そして、残ったのは
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──そして、残ったのは
アロイスは『オセロメー』の新しいボスが決まったという知らせを受けた。
新しいボスはヴォルフ・カルテルに忠誠を誓っており、全ての面でアロイスに協力すると確約しているそうだ。
正直なところ、オセロメーにはもう滅んでもらってよかったのだったが、連中がまだ立ち上がるというならば、使うしかない。野放しにするとまたヴォルフ・カルテルによる平和というアイディアが台無しにされる。
かくして、再びヴォルフ・カルテルによる平和が戻ってきた。
残ったのはダニエルをボスとするシュヴァルツ・カルテル。チュイという男をボスとする『オセロメー』。そして、アロイスをボスとするヴォルフ・カルテル。
誰もが生き残ろうとした結果、くたばった人間は多い。シュヴァルツ・カルテルの統治は3回も代わり、代わる度に縄張りは減少した。
ならず者の『オセロメー』はならず者らしい経緯を辿りつつ、お互いを食い殺しながらも生き延び、今の体制に至る。
ヴォルフ・カルテルだけが一貫性を保っている。
「今の面子で誰を生贄の羊に捧げるかだ」
「キュステ・カルテルの残党は?」
「もう搾りかすしか残っていない。ワイス・カルテルと『オセロメー』が暴れまくったおかげで大部分が壊滅した。レーヴェ・カルテルならまだ息があるようだが」
「じゃあ、レーヴェ・カルテルの残党」
「妥当なところだろうが、それで麻薬取締局が満足するのか」
「“国民連合”は味方だろう?」
「ああ。そうとも。“国民連合”は俺たちの味方だ」
どれだけクソみたいな裏切りがあろうとそれだけは確かだとアロイスは思う。
“国民連合”は信頼のおけるパートナーだ。少なくとも“国民連合”中央政府は。
だが、末端となるとそうはいかない。
忌々しいフェリクス。あの男は放っておけばそのうち何かしでかす。それだけは間違いない。間違えようがない。
どうすればいいのか。
何かするまで待つ? 現状ではそれしか選択肢はないように思われる。
ただ相手が何をするのか分からないのに待ち続けるというのも精神に来るものがある。だが、積極的にフェリクスを殺しに動けば、報復が恐ろしい。
奴は報復を果たしつつある。
スヴェンを殺したドミニクとジークベルト。ギルバートを殺したヴィクトル。皆がフェリクスの報復を受けた。正確にはドミニクを殺したのはアロイスだし、ジークベルトに関しては敵と取引した可能性もあるが。
最後の報復がアロイスにおいて終結するというのが嫌なところだ。
アロイスはまだ死ぬ気はない。死んでなるものかと思っている。今度の人生では29歳のその先にあるものを見るんだ。ムショの中でも、墓の中でもなく、自由な外の世界で。それなのにフェリクスは着実にアロイスを追い詰めている。
「フェリクス・ファウストが次に行動に出るとすれば、どう出ると思う?」
「あたしについて調べるところからだろうね。顔を見られた」
「大丈夫なのか?」
「大丈夫。軍も戦略諜報省も記録を残していない。いくら調べても何も見つからない」
「それならいいが」
彼女たちが従事している『フリントロック作戦』は秘密作戦だ。そう簡単に事実が漏洩するとは確かに思えなかった。軍も戦略諜報省も元特殊作戦部隊の隊員が、無差別に共産主義者を殺害する任務についているなど認めたくないだろう。
その点においてもアロイスには保険がある。戦略諜報省の明らかにしたくない、秘密作戦の事実を握っている。
だが、これは同時にリスクでもあった。戦略諜報省が事実を完全に隠蔽してしまおうと考えるならば、アロイスも殺害されることになる。シャドー・カンパニーが次に派遣されてくるとき、その目標がアロイスではないという保証はないのだ。
マーヴェリックは恐らく事実が発覚したことを戦略諜報省に報告していない。だが、相手は戦略諜報省だ。事実を知ることは容易いだろうし、そもそもマーヴェリックとアロイスの関係から考察して事実は漏洩したと判断するだろう。
アロイスは図らずして、フェリクスどころか戦略諜報省にすら狙われる立場になったということである。
だが、戦略諜報省も自分たちの作戦に出資し、協力していた人間をむやみやたらに殺そうとするほどの組織ではないだろう。一応の恩赦はあるはずだ。
むしろ、好ましいのは戦略諜報省の情報にフェリクスが手を出して、始末されることである。それが一番望ましい。戦略諜報省はドラッグカルテルの言いなりにはならないが、自分たちに手出しする人間には牙を剥くだろう。
フェリクスが迂闊なことをしてくれればと祈る一方で、このまま大人しくレーヴェ・カルテルの残党でも追いかけていてくれればとも思う。あの男は最近スコアを上げてきている。1度目の人生の結果にアロイスを追い込みつつある。
もし、アロイスの行動の結果として世界が滅茶苦茶になりつつあるならば、物語の結末も滅茶苦茶になってしかるべきではないのか? どうしてアロイスが死ぬという結果だけは確定しているように感じるのだろうか。
1度目の人生の印象が強すぎて、何でも1度目の人生の結末に繋げてしまっているのだろうか。それこそ無意識に。そうであるならば、ただの杞憂であるならばいいのだが、アロイスにはこの物語の結末が自分の死で終わる気がしてならないのだ。
「どうした? 顔色悪いぞ」
「自分が死ぬ未来を知っていたらどうする?」
「遊びまくる。死ぬ日まで豪遊する」
「死から逃げようとは思わないのか?」
「得てしてそういうのは無駄なことが多い」
マーヴェリックはアロイスにそう述べた。
「そういうものかな」
「なんだ。自分が死ぬと思っているのか? これだけの組織のボスがそう簡単に死ぬものかよ。安心しろよ」
「安心したいさ。だが、現実はそれを許してくれない」
アロイスが愚痴る。
「このクソみたいな仕事には名誉も何もない。ただ、追い回されるだけだ。俺はこれまで何人ものドラッグカルテルのボスを見てきた。連中が無様な末路を辿るのも見てきた。カールは刑務所で喉を掻き切られて死んだ。ハインリヒはお空で花火になった。ドミニクは拷問されて死んだ。ギュンターは野良犬のように死んだ。ヴェルナーは混乱だけ撒き散らして勝手にくたばった。ライナーは麻薬取締局に射殺された。ジークベルトは今ではムショの中。どいつが最後まで幸せでいられたっていうんだ?」
「確かにそれはそうだな」
ドラッグカルテルのボスの末路は悲惨だ。
栄華を誇ったドラッグカルテルは麻薬取締局によって呆気なく潰され、仲間同士の抗争で潰され、裏切られて潰され、ボスには権力に相応しい罰が与えられる。
アロイスはそんなことはごめんだった。
だが、現実はアロイスを逃がそうとはしていない。アロイスが引退して逃げようとすればジークベルトが裏切って揉め事を起こした。今も不安定なシュヴァルツ・カルテルと『オセロメー』という爆弾を抱えている。
畜生。世の中はクソッタレだとアロイスは世界を呪った。
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