ネットワークの拡大
本日2回目の更新です。
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──ネットワークの拡大
アロイスはヴィクトルが直接会って話したいというのでレニを訪れていた。
「よう、兄弟。待っていたぞ」
ヴィクトルは上機嫌でアロイスを出迎えた。
何かあるなとアロイスはすぐに直感した。
「電話では済ませられない用事なんだろう?」
「ああ。じかに会って話したかった。お互いその方が結束するだろう?」
「それはそうだ」
電話という国境を越えた便利な文明の利器に頼らず、アロイスに直接話すということはドラッグの取引量を多くしてくれとか、そういう話題ではないだろう。
「今回の事件ではかなりやばいことをやった。俺たちが州警察の刑事を殺ったとなれば、レニ都市警察も俺たちを潰しにかかるだろう。それぐらい今回は危険だった。マジでやばかったんだぞ?」
「分かっている。“国民連合”の捜査機関の人間を殺せばカルテルだって報復を受ける。それもほぼ確実にだ。だから、今回は本当に俺にとっても賭けだった」
アロイスは今でも州警察が動いていて、ヴィクトルと司法取引し、ヴィクトルに盗聴器をつけて、それでアロイスを嵌めようとしているのではないかという疑心暗鬼にすら陥っていた。
「そこでだ。リスクを分散したいと思う。これまでは俺たちが、そっちのカルテルからドラッグを買って、何重もの安全措置を講じた上で末端の売人に買い取らせていた。だが、これだとどうやっても上手く遡れば俺たちに行く着く」
「なるほど。中間業者を置きたいわけだ」
「その通り。信頼のおける中間業者を通すことで、もし警察の手が及んでも、連中を切り捨てられるようにしておきたい。要は生贄の羊というわけだ。中間業者に払う報酬で儲けは減るが、そこは取引量を多くして調節したい」
アロイスにはヴィクトルのいうことがよく分かる。
アロイスもヴォルフ・カルテルに直接の嫌疑がかからないように工夫している。“国民連合”側にいるカルテルの関係者は表向きはカルテルとは無関係だ。カルテルの人間という表現がよくないだろう。法的にも、金銭的にもカルテルとは無関係の中間業者なのだ。
これを作ったのはハインリヒだが、有効活用しているのはアロイスだ。
アロイス=ヴィクトル・ネットワークは“国民連合”の留学生を使ってドラッグを“国民連合”に運び込み、それをカルテルがコントロールしている中間業者に渡され、そこからヴィクトルたち買い取り先に売り渡される。
仮にヴィクトルたちが検挙されても、彼らの取引していた相手は中間業者だ。ヴォルフ・カルテルまでの糸は伸びていない。
もちろん、ヴィクトルが裏切って司法取引に応じ、アロイスを売る可能性がないわけではない。だが、ヴィクトルのやった犯罪を考えれば司法取引に応じても懲役5年はくらうだろう。
刑務所というのは人々が想像しているような場所じゃない。法による秩序はなく、刑務所内のギャングたちによって半ば仕切られている。
そして、そういう人間は他人を売るような人間が大嫌いだ。
もし、アロイスをヴィクトルが売ったら、アロイスは情け容赦なく、刑務所内のギャングに指示を出し、ヴィクトルを殺す。そのことはヴィクトル自身がよく理解しているはずだ。彼に前科はないし、刑務所にも入ったことはないが、この界隈にいて刑務所の中で何が行われているか知らないほどヴィクトルは馬鹿ではない。
「中間業者の候補は?」
「口が堅くて、資金力があり、組織だっており、それでいてこれまで目立ったことをしていない連中だ」
「ふむ。名前は?」
「シルバーダガー。俺たちとは一度も揉めていないし、警察の世話になったことはないが、相当な悪党だ。もっとも規模も資金力も俺たちには劣るが」
中間業者が親を乗っ取るようでは困る。その点はヴィクトルも考えただろう。
「中間業者にはいくらでスノーパールを?」
「300ドゥカートを考えている。シルバーダガーは400ドゥカートぐらいで売る。俺がこのビジネスの好きな点は、独占的だということだ。同業他社がいないから、好きな値段で商品を売買できる。ヤク中の届く価格で、それでいて儲けも出る価格」
そこでヴィクトルは少し考え込むような仕草をした。
「高所得者向けの高級ブランドは売りに出さないのか? 確かに金持ちの顧客もできた。西部で儲けて屋敷や別荘を持っているような人間でも、人生には刺激が足りないらしい。商品をブランド化して、そういう連中には特別価格で販売ってのはどうだ?」
「考えたこともなかったな。しかし、高級ブランドと言っても、純度を下手に高めればオーバードーズを引き起こす。ブランドを作るとすれば、混ざりものなしだろうが、金持ちが次々にスノーパールで死んだら困る」
「そうか。いいアイディアだと思ったんだがな……」
だが、ブランド化というのは悪いアイディアではないとアロイスは思う。
ドラッグに付加価値を付けるのにブランドを利用するというのは、悪いアイディアではない。より高度に精製し、金持ちが一発決めて、どこまでもハイになれるドラッグにはブランドをつけていいだろう。
他のカルテルの品と違ってうちの商品は混ぜ物なし、危険性なし、信頼のおけるブランドです。そう宣伝するのはなかなかいいアイディアだ。品質管理のための金はかかるが、儲けはより大きくなる。
「一応ブランド化についても考えておこう。金持ち連中ならある程度の自重はするだろう。少量でもぶっ飛べるドラッグ。これを売りにブランド化する。金持ち向けだからそちらの仕入れ値は500ドゥカートほどで、900ドゥカートほどで中観業者に卸すといいい。中間業者は1000ドゥカートほどで販売するだろう」
「ぼろ儲けだな」
「ブランドの品質を維持するのに金がかかる。そう簡単には儲けられない」
単純な売買の額では大きな儲けだが、ヴォルフ・カルテルとしてはスノーパールの品質管理など、余計な手間がかかる。それでも儲けの方が大きければ、ブランドビジネスを展開していくのもありだろう。
「話はこれぐらいか?」
「お前はフェリクス・ファウストについてどれだけ知っている?」
急にこの場に緊張感が走るのがアロイスに感じられた。
「俺が知っているのはあの男が狂犬だということ。ドラッグビジネスを潰すためならば手段を選ばない。だからこそ、先の暗殺計画の中にフェリクスを含めたんだ」
「だが、どこでそんな情報を?」
「麻薬取締局に内通者がいた。今はいない。だが、フェリクス・ファウストには気を付けろ。奴はドラッグビジネスに破滅をもたらすラッパを吹き鳴らす男だ。これからも俺たちがアロイス=ヴィクトル・ネットワークを維持したければ、余計な手出しはしない方がいい。安心してくれ。俺には奴を排除するためのプランがいくつかある」
そうとも。今まで奴を殺すための手段を考えなかったことはない。
生贄の羊を準備し、奴を仕留める。確実に息の根を止める。
そして、死体に唾吐いてやる。
「他の人間が言っていたら信用しなかっただろうが、俺はお前を信じるよ。それで、本当にフェリクス・ファウストを消さなくていいんだな?」
「同じ手がそう何度も通じる相手じゃない。下手をして、こっちの関与が発覚することは避けたい。今は放っておいていい。いずれこちらで始末する」
「そういうことなら。お前に任せて失敗したことはなかったからな」
「それは買いかぶりすぎだ」
こうしてネットワークは拡大した。
中間業者が入ったことでそのコネと縄張りでスノーパールは次々に売れていった。
今ではカルテルの中間業者とヴィクトルが取引するドラッグの量は200キログラムだ。
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