を買収するなんてことはできない。ハインリヒの父のように検事総長でありながら、ドラッグカルテルのボスとなり、政府をコントロールすることはできない。
今は、まだ。
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