出資のお誘い
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──出資のお誘い
アロイスはこれまででもっとも気楽な時間を過ごしていた。
今のヴォルフ・カルテルに敵はいない。差し迫った脅威もない。彼の人生の中でもっとも落ち着ける時間がやってきていた。
まさかアロイスもジークベルトやネイサンが裏切っているなど思っていなかった。
ただ、彼は不動産関係の投資について、どうも動きがまごついているなという感触を得ていた。フリーダム・シティ市警が気づいたのかと思ったが、チェーリオの方からは市警はまだ動いていないという情報を得ている。
そんなときにブラッドフォードから久しぶりの会談の申し出があった。
場所はメーリア・シティ国際空港。
そのプライベートジェットの中でアロイスはブラッドフォードと再会した。
「そのバッヂは、上院議員になったのか、ブラッドフォード?」
「ああ。私も保守政権で果たしてきた役割が評価された。先の選挙では保守政権の大勝だった。私もその恩恵に預かったわけだ」
いい御身分だな、ブラッドフォード。俺は相変わらずドラッグカルテルのボスなんていうクソみたいな仕事をしているっていうのに。
「それで、話というのは?」
「ミスター・アロイス。選挙だ」
「ああ。選挙で勝利したんだろう?」
「いいや。また選挙がある。今度は大統領選だ」
ああ。畜生。またこれか。
“国民連合”の大統領選。また反共保守政権が勝利しなければ、アロイスは危機に立たされる。ようやく得たはずの平穏も台無しにされる。“国民連合”の庇護を失ったヴォルフ・カルテルは麻薬取締局の捜査対象になる。
「選挙で勝利するためにも、協力してほしい。今の保守政権が勝利しなければ、世界は共産主義の脅威に晒され、あなたも我々の庇護を失う。それはあなた方にとっても望ましいことではないだろう?」
その通りだよ、クソッタレ。あんたたちと後ろ暗い取引を続けなければ、俺たちがせっかく得た平和も台無しになる。麻薬取締局はヴォルフ・カルテルによる平和を受け入れるかもしれないが、フェリクス・ファウストは受け入れないだろう。
奴は俺が“国民連合”の庇護を失えば、俺の喉笛を噛み千切ろうとするはずだ。
「それで、ブラッドフォード。次は何に金を出せというのです? こうしてわざわざ会うということは新しい作戦に金を出して欲しいのでしょう? 次はどこの反共組織を助ければいいです?」
さっさと言えよ、ブラッドフォード。金ならいくらでも出してやる。
「我々が出資してほしいのは、今回は反共民兵組織や軍事政権ではないのだ。企業に対して出資してほしいのだ。我々の大統領の最大の援助者であり、献金者であるとある企業に対して出資をしてほしいのだ」
大統領選の金を出せってことか? アロイスはブラッドフォードの話を聞く。
「ホライゾン・エネルギー。名前を聞いたことは?」
「当然ある。世界最大の石油メジャーだ」
ブラッドフォードはときどき自分たちを馬鹿にしているかのような質問をするなとアロイスは改めて思った。
ホライゾン・エネルギーを知らないはずがないだろう。世界最大の石油メジャーだぞ。俺たちの使っている車の石油はホライゾン・エネルギーが採掘したものだ。世界でも最高水準の海底掘削能力を有し、世界に流通している石油の半分を握っている。
残り半分と結託して石油価格を調整しているのも、このホライゾン・エネルギーだ。
その大企業に出資? その必要性があるのか?
「大統領選では莫大な金が動く。選挙キャンペーンは札束での殴り合いだ。金を多く得た方が勝利する。そのため後援者にホライゾン・エネルギーのような巨大企業がいる我々は優位だ。勝てる見込みがある」
「だが、あなた方はホライゾン・エネルギーに出資してほしいという」
「ああ。ホライゾン・エネルギーも無限の資金を有しているわけではない。今回の選挙は接戦になると見込まれている。少しでも多くの選挙資金が必要な我々だが、ホライゾン・エネルギーに利益以上の支援をしてくれとは言えない」
「それで我々にホライゾン・エネルギーに出資してくれ、と」
「そういうことだ。選挙でまた我々が勝利すれば、あなた方は安泰だ」
「具体的にはどのようにして出資を?」
アロイスは金を出さなければならないなら、その方法を教えてほしかった。どうせ金は払わないといけないのだ。アロイスにとって望ましいのは反共保守政権が勝利することであり、“国民連合”から庇護を受け続けることなのだ。
「今度、メーリア湾で新しい海底採掘が行われる。過去最大のプロジェクトだ。それに出資してほしい。正確にはそのプロジェクトを助けるような形で、我々への選挙資金を出資してほしい。我々がペーパーカンパニーを準備する。その会社を通じて、ホライゾン・エネルギーの新プロジェクトに出資してもらいたい」
「そちらで準備は全て整えてもらえるという認識で間違いないだろうか? 我々は金を出すだけで、それだけでいいのだね? 我々の側で資金洗浄やペーパーカンパニーを立ち上げる必要はない、と?」
「その通りだ、ミスター・アロイス。あなた方には出資だけしてもらえばいい」
さも簡単そうに言うが、本当に大丈夫なのだろうかとアロイスは心配になった。
こういう時に限って不味い要素が混じっていたりするものだが。
「分かった。それでいくらほど必要なんだ?」
「1000億ドゥカート」
「ふうむ。それぐらいならば可能だが」
数兆規模のビジネスを仕切るアロイスにとっては1000億ドゥカートは大した額ではない。確かに大金ではあるが、出せない金ではない。
それに1000億ドゥカートで身の安全が買えるならば安いものじゃないか。
「分かった。出資しよう、ブラッドフォード。その代わり、今後も“国民連合”政府による庇護をお願いしたい。少し不穏な動きが見られる点があって、その点を解決してもらいたいと思っているのだが」
「なんだろうか、ミスター・アロイス?」
「我々が出資しようとしている不動産プロジェクトにフリーダム・シティ市警がドラッグマネーが動いていると気づいた可能性がある。念のためにフリーダム・シティ市警に圧力をかけておいてもらいたい」
「分かった。善処しよう。他には?」
「ない。これからもこれまで同様に我々に庇護を」
「分かった。あなた方はこれからも我々が政権の座にあり続ける限り安全だ」
そうであることを願いたいねとアロイスは思った。
俺は俺が老衰でくたばるまで、“国民連合”にドラッグマネーを貢ぎ続けなければいけないわけだ。50年後に取引するときはブラッドフォードの息子とか? いずれにせよ、俺が権力の座にあり、ドラッグカルテルのボスなんていうクソッタレな仕事をしている限り、ブラッドフォードたちを援助しなければならない。
気の遠くなるような話だとアロイスは思った。
平穏な人生を得るための1000億ドゥカート。これを大統領選の度に支払い続けるのかと。金の額が今後増え続けないといいのだが。ブラッドフォードはホライゾン・エネルギーという大企業でも資金は無限ではないと言ったが、ドラッグカルテルだって資金が無限にあるわけではないのだ。
「それでは幸運を、ミスター・アロイス」
「ああ。具体的な取引内容についてはまた後日」
金を出すんだから、ちゃんと大統領を当選させてくれよとアロイスは最後に思った。
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