西南大陸へ
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──西南大陸へ
フェリクスに与えられているキュステ・カルテルへの捜査権限は未だに有効だった。
立場こそ違えど、フェリクスもシュヴァルツ・カルテルとヴォルフ・カルテルの抗争が終わることを求めていた。また無辜の市民が犠牲になり、血が流れ続けることを望めるほどフェリクスは冷徹になり切れていなかった。
確かに抗争はヴォルフ・カルテルを弱体化させる。
ヴォルフ・カルテルのドラッグネットワークのひとつは叩き潰され、彼らは打撃を被った。だが、これ以上抗争が続けば、ジークベルトは自棄になってもっと情報を漏らすかもしれない。それはフェリクスたちにとって有益なのではないだろうか?
いや、そうはできないと考えるのがフェリクスだった。
いくらヴォルフ・カルテルが弱体化すると言っても、ヴォルフ・カルテルが潰れるわけではない。最終的に潰されるのはシュヴァルツ・カルテルだということは明らかだった。ヴォルフ・カルテルは世界最大のドラッグカルテルなのだ。そう簡単に勝利できる相手ではないのである。
シュヴァルツ・カルテルは壮大な自滅に市民を巻き込もうとしている。キュステ・カルテルの残党やレーヴェ・カルテルの残党などという亡霊たちまで引きずり出して、“連邦”を混乱に陥れることによって、ヴォルフ・カルテルによる平和という保険を潰そうとしている。
だが、それが無意味なのはフェリクスがよく知っている。ヴォルフ・カルテルは“国民連合”政府内に内通者を有している。それがいる限り、ヴォルフ・カルテルがその罪を追求されることはないのである。
二重の保険。ひとつは崩壊しつつある。だが、もうひとつはジークベルトの司法取引が却下されたことから見て健在だ。
今、麻薬取締局がヴォルフ・カルテルに捜査を進められないのも結局はそういうことなのだろうとフェリクスは思っている。
貴重な捜査官たちはヴォルフ・カルテルではなく、キュステ・カルテルの残党を掃除するために動員されていた。未だに麻薬取締局にとってはキュステ・カルテルはキュステ・カルテルの残党ではないのだ。
そして、フェリクスたちもキュステ・カルテルの残党を締め上げるために、彼らの財源を追いかけることになった。
場所は西南大陸。軍事政権が支配し、共産ゲリラが活動する土地。
そこにフェリクスとエッカルトは派遣されていた。
仕事はシンプルだ。共産ゲリラのドラッグ密輸・密売を阻止すること。キュステ・カルテルの残党の軍資金には西南大陸の共産ゲリラのドラッグが関わっているのが、航空偵察などの結果で分かっていた。
「ようこそ、フェリクス・ファウスト特別捜査官、エッカルト・エルザー特別捜査官」
「初めまして、ローゼンベルク将軍」
空港でフェリクスたちを出迎えたのは対共産ゲリラ戦を指揮している陸軍の将軍だった。階級章は中将とある。
「我々の戦いに“国民連合”が加わってくれるとは心強い。共産主義の脅威は世界から消し去られなければならないのだ」
ローゼンベルクはそう言い、待機させておいた軍用四輪駆動車にフェリクスたちを招き入れた。防弾加工の窓ガラスが張られたVIP用の車だ。
「共産ゲリラの活動はどの程度のものですか?」
「極めて面倒だ。我々は少なくとも国内に2000名の共産ゲリラが存在し、その協力者はもっと多いと試算している。国外の共産ゲリラとも連携しているため、具体的な数字を上げることは難しいが」
「そうですか」
この手の軍人は敵の脅威を過剰にアピールして、“国民連合”から援助を引き出そうとするものだが、それにしては数がやや現実的だ。
事前にフェリクスたちは西南大陸における活動についてブリーフィングを受けている。西南大陸での共産ゲリラの活動範囲や規模、活動内容、“大共和国”や“社会主義連合国”の軍事顧問団の存在について教えられている。
それから現地を支配する軍事政権についても。彼らは決して信用できる相手ではなく、秘密警察は外国人であろうと不都合ならば容赦なく逮捕すると聞かされてる。
怪しげな素振りを相手が見せたら、すぐに“国民連合”大使館に逃げ込めというのがブリーフィングで教えられたことだった。
だが、数年にわたってそういう道理も通じないドラッグカルテルを相手に“連邦”で活動してきたフェリクスたちにとっては余計なアドバイスだったかもしれない。彼らは危険になれているし、危険を察知するのも早い。
「共産ゲリラがドラッグを“連邦”に密輸していることについてはご存じですね?」
「もちろんだ。知っているとも。我々も取り締まりたいのだが、我々の監視ネットワークではすり抜けられてしまうというのが現状だ。残念なことだが」
軍事政権が支配する国でも軍事力が高いわけではない。
空軍は旧式機ばかりで、低空を監視できるレーダーはないし、海軍も旧式の艦艇ばかりで稼働率は極めて低い。つまり、共産ゲリラは空路でも、海路でも、ドラッグを“連邦”に密輸できるということである。
「“国民連合”が我々の軍の近代化に力を貸してくれればありがたいのだが」
「上申しておきましょう」
そら来た。こういう要求があるだろうこともブリーフィングで教えられている。
何せ、この軍事政権国家を作ったのは戦略諜報省だ。相手がどういう行動に出るかについて、彼らが知らないはずがない。
「明日から行動を開始する。明日は共産ゲリラのドラッグの精製施設を攻撃する予定だ。あなた方も観戦していってもらって結構。それとも結果だけ受け取るかね? 我々としてはどちらでも構わないが」
「観戦させていただきます、将軍」
「分かった。護衛を手配しよう」
後方からついて来た軍用四輪駆動車から2名の軍人が降りてきて、フェリクスたちの荷物をホテルのボーイのようにしてホテルの中に運んでいく。ホテルはそれなりに高級なところで、現地でビジネスを行っている“国民連合”の人間などが窺えた。
「ありがとう」
「はっ! 部屋の外で待機しておりますので、ご用の際はいつでも申し付けください」
「ああ」
こいつらは世話係と同時に監視役だろう。フェリクスたちが軍事政権にとって不都合なことを報告するようなら、その前にこいつらがローゼンベルク将軍に報告するというわけである。
「エッカルト。ここにある共産ゲリラのドラッグ関連施設を全て叩けると思うか?」
「それができるなら、軍がとっくにやってるさ。泥沼なんだろう、ここも」
「最低な泥沼だな」
「最低な泥沼さ」
フェリクスたちはずっぽりと泥沼に入り込んでいる。
ヴォルフ・カルテルとシュヴァルツ・カルテルの抗争は未だ続き、ヴォルフ・カルテルとシュヴァルツ・カルテルはどちらも軍資金を得るために“国民連合”にドラッグを輸出する。西部のドラッグネットワークが破壊されても、それぞれ独自の方法でドラッグを密輸し、密売している。
泥沼だ。いつまでも終わることのない追いかけっこ。
ドラッグカルテルは“国民連合”に需要がある限り、ドラッグ密売で儲けられる。その“国民連合”ではドラッグの需要が下がる傾向はない。
全く以て泥沼だなとフェリクスは思ったのだった。
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