カルタビアーノは未だ潰えず
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──カルタビアーノは未だ潰えず
フェリクスはエリーヒルでシャルロッテと久しぶりの再会を祝ってランチをしたのちにエリーヒル国際空港からフリーダム・シティへと飛んだ。
「またお手柄を上げて戻ってきたみたいだな、フェリクス?」
「マスコミが勝手に騒ぎたてているだけです、トマス」
そして、フェリクスはフリーダム・シティ市警本部を訪れていた。
「死にかけたってのも勝手に言い立ててるだけか?」
「それは事実ですね。死にかけましたよ。危うく人間のシチューです」
「そいつは喜ばしくないな」
トマスが眉を歪める。
「幸い、手と足の爪をはがされただけで済みましたよ。手袋をしているのはそういうことです。未だに怪我人だと思われたくないんですよ」
「タフガイ気取りはよくないぞ」
「実際のところ、タフガイを気取ってるのは、気取ってないと仕事を外されるからです。怪我人は休んでろと何度も言われましたからね」
「ワーカーホリックか。警官の持病だな」
そう言ってトマスは笑った。
「それで、あれからどうなったんです?」
「“ガーネット”を説得した。今もチェーリオの愛人をしている。フリーダム・シティ側から見た今回の抗争についての情報があるが、全ての予想を裏切ってヴォルフ・カルテルががっつり東部の密輸・密売ネットワークに関わっていることが分かった」
「エリーヒルは大きく予想を外しましたね」
「ああ。五大大学出のエリートも間違う時は間違うものだ」
彼らの頭脳は優れている。だが、彼らに与えられた情報は間違っていた。
麻薬取締局にはドラッグカルテルにとって都合のいい情報しか入ってきていなかった。それを考えるならば、分析官たちが読み間違えたのもしかたないだろう。
今やはっきりしていることがひとつだけある。
東部の密輸・密売ネットワークを作ったのはヴォルフ・カルテルだと。
「カルタビアーノはまだ挙げられませんか?」
「無理だな。情報が少なすぎる。恐らくはこういう順番になるだろう。まず“連邦”でお前さんたちがヴォルフ・カルテルを挙げる。それからそれによって混乱して尻尾を見せたところを俺たちがカルタビアーノ・ファミリーを押さえる」
「順番ですね」
「ああ。順番だ」
ターゲットの順番を間違えると、碌なことにならないのはフェリクス自身がよく知っている。彼はヴォルフ・カルテルとレーヴェ・カルテルの順番を間違えさせられたばかりに、ヴォルフ・カルテルについては何も掴めなかったのだ。
トマスにはトマスのプランがある。ならば、それに従おう。
「では、今のところ、打つ手なしですか?」
「そういうわけでもない。ヴォルフ・カルテルのボスが不動産業への出資に熱心なのは知っているか?」
「いいえ」
初耳だった。
「奴はドラッグで得た金をさらに増やすべく、不動産業に投資している。このフリーダム・シティでもかなりの物件に投資している。チェーリオの会話を分析して得た結果だ。ヴォルフ・カルテルは資金洗浄も兼ねて、フリーダム・シティに投資している」
「それを押さえようと?」
「あいにく、麻薬取締課の出番はない。明確にドラッグマネーが使われているという証拠がない限り、ヴォルフ・カルテルがインペリアル・ステートビルを買収したって問題にはならない。明確にドラッグマネーを使ったという証拠が欲しい」
「トマス。無理です。こっちにもその手の証拠はありません。こちらの内通者が殺されてから久しい状況です。その手の情報は──」
そこでフェリクスはひとつの手を思いついた。
「まだ内通者がいます。そいつに情報を探らせましょう」
「いいのか? こっちの捜査が実ってもそちらの捜査に繋がるとは限らないぞ」
「そうかもしれません。ですが、ヴォルフ・カルテルは財源のひとつを失う。それが重要なのです。ヴォルフ・カルテルを倒すにはもはや兵糧攻めしかほかに方法はありません。連中は“連邦”そのものを人質にとっています。ヴォルフ・カルテルの崩壊は、“連邦”の秩序の崩壊だという最悪の人質を」
「だから、兵糧攻めにして、直接叩かず弱体化させ、支配力を弱めるか。それでも連中の保険は発動するんじゃないか?」
「するかもしれないし、しないかもしれない。どの道、何万人という人間を殺しているヴォルフ・カルテルを野放しにするのは法の正義に反します。奴らには裁きを」
そうだ。見逃してなるものか。
ヴォルフ・カルテルがこれまで殺してきた人間の数を考えるならば、奴らに“連邦”の秩序と引き換えに免責を与えるなどということはできない。
奴らには報いを与えてやらなければ。それが必要なのだ。
「分かった。それでその内通者は信用できるのか?」
「今回の騒動の一端になった人間のひとりです。かなり上層部の人間ですよ」
「そういうことを人に言うな。信頼できるか、できないかだけを言っていればいいんだ。俺が裏切らないという保証はないんだぞ」
「保証できます。奴は信頼できます。情報を探らせましょう」
「連絡手段は?」
「公衆電話から」
「賢い選択肢だ」
フェリクスは外に出てもうひとりの内通者──ジークベルトに電話を掛ける。
『もしもし?』
「ジークベルトか? お前が協力を申し出た人間だ。あの農村で。情報が欲しい。ヴォルフ・カルテルの不動産投資についてだ。そいつを寄越せば、今回の失敗で不意になったお前の身の安全を保証してやる」
『どうやって? あなた方は我々が寄越した情報を完全に無駄にしたのですよ。我々が情報を与えたにもかかわらず……』
ジークベルトはフェリクスたちは自分たちの手でレーヴェ・カルテルを滅ぼしたことに強い不満を抱いているようだった。
確かに不満を持つのも仕方ない。本来ならレーヴェ・カルテルとヴォルフ・カルテルが殺し合って、シュヴァルツ・カルテルは安定を手に入れるはずだったのだ。その計画が完全に破綻したのだから。
「いいか。お前に選択肢はない。もし、お前が協力を拒否するならば、だれがレーヴェ・カルテルにヴォルフ・カルテルの裏切りの情報を渡したのか、マスコミに全て喋ってやる。そうなれば、今や世界最大のドラッグカルテルとなったヴォルフ・カルテルはお前のことをどう料理するかな?」
『……っ!』
普通の人間を相手にこのような脅しはしない。だが、相手はドラッグカルテルのメンバーだ。手を抜く必要はない。慈悲をかける必要はない。搾り取れるだけ情報を搾り取ってやるだけだ。
『分かりました。情報を準備しましょう。必要なのはヴォルフ・カルテルの不動産投資に関わる情報だけですね?』
「ああ。今はそうだ」
そう、今はな。
フェリクスジークベルトのことを利用するだけしてやるつもりだった。
それが正義の欠けた行いであろうとも構わない。正義を振りかざしていても、この戦争には勝利できない。やれることを全力でやらなければいけない。
『分かりました。取引場所は?』
「郵送しろ。次の住所に」
フェリクスは郵便局の郵便私書箱を指定すると電話を切った。
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