『オセロメー』の生き残り
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──『オセロメー』の生き残り
ニコは教会で過ごしていた。
ニコたちは最近は仕事をする。最初は自分たちが食べる食事を作ったり、掃除をしたりすることが仕事だった。
だが、東部でのドラッグカルテルの抗争が終わって、安心して外に出られるようになると、外でも勉強の合間に仕事をすることになった。
マインラート司教は勉強が忙しい子は別に働かなくてもいいと言ってくれていた。マインラート司教には“国民連合”に大勢の知り合いがおり、彼らがニコたちの食べる食事などの費用を払ってくれるのだという。
だが、ニコは何もせず食べさせてもらってばかりいるのはどうかと思った。仲間たちも同意見だった。ちょっとでもマインラート司教の負担を減らしたい。そう考えた。
「雑誌です。“連邦”の貧困問題について知ってください」
ニコたちはマインラート司教たちの作った雑誌を売る。たったの1ドゥカートで。
未だに文字が完全に読めるわけではないニコも雑誌に目を通してみたが、マインラート司教はジャングルで少数民族が弾圧されていることや、ドラッグカルテルの抗争に巻き込まれて手足を失った人たちがいることを伝えようとしていた。
マインラート司教は立派な人だとニコたちは感動していた。
どうしてここまで他人のために生きれるのだろうかと思う。ニコだったらお金を手に入れたら、すぐに“国民連合”に移り住んで、豊かな暮らしを送ると思う。けど、マインラート司教はそうしない。お金があっても、この“連邦”に留まり、ニコたちのようなどうしようもない状態の人間たちのために働いてくれる。
「雑誌です。ドラッグカルテルの抗争で犠牲になった人たちについて知ってください」
「ひとつもらおう。いくらかな?」
「1ドゥカートです」
「はい」
マインラート司教はこうして社会活動にニコたちを従事させることで、子供兵の社会復帰を促そうとしていた。物を売り、物を買い、そうやって社会のシステムに順応する。子供兵だったときのように殺して、品を供給され、また殺すという間違った仕組みを忘れ去るためのものだった。
ニコたちは自分たちで稼いだお金のうち、半分は自由に使っていいと言われていた。ニコは妹のためのチョコバーを買って帰る。半分こしてふたりで食べるのだ。こうして、社会活動で兵士だった人間を社会復帰させる試みは“国民連合”でも行われていた。“国民連合”の退役軍人のホームレスの率は非常に高い。社会問題なのだ。
ニコは勉強の終わった放課後に雑誌を売る。押し売りや騙して売るようなことはしてはいけないとマインラート司教に言われているので、それは守っている。
ニコは今日の稼ぎでチョコバーが買えると満足していた。
だが、不幸とは予期せぬタイミングで訪れるものだ。
「よう。ニコ。久しぶりだな?」
「あ……」
ニコの前に現れたのは『オセロメー』の男たちだった。
「何を売ってるんだ? 見せてくれよ?」
「ダ、ダメだよ。ちゃんと買ってくれないと」
「おいおい。俺とお前の仲だろう?」
そう言って『オセロメー』の男はニコの手から雑誌をひったくろうとする。
「ダメだよ! ダメ! これは渡せない!」
「クソ。いくらだ?」
「1、1ドゥカート……」
「やっすいな。ホワイトグラスより安いじゃねーか」
男はニコに1ドゥカートを渡す。
そこでニコは男に雑誌を手渡した。
「あのクソ神父。ドラッグカルテルのことを書き立てやがって」
雑誌を眺めながら、男たちが愚痴る。
ドラッグカルテルについては報道しない。それが“連邦”のマスコミにとって暗黙の了解になっていた。ドラッグカルテルのやったことや、死体の映像を報道すれば、ドラッグカルテルから報復を受けるのだ。ドラッグカルテルを批判することも許されない。ドラッグカルテルを批判すれば、民間人だろうと拷問されて、殺される。
