望まれた状況
本日2回目の更新です。
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──望まれた状況
アロイスの下に州警察の刑事──州警察の麻薬取締課課長であるギルバートの死が伝えられたのは事件から24時間後のことだった。
「州警察の刑事は死んだか。いい知らせだ」
『だが、麻薬取締局の方は潰せてねえ。また仕掛けるか?』
ヴィクトルは金で雇ったヤク中──何も喋らないように彼らが始末した──がフェリクスを殺し損ねたことを不満に思っているようだった。
「麻薬取締局の方はどうにでもなる。連中は“国民連合”の各地に支部を持っているものの、人員不足で回っていないのが現状だ。それに連中が捜査できることは限られている。ドラッグ犯罪のみ。今回のような殺人には首を突っ込んでは来ない」
アロイスは1度目の人生で麻薬取締局とやり合ったので知っている。
麻薬取締局に何ができて、何ができないのかを。
今のフェリクスは無力だということは容易に想像がついた。ギャングについて調べるにしてもそれがドラッグに関わっているという証拠なり、なんなりが必要になる。そうでなければフェリクスたち麻薬取締局は動けない。
そして、今のところ、ドラッグとブロークンスカルを結びつけるものは何もない。ヴィクトルはアロイスが期待した通りに狡猾で、残忍だった。
4名の暗殺実行犯は全て始末され、警察はヤク中による逆恨みと判断する。少なくともブロークンスカルと彼らを結びつける証拠はない。銃は非合法に手に入れた刻印の消されたものだし、ヤク中たちは何かしらの証言をする前に死んでいる。
フェリクスはすごすごと引き下がるしかなくなるだろう。
あの男を出し抜いてやったという点において、アロイスは歓喜していた。1度目の人生で自分を殺した男が、今は何もできないのだ。ただ、腐っているしかない。それがアロイスを喜ばせた。
ああ。これこそが望んでいた状況だ。
ざまあみろ。フェリクス・ファウスト。お前に災いあれ。
そう思う一方でフェリクスが死ななかったことに安堵するアロイスがいた。フェリクスについては行動に予想がつく。どうにかなるかもしれない。
だが、その後釜にもっと苛烈な人間が座ったら?
行動は予測不能。アロイスの1度目の人生での経験は無意味なものとなる。今度はその捜査官に射殺されることになるかもしれない。
その時またコンテニューのコインを入れてくれるほど、神は慈悲深くないだろう。
いや、神のせいではない。神などいないのだ。神がいるとしてどうしてアロイスの人生をもう一度やり直させている? 悔い改めさせるためか? このどうしようもないドラッグビジネスからどうやっても逃げられない状態からやり直させておいて、悔い改めろとでも言うつもりか、クソッタレめ。貴様の聖典でケツを拭いてやる。
アロイスは自分が徐々に10年後のアロイスの精神になっていくのを感じていた。すなわち無慈悲なドラッグカルテルのボスの中のボスに。
無慈悲にして、冷酷。罪もない人間を大勢殺し、ドラッグで大金を手に入れ、絶大な権力を手に入れた存在。アロイスが自分自身で自己嫌悪に陥るような、そんな腐った人間になっていくのを感じていた。
だが、これ以外に道はないのだ。
アロイスは来るべき破滅の日に備えなくてはならない。アロイスの人生は難易度ハードコアだ。ドラッグビジネスを操るのは10年間の記憶があっても難しいし、ひとつの要素を排除したとしても、別の要素が問題になる可能性を常に抱えている。
そして、アロイスはこのドラッグビジネスの輪の中から抜け出せない。彼がドラッグカルテルのボスの息子だから。ヴォルフ・カルテルという帝国の後継者だから。だから、彼はそうなってしまうことに備えなければならない。
未だにアロイスはサメの生け簀の中にいる人間だ。いつ食われてもおかしくはない。
既にドラッグカルテルの間でもアロイス=ヴィクトル・ネットワークの件は広がっているという。ハインリヒはシュヴァルツ・カルテルのドミニクからネットワークに参加したいとの申し出があったことをアロイスに伝えている。
アロイスは商品の量を制限することでその申し出に同意した。いくらブロークンスカルが優れた組織であったとしても、ふたつのカルテルから流入するドラッグを捌いていてはいずれは麻薬取締局、州警察、レニ都市警察の目を引く。
これはアロイスが儲けるために作った密売ネットワークだ。シュヴァルツ・カルテルのような生贄の羊候補のために全面的に使わせてやる義理もなかった。
ただ、手数料は手に入る。シュヴァルツ・カルテルがアロイス=ヴィクトル・ネットワークを利用するならば収益の1割はアロイスの懐に入る。シュヴァルツ・カルテルが辿る末路を考えるならば、“連邦”政府に財産を差し押さえられるよりも、ヴォルフ・カルテル──もとい、アロイスに金を生前贈与してくれていた方が助かる。
だが、金の使い道を考えなければならない。
1回の取引で生じる利益が膨大であるがために、アロイスは個人資産の運用を考えなかった。ただ、租税回避地にある銀行に預けているだけでは金は増えない。投資することで、金を増やさなければならない。
アロイスが目をつけたのは不動産業だった。
“国民連合”ではゆっくりと土地の価値が高まっている。住宅価格は安定しており、土地の価格もバブルが弾けるとまではいかないほどに伸びている。
プライベートバンクの投資の専門家たちも不動産投資を勧める。
アロイスは巨額の財産を不動産投資に一部注いだ。
投資は重要だが、貯蓄もまた重要だ。
これからアロイスのやろうとしていることを考えるならば、金はいくらあっても足りない。アロイス=ヴィクトル・ネットワークから得られる利益を計上し続けても足りないかもしれない。もっと多くの富が必要なのだ。
来るべき日は迫っている。いや、来るべき季節というべきか。
抗争と裏切りと流血の季節だ。
「よう。遊びに来たぞ」
「君が来てくれると安心するよ」
そして、いつものようにマーヴェリックが遊びにやってくる。
「そういやさ。エルケって娘はどうしたんだ?」
「なんかどうでもよくなった。他のことが忙しくて。卒論もあるし」
アロイスの卒論はドラッグデリバリーシステムに関する論文だった。まだまだ未知の分野の研究だが、それに貢献できたとなればアロイスとしては学問を学んだだけの価値があると言えるものだった。
アロイスは決して、ドラッグを売るために大学に通ったわけではないのだ。
「あの娘、今頃ドラッグを求めて大学内をうろうろしているのかね」
「少なくとも講義に出席する回数は減ったよ」
エルケは自分に手に入らないものを持っていた。輝かしい未来というものを。
アロイスはそれを憎み、彼女からそれを奪った。
そのことはもうどうでもよかった。今はアロイス=ヴィクトル・ネットワークの維持と、ハインリヒの過ちを正すための権力と、フェリクスとの決戦の日のことを考えなければならなかった。
エルケなんて小娘はもはやどうでもいいのだ。
ヴィクトルから取引について具体的に話し合いたいという電話が来たのはマーヴェリックが家にいる時だった。
「“国民連合”に行くの?」
「ああ。そうなる」
「あたしも一度帰ろうかな。あんたはどこに?」
「レニ。素晴らしい自由都市」
「あたしは南部。素晴らしい国土」
ふたりは“国民連合”行きの航空券を予約する。
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