めでたい祝いの場にて
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──めでたい祝いの場にて
アロイスの誕生日パーティーは盛大に行われた。
幹部たちから祝いの品が贈られる。
「ありがとう、ヨハン」
「ボス。これからも頼みます」
ヨハンからは酒が贈られた。エルニア国の高級ウィスキーだ。
それから時計やアクセサリーというものが贈られ、ドラッグカルテルらしく銃などもプレゼントされた。アロイスは銃を撃つ趣味はないのだが、わざわざプレゼントされた品を断るほど野暮じゃなかった。
「諸君。これからもヴォルフ・カルテルとその友人たちが栄えることを祈って」
「我々のボスに!」
そして、祝杯が挙げられる。
その時だった。
「アロイス! 伏せろ!」
マーヴェリックが突如としてアロイスを押し倒し、その直後に銃声が響く。
銃声は数発なったと思ったら、突如として止まった。
「何が起きた?」
「ボディチェックをすり抜けて銃を持ち込んだ奴がいたみたいだ。マリーが取り押さえた。殺してない。生きたまま捕まえている」
「そいつは上出来だ」
アロイスは怒りと吐き気がするのを感じた。
後2年の猶予があるはずだったのに、それが今さっき失われようとしたのだ。運命とはやはり変わっていくものなのだと実感した。
そうであるが故に怒りと吐き気がする。この不条理に対する怒りとこの運命のバタフライ効果への恐怖による吐き気。めでたい気分は一瞬にして吹き飛んでしまっていた。今あるのは、誰が殺し屋を送り込んできたのか吐かせるということだけだ。
「パーティーは終わりだ。残念なことに。また別の機会に祝うとしよう。それでは」
参加者たちは犯人以外は帰された。
そして、犯人の尋問が始まる。
尋問は苛烈なものとなった。何せヴォルフ・カルテルのボスという大物の中の大物を狙ったのだ。これまでのようにはいかない。アロイスは徹底的に犯人を痛めつけることを命じ、マーヴェリックとマリーは命令に忠実だった。
「吐いたぞ」
「誰だ? 『ジョーカー』か?」
「いいや。シュヴァルツ・カルテルだ。ドミニクの率いていた時代の残党じゃない。新生シュヴァルツ・カルテルの方だ。つまりはジークベルトが裏切った」
「ジークベルトが? あのクソッタレめ!」
お前をボスの座に据えてやった恩を忘れたのか!? お前の裏切りを容認し、生きながらえさせてやったことを忘れたのか? あのクソ野郎め。ずっとこの時を待っていたというわけか? 俺が他のカルテルを潰して、“連邦”最大のドラッグカルテルを育てきる瞬間を。
「ジークベルトに地獄を見せるぞ。奴の屋敷を強襲する。部隊を編成してくれ、マーヴェリック。見つけても殺さず生きたまま連れ帰ってきてくれ。できるよな?」
「任せときな、ボス」
しかし、『ジョーカー』でもキュステ・カルテルでもなく、新生シュヴァルツ・カルテルとは! 連中にはたっぷりと施しをしてやったつもりなのに。クソッタレ。
「あのクソ野郎。裏切者は何度でも裏切るというわけか? ああ。そういうつもりならば容赦はしない。地獄を見せてやる。喉が裂けるほど叫んで、叫び声も上げられなくなった喉をゆっくりと掻き切ってやる。思い知らせてやる」
アロイスは書斎でぶつぶつとそう呪詛を呟いていた。
「ボス。大変です。レーヴェ・カルテルの残党とキュステ・カルテルの残党が……」
「シュヴァルツ・カルテルと合流した、か?」
「は、はい。その通りです。ボスを狙ったのは……」
「ジークベルトだ。裏切者のジークベルト。クソッタレのジークベルト。薄汚いジークベルト。奴らに地獄を見せてやるぞ。戦争の準備をしろ」
「了解」
ヨハンが大急ぎで出ていく。
「畜生。“連邦”の秩序というものを人質に取ったと思ったのに、この有様とは! 全く以て笑えるじゃないか。俺に秩序なんて握らせないってか。だがな、その秩序の下で死ぬんだよ、ジークベルト」
情報が次々に入ってくる。
シュヴァルツ・カルテルは既に戦争の準備を完了させており、こちらに仕掛けてきているということ。東部では大人しくなったと思ったキュステ・カルテルの残党やレーヴェ・カルテルの残党が蜂起したということ。
アロイスの作り上げた秩序が崩壊していく。
アロイスの願った平穏が遠のいていく。
全てがアロイスの思惑とは正反対の方向に向かっていく。
俺が何をしたっていうんだ? 1度目の人生の罪は死という形で償ったはずだぞ。それでもなお俺を苦しめようってのか。クソッタレ。
そもそもジークベルトは何故裏切った?
いくら何でも唐突すぎる。しかももう戦争の準備を整えていたとまで言うではないか。一体、何が奴を裏切らせた?
次にジークベルトを生贄の羊にしようとしていることが発覚したのか?
それはあり得る。俺はドミニクの時代からシュヴァルツ・カルテルを生贄の羊に捧げようとしてきた。そして、ヴォルフ・カルテルが事実上世界最大のドラッグカルテルとなったとき、次に生贄の羊に捧げられるのは自分たちだとジークベルトは思ったのかも知れない。何せ、ドミニクの傍にいた男だ。
だが、このクソッタレな裏切りの落とし前はつけさせてやる。
あのクソ野郎はこれまでの恩を仇で返しやがったんだ。確かに生贄の羊にしようとしたかもしれない。だが、その必要性はふたつの保険のおかげでなくなりつつあったのだ。それなのにあのクソ野郎は裏切った。
こちらはもう戦争は終わったと思って、『ツェット』を除く部隊の動員を解除している。汚職警官にも軍にも相変わらず金は払って買収しているが、すぐに戦争に応じるのは無理だろう。完全な奇襲攻撃だ。
最初は負けが続くだろう。そして、それを見て吸収した派閥が自分たちもと反乱を企てるかもしれない。そういう時は徹底的に見せしめをしてやることだ。こちらには『ツェット』がいる。連中が反乱を起こすのならば速やかに制圧に向かってやる。
そして、死体はバラバラにして街路樹の飾りつけに使ってやる。
しかし、これでヴォルフ・カルテルによる平和という神話は崩壊したなとアロイスは思う。本当にこのままシュヴァルツ・カルテルに勝利して、世界最大ではなく、“連邦”唯一のドラッグカルテルになっちまったらどうなるんだ?
麻薬取締局は否応なしに俺たちを追いかけることになるだろう。他の小物が残っているとしても、“連邦”唯一にして世界最大のドラッグカルテルを見逃して、小物ばかりを追いかけるというのは現実的じゃない。
もう『ヴォルフ・カルテルは衰退した説』作戦は通用しない。ヴォルフ・カルテルは巨大になりすぎた。あまりにも巨大になりすぎた。
帝国を分割するべき時が来ているのかもしれない。シュヴァルツ・カルテルのジークベルトを排除したら、今度こそ信頼のできる人間をボスの地位に据えるべきかもしれない。何にせよ、このまま放置というのはあり得ない。
「畜生。ずっとこんなことを……」
アロイスはただそれだけ呟いた。
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