拉致
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──拉致
突如としてホテルの部屋の床が崩壊した。
爆発だ。フェリクスは咄嗟に気づく。
爆薬の類で床が吹き飛ばされたのだ。
だが、フェリクスはなすすべなく、下に落下する。
ドンと激しい衝撃を受けて、フェリクスが地面に落下する。ヘリが墜落した時と違ってヘルメットは身に着けていない。ボディーアーマーも。衝撃はそのままフェリクスに伝わり、骨の折れる音が響き、激痛が走る。
フェリクスはそれでも状況を把握しようと、かすれる視野で周囲を見渡す。
ホテルの外が見える。爆薬は下の階の天井だけではなく、壁も吹き飛ばしていた。
フェリクスは魔導式拳銃を探し、それを握ると立ち上がろうとする。だが、足の骨にひびが入っているのか激痛がする。腕の骨は確実に折れており、魔導式拳銃は片手でしか構えられない。
フェリクスはエッカルトは無事だろうかと思いながらも、次の敵襲に備えて、油断なく魔導式拳銃を構え続ける。
救急車のサイレンが響いて来たのはそんなときだった。
救急車がまずは1台やってきて救急隊員が担架を持って、大急ぎでフェリクスたちのいる階までやってくる。
「大丈夫ですか!?」
「骨が折れている。立てそうにない」
「安心してください。今、担架に乗せますから」
救急隊員はフェリクスを抱え、担架に乗せる。
そして、担架に乗せられたフェリクスは救急車に移されたところで意識が途絶えた。痛みと衝撃で、これまで意識を保っていた方がどうかしていたのだ。
それからどのくらいの時間が過ぎただろうか。
「う……」
フェリクスは痛みで目を覚ました。
「よう。フェリクス・ファウスト特別捜査官」
「ライ、ナー……?」
「ああ。その通りだ。俺だよ。驚いたか?」
「畜生。あの救急車は……」
「ああ。俺たちの偽装だ。やけに早く救急車が来たとは思わなかったのか? 間抜けなフェリクス・ファウスト特別捜査官」
フェリクスは自分が椅子に縛り付けられていて、身動きできないことを認識した。そして、ライナーがフェリクスの目の前の椅子に座っていることも。
「で、だ。よくも裏切ってくれたな、フェリクス。あんたは俺たちを捜査対象から外しておくと約束したはずだぞ。それが次々に幹部を拘束してくれやがって。俺たちのネットワームはもうズタズタで機能していない。あんたのおかげでな!」
ライナーが拳をフェリクスの顔に叩き込む。
「クソ野郎め! あんたもどうせヴォルフ・カルテルとつるんでるんだろうが! 連中の、クソ野郎どもの味方をしやがって! よくも俺たちを裏切ってくれたな! このクソ野郎! クソ野郎! クソ野郎!」
フェリクスの顔が激しく殴られ、フェリクスの意識がまた飛びかかる。
「水だ」
だが、ライナーはフェリクスの意識を失わせはしなかった。冷たい水を頭からかけて、フェリクスの意識を取り戻させる。
「いいか、フェリクス。あんたはこれから地獄を見ることになる。地獄だ。あんたには地獄だが、俺たちには楽園だ。だが、この程度で俺の復讐が終わったと思うなよ。あんたは俺を焚きつけておきながら、裏切ったんだ。この豚の臓物め!」
「あぐっ……!」
ライナーの握ったコンバットナイフがフェリクスの手の平を貫く。
「やれ。フェリクスに地獄を見せてやれ。この世に生まれてきたことを後悔させてやれ。思う存分、地獄を見せろ。俺たちはそれを見て大笑いするんだ。あんたの死体は墓にも埋めさせない。ドロドロにして、海に捨ててやる。永遠にこの世をさまよい続けろ」
ライナーがそう指示を出し、様々な工具を持った男たちがやってくる。
まず使われたのはペンチだった。ペンチを使ってフェリクスの爪が剥がされる。
左手から。左手が終わったら右手。右手が終わったら左足。左足が終わったら右足。
「クソ、野郎! 俺は裏切ってはいない! 所詮はドラッグカルテルと麻薬取締局の捜査官の関係だ! こうなることを想定しなかったお前が悪いんだ、ライナー! お前から情報が漏れて、ヴォルフ・カルテルに伝わり、そして俺たちに伝わったんだ!」
「ふざけやがって! まだ言いやがるか! あんたが裏切ったんだ! 俺たちは俺たちの復讐を進めていた! なのに!」
「争う相手を間違えやがって! この労力でアロイス・フォン・ネテスハイムを殺してればよかったんだ! お前は馬鹿だ! 愚図だ! 間抜けだ! リソースの使い方も分かってない若造だ!」
フェリクスの言葉にライナーが頭を掻き毟る。
「もういい。殺す。ここで死ね。フェリクス・ファウスト特別捜査官」
ライナーが魔導式拳銃を抜いてフェリクスの頭に突き付ける。
フェリクスは銃口の先にあるライナーの顔を睨みつけた。
そのライナーの頭がはじけ飛んだのは次の瞬間だった。
銃声が響き、悲鳴が上がる。フェリクスは何が起きたのか分からず、唖然として周囲を見渡した。
「無事か、フェリクス!」
「エッカルト……! どうしてここが?」
「最後に捕まえた幹部が吐いた。お前を拉致して殺す計画があると。それで大急ぎでやってきたわけだ。頭が二日酔いで痛いが、お前ほどじゃないな。お前、酷い顔だぞ、フェリクス。色男が台無しだ」
「ああ。しかし、奇跡的だな」
「まさに。まあ、助かってよかった。すぐに病院に送ろう」
そして、エッカルトが周囲を見渡す。
「ライナーはいないのか?」
「ライナーは死んだよ」
ライナーは死んだ。レーヴェ・カルテルはこれで分裂し、また食らい合うだろう。
フェリクスはそれから麻薬取締局の特殊作戦部隊と連邦捜査局の捜査官たちに警護された病院に運ばれ、そこで手当てを受けた。全身傷だらけで、入院が必要だということだった。フェリクスは渋々入院に同意する。
エッカルトはライナーの死体の転がった倉庫から情報を集め、残りの幹部の拘束に向かった。レーヴェ・カルテルはライナーを失ったショックでもはや崩壊に向かいつつあり、かつての縄張りを失い、最終的にまた新世代キュステ・カルテルとキュステ・カルテル暫定軍、そしてレーヴェ・カルテル残党に分裂した。
ワイス・カルテルとヴォルフ・カルテルは事実上、この抗争に勝利し、分裂した派閥を掃討しながら東部一帯を制圧していった。
残虐行為の件数は減っていき、商店に火炎瓶が投げ込まれることも、テクニカルが民間人を銃撃することも、無法地帯になることもなくなっていった。
そして、訪れたのだ。ヴォルフ・カルテルによる平和が。
「これで奴らは究極の保険を手にしたわけだ。俺たちを潰せば“連邦”は大混乱に陥るぞという最低の保険を。これで“国民連合”も“連邦”もヴォルフ・カルテルにそうそう手出しできなくなったな」
「クソッタレな平和だ。俺たちの望んだ平和じゃない。そうだろう、フェリクス?」
「ああ。だが、これが現実だ」
「そうか。これが現実か」
ヴォルフ・カルテルは非公式に内戦の終結を宣言した。
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