27歳
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──27歳
アロイスは27歳の誕生日を迎えた。
アロイスは思う。29歳で俺は本当に死ぬのだろうかと。
後2年。できる限りのことはしてきた。
富を手にし、暴力を手にし、そして権力を手にしてきた。
その権力を振るって1度目の人生の間違いを正してきたつもりだった。だが、ライナーの反乱。1度目の人生にはなかったことが起きた。
バタフライ効果。
人の運命をあざ笑うかのようなカオス理論がアロイスを悩ませていた。
このまま“連邦”の秩序を人質に取り、『クラーケン作戦』で“国民連合”の庇護を受け、フェリクス・ファウストをやり過ごせるだろうか? 何かしらの微小な変化によって運命はやはりアロイスの死へと結びつくのではないだろうか。
それが酷く心配だった。
死が恐ろしいというのは人として当然のことだろう。死を恐れない人間は頭がおかしいのだ。自己保存の本能というものを人は有している。そうであるが故に人は死を恐れる。それは生物学的な本能だ。
クソッタレ。俺は死にたくない。死にたくないんだ。
死なずに済むなら、俺の財産を全て捧げて、俺自身は田舎の薬局で働いてもいい。ドラッグカルテルのボスなんて地位は、そういうのが好きな奴にくれてやる。俺はただただ生き延びるためにドラッグカルテルのボスであっただけだ。
畜生。死にたくない。
運命の年までたった2年しか残されていないのだ。恐怖しかない。
確かに人を殺した。ドラッグを売った。犯罪を犯してきた。
だが、仕方ないだろう? こうするしかなかったんだ。どの道、ドラッグカルテルのボスの地位には付かなければならなかった。俺に選択肢はなかった。だから、ドラッグカルテルのボスとして生き残れる道を選んだ。
自己保存の本能だ。クソッタレ。俺たちは所詮は脳と遺伝子に操られた獣なんだ。高貴さを気取ってなんになる。俺たちは社会性というものを有したが、それ以外は獣と同じだ。生き残りたい。子孫を残したい。その本能は残り続けている。
俺は生き残りたい。死にたくない。死にたくないだけなんだ。
「どうした、ボス。顔色悪いぜ」
「ああ。マーヴェリック。俺もそろそろ引退できないかなと考えていたところだ」
「冗談よせよ。あんたはドラッグビジネスにおけるゴッドファーザーだぜ」
「俺はなりたくてそんなものになったんじゃないんだよ」
「そう主張するのは自由だけど、周囲の人間はそうは思わないだろ。あんたは間違いなく、ゴッドファーザーだ。ドラッグビジネスの王だ。麻薬王だ。他のドラッグカルテルの人間も、麻薬取締局もそう思っているだろう」
「クソッタレ」
今さら許しを乞うのは遅いってか? だが、これしか道はなかったんだ。
「それよりあんたの誕生日パーティーの警備の件だが」
「ああ。そうだったな。誕生日パーティーか。ガキみたいだ」
「あんたにこれを機にごまをすろうって奴は大勢いるんだ。機会を与えてやれよ」
「どいつもこいつも責任ある立場にはなりたがらないくせに、金だけは欲しがるんだ。クソみたいな連中だ」
アロイスは東部一帯を再独立させて、ヴォルフ・カルテルの傀儡として統治することを考えた。だが、東部の支配を行いたいという幹部はひとりとしていなかった。
東部は荒れている。
インフラは破壊され、まともな住民はあちこちに逃げ散った。
その上、まだキュステ・カルテルの残党やレーヴェ・カルテルの残党がうろうろしており、油断すれば殺されるという場所なのである。
いつもは腕っぷしや度胸を主張する幹部たちは安全な西部での仕事を望み、東部に行こうとはしなかった。幹部たちはいうのだ。『東部は呪われている』と。
クソが。東部はこれまで度々ヴォルフ・カルテルに歯向かう勢力が陣取ってきた。だからこそ、ヴォルフ・カルテルが支配を強めなければいけないんじゃないか。臆病者どもめ。結局は俺がやるしかないのだ。
ドラッグカルテルのボスに残業代は支払われない。使えない金が貯まっていくだけだ。この金はブラッドフォードに、この金はチェーリオに、この金はヴィクトルにと分配し、資金洗浄しなければ宅配ピザすら買えない金が残る。
「で、俺の誕生日パーティーを誰が祝ってくれるんだ?」
「ヴォルフ・カルテルの連中が主な出席者だ。それからシュヴァルツ・カルテル。ワイス・カルテルからも出席者が来る。『オセロメー』の連中はあんたの誕生日を知らないか、誕生日を祝う風習があるってことを知らないかだ」
「ワイス・カルテルもか。『ジョーカー』と組んでいた連中と組むことになるだなんてな。運命とは複雑怪奇だ」
「全くだ。それだからこそ、面白い」
「クソだよ」
ついに『オセロメー』はおろか、『ジョーカー』までヴォルフ・カルテルに尻尾を振るとは。本当に自分はドラッグビジネスのゴッドファーザーになったんだなとアロイスはしみじみと感じた。
「警備は君たちに一任するよ。万全の態勢で頼む。俺に恨みを持っている人間は山ほどいる。そういう人間は時として馬鹿げたことをするものだ」
「了解。万全の準備をしておく」
それからアロイスはアレクサンドラとともに時間を過ごした。退屈で浪費癖のある妻だが、妻は妻だ。それなりの態度で友好を示しておかないと、ヨハンにまで反乱を起こされたら、非常に困ったことになる。
まあ、アレクサンドラは金を与えておけばご機嫌だ。浮気をしていようと、他所の男の子供を孕んでこようと知ったことではない。ヨハンにしつけは任せている。妻をしつけるのは夫の仕事じゃない。
それにアロイスは本当はマーヴェリックと結婚したかったのだ。
あの愛すべき女性との結婚こそがアロイスの望んだものだった。
あの筋肉の付いたスレンダーな体。不思議な瞳。弾む会話。ブラックユーモア。どれをとってもアロイスとの相性は抜群だった。
だが、いくら富を持っていようと、暴力を擁していようと、権力があろうと、欲しいものは手に入らないものなのだなと思う。
そして、アロイスがそんなぼんやりとした考えを抱いているうちに、誕生日パーティーの日が訪れようとしていた。
「マーヴェリック。警備は?」
「金属探知機を使うってことも考えたんだけど、どいつもこいつもアクセサリーをごてごてつけていて、話にならない。単純なボディチェックで済ませている。まあ、いざとなればあんたの傍にあたしとマリーが控えているから安心しなよ」
「ありがたい話だ」
アロイスは肩をすくめた。
「では、そろそろ行くか。客人たちを待たせては悪い」
「了解。いざとなれば狙撃手も配置してある。安心しなよ」
「俺はそこまでビビっちゃいないさ」
まだ死ぬまでの猶予はあるという思いがアロイスの中にあったのは確かだ。自分はここでは死なないという、根拠のない確信をアロイスは抱いていた。
そして、アロイスは誕生日パーティーの席に姿を見せた。
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