生じる亀裂
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──生じる亀裂
フェリクスにレーヴェ・カルテルへの捜査命令が出たのはアロイスが幹部たちを拷問してから2日後のことだった。
「畜生。レーヴェ・カルテルを叩かせるつもりか」
「フェリクス。いずれにせよ、レーヴェ・カルテルは味方じゃない。敵の敵というだけだ。敵の敵は、ただの敵の敵であって決して味方ではない」
「分かっている。だが、これを仕組んだのはヴォルフ・カルテルだ」
フェリクスには確かめなくても分かっていた。
この情報源はヴォルフ・カルテルであり、ヴォルフ・カルテルから戦略諜報省に情報が渡り、そこから麻薬取締局本局に情報が流れてきたのだと。
フェリクスはこの捜査で得をする人間を知っている。ヴォルフ・カルテルだ。アロイス・フォン・ネテスハイムだ。奴はレーヴェ・カルテルが弱体化して、追い詰められることを喜んでいるだろう。
「抗争を止めるのが俺たちの仕事だ。既に俺たちはルール違反を1回やってる。これ以上は無理だ。レーヴェ・カルテルを押さえるしかない。そうしなければ、それこそお前を恨んでいる連中にお前を更迭する理由を与えることになるぞ」
「分かってる。分かっているさ。畜生め。特殊作戦部隊を動員しよう。レーヴェ・カルテルの幹部を襲撃する」
「了解」
エッカルトが本局に連絡して特殊作戦部隊の動員を要請する。
加えて“連邦”の捜査機関も加わり、レーヴェ・カルテルへの一斉攻撃が始まろうとしていた。普段は腰の重い“連邦”政府もこの時ばかりは動きが素早かった。即座に捜査官と軍を派遣し、幹部の自宅周辺を封鎖する。
「作戦は奇襲を重視している」
麻薬取締局の特殊作戦部隊の指揮官がそう宣言する。
「レーヴェ・カルテルの武装は重武装だ。まともに撃ち合えば死人が出る。死人が出るのは誰にとっても望ましくない。よって、ヘリボーンを主体とする奇襲によってレーヴェ・カルテルの幹部たちを拘束していき、速やかに“国民連合”に移送する」
神様。ヴォルフ・カルテルを捜査対象にするときもこれぐらいの準備と人員を与えてくださいますようにとフェリクスは半ば自棄になりながら祈った。
「麻薬取締局は抗争による混乱と市民の犠牲、そして“国民連合”へのドラッグ流入の激化が止まることを目的としてこの作戦を行う。総員、気合を入れて作戦に参加してくれ。指揮官のいったように迅速に。死者はゼロを目指して」
フェリクスは現場担当の捜査官としてそう述べ、作戦は始まった。
軍の装甲車がレーヴェ・カルテルの幹部たちの屋敷に続く道路を封鎖し、上空からメリダ・イニシアティブに与えられたヘリによる“連邦”陸軍の特殊作戦部隊と、自前のヘリでやってきた麻薬取締局の特殊作戦部隊が投入される。
幹部の住居は市街地にあって、突然の軍の装甲車の出現や上空を飛び交うヘリの出現に辺りは騒然となった。
もちろん、騒然となったのは市民だけではない。レーヴェ・カルテルもだ。
レーヴェ・カルテルは攻撃を受けているということをヘリが上空にやって来た時に気づいた。その時には既に何もかも遅かったというのに。
「降下、降下!」
レーヴェ・カルテルが反撃に動く前に“連邦”陸軍と麻薬取締局の特殊作戦部隊が邸宅に突入を開始する。家の中には武装した護衛がいたが、“連邦”陸軍の特殊作戦部隊によって速やかに射殺される。
フェリクスも後から続き、レーヴェ・カルテルの幹部の拘束を見届ける。
ひと部屋ひと部屋ずつ制圧され、非武装の民間人は一時的に軍によって収容され、レーヴェ・カルテルの幹部だけが拘束される。
敵の抵抗はほぼ皆無。完全な奇襲であった。
だが、これは始まりにすぎなかった。
レーヴェ・カルテルの幹部たちは次々に拘束される。情報が流れてきた時点で戦略諜報省がレーヴェ・カルテルの幹部たちを見張っており、彼らが逃げれば、逃げた位置が報告された。フェリクスたちは指定された目標を全て拘束する。
軍用ヘリが上空を飛び交い、迷彩服姿の麻薬取締局の特殊作戦部隊が次々に展開しては“連邦”陸軍とともに銃撃戦を繰り広げ、その結果として幹部が拘束される。拘束された幹部はドラッグ密輸・密売の容疑で“連邦”政府の許可を得たのちに、“国民連合”に移送される。
銃撃戦は後半の幹部になるにつれて激化した。
テクニカルが登場することもあり、“連邦”陸軍の特殊作戦部隊は無反動砲まで装備して、作戦に当たっていた。
『大戦果だな。おめでとう、フェリクス・ファウスト特別捜査官』
「ええ。結構な戦果です」
ああ。大戦果だとも。これでヴォルフ・カルテルは大笑いしていることだろう。
『レーヴェ・カルテルを潰す機会だ。徹底的にやりたまえ。こちらでも取り調べで分かった情報をそちらに送る。追求の手を緩めるな』
「了解しました」
畜生。本当にこれじゃヴォルフ・カルテルの使い走りだ。
それからも襲撃は続く。
“連邦”陸軍はついにガンシップまで持ち出し、レーヴェ・カルテルのボスたちを次々に拘束していく。テクニカルが吹き飛ばされ、逃げようとしていた幹部の車が停止させられ、そのまま拘束されてヘリによって連行される。
一連の逮捕劇でレーヴェ・カルテルは大打撃を受けた。上から下まで14名の幹部が拘束されたのだ。元キュステ・カルテル暫定軍であったり、新世代キュステ・カルテルだったりしたものたちが逮捕され、加えてレーヴェ・カルテルそのものからも逮捕者が出る。
レーヴェ・カルテルの幹部たちは逮捕を恐れ、その活動が低調なものになる。
そうなるとレーヴェ・カルテル全体で活動が鈍り、収入が減少し、兵力が減少し、装備が減少する。装備が減少すると抗争を続けられず縄張りを奪われ、さらに収入が減少する。もはや負のスパイラルだ。
レーヴェ・カルテルはワイス・カルテルとヴォルフ・カルテルによって縄張りを奪われて行き、どんどんと小さくなる。武力で抵抗しようにも幹部が逮捕され、野良になった兵隊がそのままそっくりヴォルフ・カルテルに寝返ることすらある。
それでもまだレーヴェ・カルテルは生き残っていた。
そして、ライナーもまだ無事であった。
彼は怒り散らしている。
「あのクソフェリクス・ファウストめ! 何が当面の間は捜査対象にしないだ! 幹部たちを次から次に逮捕していきやがって! あのクソ野郎!」
フェリクスから得ていた約束はヴォルフ・カルテルによって反故にされた。麻薬取締局は次々にレーヴェ・カルテルの幹部を拘束し、その結果レーヴェ・カルテルは大きく弱体化したのである。
あの捜査対象にしないという約束は無視された。
「報復だ。フェリクス・ファウストに報復するぞ」
人生で裏切られてばかりだった男が宣言する。
「奴を殺せ。今さら捜査官ひとりが死んでも気にしやしない。相手はこっちの幹部を容赦なく逮捕しているんだ。抵抗するのは当然だろう?」
ライナーはそう言って、怒りの表情を浮かべた。
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これにて第八章完結です!
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