ドライブバイ・シューティング
本日1回目の更新です。
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──ドライブバイ・シューティング
フェリクスはタクシーを降りた。
今日の成果は実りあるものだった。少なくとも8つのギャングについて洗えば、いずれは目的のギャングにヒットする。ギルバートには引き続きギャングについて調べてもらい、どうにかして彼のコネでレニ都市警察の資料とも合わせたい。
レニはマギテク関連ヴェンチャー企業にとって楽園であると同時に、組織犯罪者にとっても楽園である。レニ都市警察は組織犯罪に弱い。レニの中で起きている犯罪にならば、有能さを示すが、外部と繋がった犯罪には情報共有の観点から弱点を見せる。
ギルバートのコネだけが頼りだった。ギルバートのコネで、レニにいるギャングについてより具体的な情報が手に入れば、西部一帯のドラッグビジネスに大打撃を与えられるかもしれない。フェリクスはそう考えていた。
フェリクスはホテル前の階段をゆっくりと昇り、これから部屋でギルバートから受け取ったリストについて麻薬取締局本局に問い合わせようと考えていた。
急発進する車の音が聞こえたのは次の瞬間だった。
反射的に背後を振り返り、自動車の助手席の窓が開き、そこから魔導式短機関銃を構えている男の姿が見えた。
「伏せろ! 銃だ!」
フェリクスは叫び、自分も地面に伏せる。
魔導式短機関銃の発するけたたましい射撃音が響き渡り、助手席から放たれた十数発の銃弾の内1発はフェリクスの頬掠め、1発は太ももを貫いた。
フェリクスは海兵隊時代の訓練を思い出し、ホルスターから携行が許可された魔導式拳銃を抜くと、射撃を繰り返したまま走り去ろうとする自動車めがけて数発の銃弾を叩き込んだ。自動車は止まらなかったが、銃撃は止まった。
「た、助けてくれ! 撃たれた!」
「誰か救急車を!」
銃弾に晒されたのはフェリクスだけではなかった。ホテルの傍にいた通行人やホテルのポーター、宿泊客など10名近い人間が銃弾を浴びていた。
フェリクスは負傷者を助けようとして、自分も撃たれていることに気づいた。彼はハンカチを破って傷口の近くを硬く縛ると、負傷者の救助に向かった。
銃弾を受けた12名のうち、4名は死亡していた。残りも重傷者などがいる。急がなければ死人は増えるだろう。
フェリクスはできる限りの処置をしながら救急隊員が来るのを待った。
「救急です! 負傷者は!?」
「この負傷者が一番危ない。かなり出血している。それから全部で8名の負傷者だ」
「何があったんですか?」
「車から銃が乱射された。警察は来ているか?」
「分かりません。とにかく、負傷者を」
救急車は次々にやってきて、この血の惨劇の中から負傷者たちを救出していく。
「あなたも撃たれていますね。病院へ」
「警察はまだ来ないのか?」
「別の場所でも銃乱射があったらしく、そっちの方に向かったようです」
フェリクスはそれを聞いて猛烈に嫌な予感がした。
「州警察の麻薬取締課課長のギルバート・ゴールウェイ警視に連絡を。こっちの運ばれる病院の名前を教えておいてくれないか」
「今はあなたの負傷を治しましょう。それからです」
こうなると医療関係者は頑なになる。
彼らの責務は患者の命を救うことであり、警察の業務を手伝うことではないのだ。
仕方なく、フェリクスはストレッチャーに乗せられ、救急車に運び込まれた。
病院は銃乱射事件の被害者とその家族が集まっていてカオスだった。搬送中に息を引き取ったものもおり、死亡者数は増えている。泣きじゃくる家族と悲痛な表情をした救急救命室の医師と看護師。
どうして自分たちが?
フェリクスは当然被害者たちが思うだろうことを思って憂鬱になった。
あの自動車に乗った男たちの目標は間違いなく自分だった。最初から自分を狙って銃乱射事件を引き起こしたのだ。それを立証するものは少ないが、目撃者がいれば、犯行に使われた車がフェリクスが姿を見せたと同時に急発進したことを述べるだろう。
それよりももう1件の銃乱射事件というのはなんだ?
フェリクスは焦燥感に駆られていた。もう1件の銃乱射事件というのはギルバートを狙ったものではないのか? ギルバートは無事なのか? 彼の妻は?
救急救命室に運ばれてから1時間後にフェリクスの太ももを貫いた銃創の治療が行われた。こうも遅れたことで救急救命室の医師や看護師を責められない。彼らは次々に運び込まれてきた重症患者たちの治療をしていたのだ。
フェリクスの銃創は主要な血管を逸れており、命に別状はないと言われた。だが、最低でも1か月間は車椅子か松葉杖を使った生活になるとも言われた。
「それよりも電話を貸してくれないか?」
フェリクスはそう頼んだ。
病院はとにかく忙しく、電話を貸してもらえたのも頼んでから3時間後のことだった。フェリクスは真っ先にギルバートの自宅に電話をかけた。だが、誰も出ない。
それからフェリクスは州警察の麻薬取締課に電話をかけた。残っていた警官が電話を取って応じてくれた。
「ギルバート・ゴールウェイ警視は?」
『ああ……。先ほど自宅の前で撃たれたということで病院に運ばれました。病院の電話番号をお教えしましょうか?』
「頼む」
やはりギルバート狙いの乱射だった。
頼む。頼むから死なないでいてくれ。俺のように太ももを撃たれたぐらいで済ませてくれ。頼む。お願いだ。フェリクスはそう祈りながら、ギルバートの運ばれた病院に電話をかけた。受付に繋がり、そこから救急救命室に繋がる。
「ギルバート・ゴールウェイ警視の同僚のフェリクス・ファウストと言います。そちらに運ばれたゴールウェイ警視の容体は?」
『残念です。お亡くなりになられました』
畜生。畜生。畜生!
間違いなく敵はフェリクスたちがギャングについて調べていることを知っていた。
内通者? ギルバートのいなくなった今、州警察の汚職を告発しても構いはしない。だが、そのことでフェリクスは一生州警察の協力が得られくなり、他の警察機関からも嫌厭されるだろう。噂は広まるのだ。
だとすれば、どうする?
ギルバートの後釜になる人物に同じように取引を持ち掛けるか?
これが公式な捜査ならばそうしただろう。だが、ギャングを調べていたのはフェリクスとギルバートの独断だ。後任はギルバートが公式にやっていた売人を締め上げるという不毛な行為を行うだろう。
非公式な接触で捜査協力を依頼するのは賭けだ。間違えば、フェリクスは州警察の協力が完全に得られなくなるばかりか、権限を勝手に超えたということで懲戒処分を受けるかもしれない。それで喜ぶのは西部にドラッグを流通させているギャングとカルテルだ。
フェリクスは病院で過ごした10時間後に自分を撃った車が見つかったという知らせを受けた。車内にはスノーパールのオーバードーズで死亡したヤク中が2名と犯行に使われた魔導式短機関銃が発見されたそうだ。
こうして糸は切れた。
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