政治的パフォーマンス
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──政治的パフォーマンス
フェリクスとエッカルトはキュステ・カルテルと共産ゲリラとの繋がりを示す、決定的な証拠というものを手に入れられなかったが、いくつかの証言と死体の写真を入手して帰国した。
“国民連合”政府は高らかとこれを持ち上げた。
「共産主義者はドラッグカルテルと関係を持ち、ドラッグを密輸・密売して資金を稼いでいる。連中はドラッグで薄汚れた手で、人民のためにと魔導式自動小銃を握って無辜の市民を虐殺する最悪のテロリスト集団だ」
“国民連合”政府はそのように発表し、一刻も早い共産ゲリラの壊滅を進めようと国民に対して訴えかけた。
いわゆる政治的パフォーマンスだ。
自分たちの反共政策が正しいことを証明するための方法のひとつだ。
大統領の任期満了に伴う大統領選はまもなくだ。それまでに今の政権が保守政党のやり方が正しかったことを証明しておかなければならない。次の大統領も反共保守主義者であるために、今の大統領の政策が正しかったことを証明しなければならない。
わざわざそんなことのために西南大陸くんだりまで行かされたフェリクスたちはたまったものではなかった。
だが、今の大統領が態度を明確にしていないことがあることをフェリクスは知っていた。ドラッグ問題だ。
政府はドラッグ戦争と銘打って麻薬取締局を創設した前政権と違って、ドラッグ問題に関心がないように思われる。今回の件で共産主義者を批判するためにドラッグを利用したものの、麻薬取締局の予算の伸びはドラッグカルテルの活動の活発化に対して水平線だし、政府の政策としてもドラッグの厳罰化こそ進めれど、ドラッグから市民を守るという手段は取られていないにように思われる。
ドラッグカルテルを擁護こそしてないものの、無関心であることは確かだ。
共産主義者とドラッグカルテルのかかわりを非難するなら、もっと積極的にドラッグカルテルを攻撃してもよさそうなものなのだが。
どうしてそうしないのかフェリクスには分からなかった。
「結局のところ、政治だろう」
フェリクスの疑問に“国民連合”に帰国し、フェリクスの家に遊びに来ていたエッカルトが述べる。ふたりは久しぶりに休暇というものをもらっていた。もらったというよりも押し付けられたという方が正しいかもしれないが。
“連邦”での捜査を再び言い渡されるかもしれないが、そのためには準備が必要だ。キュステ・カルテルがもうさしたる脅威ではないことは明白なのだ。むしろ、かつては脅威ではないと言われた『オセロメー』の方が今では巨大なくらいだ。
そして抗争の主役であるヴォルフ・カルテルとシュヴァルツ・カルテル。
そのどちらか、あるいは両方への捜査権限が与えられるのを待つのだ。
「政治ならドラッグカルテルに対応するのが筋なんじゃないか。“国民連合”政府の明確な敵だぞ。ドラッグカルテルは」
「たとえ話をしよう。俺たちは毎日ニュースを見て世界を知る。それが必要なことだからだ。だが、テレビの視聴率はロックスターを映す方が上がる。さて、お前がテレビ局の経営者で経営を改善したい場合、どっちに重点を置く?」
「つまり、ドラッグカルテル問題は国民の関心が薄くて、反応が得られないから取り上げないっていいたいのか?」
「そんなところだろう。政治なんてものは、な」
エッカルトはそう言ってニュース番組を野球中継に変える。
「票がどれほど入るかだ。それが政治だ。票にならないことを政治家はしない。昔とは違うんだ。理想や信念で政治をやる政治家なんてのはいない。今の反共保守政権も南部のでかい票を手に入れるために反共主義を掲げているだけだ」
「なら、ドラッグも政治問題になれば取り上げられると?」
「そりゃそうだろう。ドラッグに反対することで票がはいるなら、政治家たちは喜び勇んでドラッグカルテルを叩きまくりドラッグカルテル相手に軍隊だって動員するだろうさ。だが、現実は国民はドラッグ戦争に関心なんてない。ドラッグ問題は票にならない。だから、保守政党も改革政党もドラッグ問題が存在しないかのように振る舞うんだ」
野球中継を見ながらエッカルトがビールを開ける。
「政治ってのは控え目に言ってクソだな」
「そのクソがなければ俺たちの社会は成り立たないんだぜ。麻薬取締局に予算をつけるのも、国を守る軍隊を維持するのも、そのクソッタレな政治なんだからな。この国は民主主義の国なだけまだましだ。見ただろう、軍事政権の支配する国を」
「ああ。確かにあれに比べ得れば俺たちは健全だろうな」
軍事政権の国では何もかもが軍によって管理される。マスコミの報道から、市民の生活に至るまで。あの国に自由はない。それでも“国民連合”はあの政権を承認し、国交を結び、少なくない数の“国民連合”の企業が進出している。
「結局のところ、俺たちは自由や民主主義を声高に叫ぶが、それもまた票のためってわけだ。民主主義を維持することは票になる。ただ、それだけのため。だから、西南大陸の軍事政権を容認しているし、連中が何をしているかを調べようともしない」
「俺は政治家には民主主義の精神があると思っていたいんだがな。票のために民主主義を維持するというのならば、票にならなくなったらこの国から民主主義が消えるんだぞ。ぞっとする」
フェリクスはそう言ってデリバリーのピザを口に運ぶ。もう冷え切っている。
「まあ、そこら辺は政治家の良心に期待だな。政治家が良心から政治をすることだってある。大抵の場合が票のためだったとしても、中には良心で仕事をしている政治家もいるかもしれない。だが、政治というのは権力のゲームだとエリーヒル・タイムスも書いている。権力というものをかけて争われるゲームであると。つまり、権力は道具じゃなくて、目的になっちまってるわけだ」
エッカルトはそう言ってビールを飲み干す。
「俺たちのような末端の捜査官があれこれ言ったところで、世界は変わりはしない。投票に行くことだな。俺の家はみんな改革政党の支持者だ。今の反共保守政権はやりすぎだと思っている。世界大戦を招きかねないと」
「俺は特に支持している政党はない。候補者次第だ。国境に壁を作れだとか、地雷を埋めろとかいう馬鹿が落選してくれればそれでいい」
それから内部にドラッグカルテルの内通者を抱えた政権も。
「だが、今の与党は与党であり続けるだろうな。連中の政策は上手くいっているよ。経済は回復傾向だし、同盟国との結束も硬い。だが、俺はどうにも今の政権を信用できない。共産主義者が憎いのは分かるが、軍事政権を容認するなんてな」
今の政権は軍拡を続けているにもかかわらず、経済は新政策の下で回復傾向だ。軍拡も兵器の製造のために雇用が生まれ、地方は助かり、地方の票固めができている。
宇宙開発にしたところで同じだ。ロケット一発のために多大な雇用が生まれる。
人は衣食住が満たされていれば満足だというが、今の政権はまさにそれを実現しているだろう。今の政権は経済を好転させ、国民の衣食住を満たした。
問題ばかりに目を向けるなよ、フェリクス。いいところもあるもんだと思う。
「ドラッグ問題も票になる時代が来るのかね?」
「有名人がオーバードーズでくたばったり、裕福なハイエルフの子供が連続してオーバードーズで死にさえすれば注目は集まるだろうさ」
「そういうものか」
世界ってのは生きにくいものだとフェリクスは思った。
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