だが、マインラート司教の発行する雑誌はそのようなことはお構いなしだった。ドラッグ戦争で犠牲になった市民の写真を載せ、ドラッグカルテルを批判する内容の記事を掲載している。
「なあ、ニコ。こいつはやべーんだぞ? 分かってるか? ドラッグカルテルについてはみんな口をつぐんでおかないといけないんだ。それがこうやってペラペラとお喋りするのは、大物を怒らせる。そう、ヴォルフ・カルテルとかな。ヴォルフ・カルテルがどうやって人を殺すか知ってるか? ドラム缶に入れて、外から熱するんだ。そうして人間のローストを作るんだよ」
脅すような口調で男がニコに言う。
「これを俺たちがヴォルフ・カルテルに持っていったら、どうなると思う?」
「わ、分からないよ」
「皆殺しだ。お前の教会に住んでいる人間全員が殺される。俺たちはヴォルフ・カルテルについた。今はヴォルフ・カルテルに従って商売している。俺たちにも命令が下るかもしれないな。その時は、ニコ。お前を真っ先にローストしてやるよ」
そう、『オセロメー』は長い抗争の末に最終的にヴォルフ・カルテルの下部組織になった。全員がヴォルフ・カルテルに恭順を誓い、今ではヴォルフ・カルテルに金を収めることで庇護を受けていた。
「マ、マインラート司教がそんなことはさせない。警察官だっているんだ」
「警官なんて蜂の巣にしてやる。ドラッグカルテルが、俺たちが抗争してるときに警官が市民を助けに来たことなんてあるか? ないだろう? 警官なんて当てにならないんだよ。分かるか?」
そうだ。確かにニコたちが抗争を繰り広げていたとき、警官は一度もやってこなかった。銃撃戦を繰り広げていても、“連邦”の警官は姿を見せない。それどころか、ドラッグカルテルから金をもらって、抗争に参加することすらあった。
あの教会を警護してる警官もいざという時は逃げてしまうのだろうかとニコは思った。とても信頼できる人たちだと思っているのだが。
「な、何が欲しいの……?」
「ひでえな、ニコ。俺たちがお前に金の無心でもしに来たと思ってるのか? ショックだぜ。俺たちはただ古い友人に挨拶しに来ただけだよ」
そう言って『オセロメー』の男たちは笑う。
「ただな、ヴォルフ・カルテルでいい地位につくには仕事をこなさないといけない。今は抗争はやってないから、結局はドラッグの密輸だ。ヴォルフ・カルテルのために仕事して、ヴォルフ・カルテルでいい地位に就く。そうすれば、もう将来は安泰だ。ヴォルフ・カルテルは“連邦”どころか、世界最大のドラッグカルテルなんだからな」
「またドラッグを運ばせたいの……?」
「お前の方から俺たちの手助けをしてくれると助かるんだけどな。いやいや仕事されると仕事の質に反映するだろう? やっぱり率先してやってくれないとな」
そこで『オセロメー』の男はナイフを抜く。
「いいか、よく聞け、ニコ。俺たちはいつでもてめえの妹をバラバラにして街路樹に飾ってやれるんだ。死体の木ってやつでな。抗争のときはよく作ったものだ。俺たちがもうお前たちに絶対に手出しできないなんて思うなよ?」
ナイフでニコの頬を叩きながら、『オセロメー』の男がそう言う。
「わ、わ、分かったよ。仕事を手伝わせてください……」
「わりいな、ニコ。助かるぜ。今度はちゃんと運んでくれよ。そうしないとお前に殺された連中が化けて出るかもしれないぞ?」
笑いながら『オセロメー』の男たちはそう言い、ニコの手を掴んだ。
「さあ、いくぞ。仕事だ。そんな雑誌捨てちまえ」
ニコの手から雑誌を奪い、『オセロメー』の男が地面にそれを投げ捨てる。
ニコは再び『オセロメー』に加わることになった。
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