見舞い
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──見舞い
シャルロッテはICUで意識を取り戻した。
「ご自分のお名前は言えますか? ここがどこか分かりますか?」
意識を取り戻すと看護師と医師がやってきて、瞳に光を当てながらそう質問する。
「私はシャルロッテ・カナリス。ここは……病院?」
「エリーヒル中央病院です。CT検査の結果、脳内出血は確認できませんでしたが、手足の骨にひびなどが入っています。一般外科病棟に移しますが、もう数日入院してください。それからお見舞いの方が来られていますよ」
「お見舞い?」
「ええ。ICUの外でお待ちです」
会社の人だろうかと思いつつ、シャルロッテはベッドに乗せられたままICUを出る。
「シャルロッテ」
「フェリクスさん!?」
待っていたのはフェリクスだった。
「今、“連邦”にいるはずじゃ……」
「ああ。だが、君が事故に遭ったと聞いて戻ってきた。怪我は大丈夫なのか?」
「もう数日入院だそうです」
「そうか」
フェリクスはほっと胸をなでおろすと一般外科病棟まで運ばれて行くシャルロッテについていった。一般外科病棟の個室にシャルロッテは移された。
「シャルロッテ。何か脅迫のようなものを受けなかったか?」
「いいえ。そういうものは何も。……ドラッグカルテル絡み何ですか?」
「ああ。脅迫を受けた。君が事故に遭ってからヴォルフ・カルテルには手を出すなと」
シャルロッテが鋭く尋ねるとフェリクスがそう返す。
「ダメです。そんな脅迫には屈しないでください。そんなのは絶対にダメです」
「ああ。薄情かもしれないが、俺は戦い続けることを決意していた。そして、恐らく君を事故に遭わせたのはドラッグカルテルが直接やったんじゃない。これは戦略諜報省の仕業だと思われる」
「戦略諜報省が?」
「そうだ。奴らは捜査にも圧力をかけてきたが、もしかすると直接行使にでたのかもしれない。まだ物的証拠はない。状況証拠だけだ」
戦略諜報省の関与を疑うには十分すぎるほどの状況証拠はあれど、会話の録音や書類といった物的証拠はなかった。恐らくはこれから先、よほど運がよくなければ手に入ることはないだろう。
戦略諜報省の情報管理は麻薬取締局の比ではない。徹底した情報管理が行われ、非合法作戦──ブラック・オプスに関しては可能な限り資料を残すまいとするだろう。
「すまない、シャルロッテ。俺の事情に君を巻き込んでしまった」
「それなら私もあなたを巻き込みます。今度、ヴォルフ・カルテルについて徹底した特集を組みますよ。いえ、組ませて見せます。ヴォルフ・カルテルがこれまで行ってきたこと、今行っていること。可能な限り書き立ててやりますから」
「やめてくれ、シャルロッテ。俺は君がこれ以上危険な目には遭うのは困る」
「私の意志です。それに彼らは私を狙った。報いは受けさせてやるべきです」
こうなるとシャルロッテがてこでも動かないことをフェリクスは知っていた。だが、このことでシャルロッテがこれ以上の危険にさらされることも容認できない。
「それは俺に任せてくれないか? これは俺への警告だ。ヴォルフ・カルテルを探るならば、親しい人間が死ぬことになるという。だから、俺が対処する。君はこれ以上関わらないようにしてくれ。今の“連邦”は法が機能していないし、“国民連合”すらも常識が通用するとは思えなくなっている」
「いいえ。やります。フェリクスさんひとりだけで戦わせるわけにはいかないですから。私は国境のこちら側で記事を書きます。“国民連合”はまだ“連邦”よりマシです。そう何度も攻撃は仕掛けられないでしょう。だから、私は書きますよ、記事。世論を動かせるような記事を書きます」
「そうか。それが君の決断か」
フェリクスは彼女が自立した大人であることを思い出した。
子供じゃないんだ。立派な大人なんだ。子供のように面倒を見ないといけないわけではないし、危険なことから危険だからと遠ざけようとするのも余計なおせっかいだ。
「分かった。君の決断を尊重しよう。頑張ってくれ」
「はい」
シャルロッテは笑顔で頷いた。
それからフェリクスとシャルロッテは最近の“連邦”情勢について語らった。だが、フェリクスがライナーをアロイスにけしかけたことは言わない。それを喋るとライナーを焚きつけた情報がどこから来たのかを言わなければいけなくなる。まだシュヴァルツ・カルテルの、ジークベルトの裏切りについては明らかにできない。
意識を取り戻したとの連絡を受けたシャルロッテの会社の人間も駆けつけ、彼女の早い復帰を願っているということを伝えていった。シャルロッテが愛されているのが分かるような光景であった。
それからフェリクスはホテルに戻る。もう数日はシャルロッテのために滞在するつもりでエリーヒルには来ていた。
その病院からホテルに帰ったときのことだった。
「今回は災難でしたな、フェリクス・ファウスト特別捜査官」
ホテルのロビーにいたサウスエルフの男が突然そう言った。
「……戦略諜報省か?」
「その質問にはお答えできません。ただ、言えるのはこの国はルールを守っている限り、自由の国だということだけです」
男が煙草を吹かせながらそう言う。
「“社会主義連合国”の下では自由はない。連中の国は秘密警察が市民の言動を逐一調べている。それに比べてこの国の何と自由なことか。その自由を噛み締めて、我々は生きるべきなのですよ」
「自由の国では一省庁の方針に歯向かうと知人が事故に遭うようだがな」
フェリクスは睨むように男を見てそう言った。
「自由に対する理解度の違いですな。自由を守るためには何かしらの犠牲が必要になる。国を守るための軍隊を、自由を守るための軍隊を維持するには国民は税金を払わなければいけない。そうやって自由を守るためには犠牲が必要なのです。特に国家安全保障の観点からすれば」
「自由のために自由を失えと? 一省庁の主張の割には大胆だな。このようなやり方こそ、東側と同じだ。知人を人質にとって考えを変えさせる。自由を失わせる。正義を失わせる。俺はそんな脅迫めいたことには屈するつもりはない」
「どうぞご自由に。私はただの世間話をしに来ただけです。あなたの意見を変えようとはこれっぽっちも思っていません。あなたがなさりたいようにすればいいのです。ですが、代償なしに勝利は手に入らないと言っておきますよ」
男はそうとだけ最後に伝えるとホテルのロビーから立ち去っていった。
「代償なしに勝利は手に入らない、か」
俺に代償を払えと言っているのか。いや、違う。お前が好き勝手にするならば、代償と称した報復を行うぞと脅迫しているのだ。
以前のフェリクスならばこの手の脅しに屈していたかもしれない。だが、今は違う。フェリクスはシャルロッテから決して屈するなという意志を託された。
ならば、屈さない。必ずドラッグカルテルを潰し、その背後にいる戦略諜報省にも打撃を与えてやる。
フェリクスはそう決意し、ホテルの自室に戻った。
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