刺客を放つ
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──刺客を放つ
シャドー・カンパニーは相変わらず改革革命推進機構軍を相手にしている。
メリダ・イニシアティブで“連邦”政府に供与されたはずのヘリがどういう経緯を辿ったのか、メーリア防衛軍の手に渡り、そしてメーリア防衛軍に元“国民連合”陸軍のヘリパイロットが派遣される。
シャドー・カンパニーのやり方はこのような具合だ。
まずは“国民連合”空軍の航空偵察で改革革命推進機構軍のスノーホワイト農園を見つける。その際に対空火器の有無を確認しておく。そこにいるだろう兵力の規模も記録しておく。
それからは真っ暗な闇夜に農園を襲撃する。
シャドー・カンパニーは今では24名に増強されており、シャドー・カンパニーは密かにスノーホワイト農園に忍び込み、サプレッサー付きの銃火器で、改革革命推進機構軍のメンバーを皆殺しにする。
一切気づかれることなく、ひとつの農園を潰してしまうこともあるし、銃撃戦に発展することもある。それでもいつも勝利するのは碌な訓練も受けていない改革革命推進機構軍ではなく、高度な訓練を受けた軍人で組織されたシャドー・カンパニーの方だ。
シャドー・カンパニーはスノーホワイト農園を制圧すると、次の目標に関する情報を集め、次の標的を仕留める準備を行う。それと同時に収穫済みのスノーホワイトにガソリンをかけて焼き払う。
それから密かにヘリで撤収し、制圧したスノーホワイト農園にメーリア防衛軍がナパーム弾を投下して焼き払い、同時に小型の航空機が枯葉剤を撒いていく。枯葉剤は催奇性を可能な限り押さえ、草木を枯らすことに、そしてその地に二度と草木が芽生えないように合成されたもので、スノーホワイト農園を不毛のゴミクズに変える。
そうやってスノーホワイト農園への襲撃を繰り返し、シャドー・カンパニーは確かにレーヴェ・カルテルの財源を奪っていた。レーヴェ・カルテルはドラッグが供給不安を起こしたことから、武器の調達が難しくなり、全戦線において攻勢が弱まっている。
もうしばらくの間はシャドー・カンパニーのやりたいようにやらせておこう。アロイスはそう考えた。どの道、シャドー・カンパニーは戦略諜報省の駒だ。彼らはヴォルフ・カルテルに恩を売っておきながら、同時に共産主義者を排除するという一石二鳥の作戦に精を出しているだけなのだ。
だがその間何もしないというのも癪である。
アロイスは前々から考えていたことを実行に移すべき時が来たのではないかと考えた。向こうがこちらを明確な敵として捉えているならば、こちらも向こうに対してメッセージを送るべきなのではないかということを。
つまりはフェリクスに懸賞金をかけるということ。
麻薬取締局の捜査官に懸賞金をかければ、間違いなくそれは“国民連合”への敵対行為として受け取られる。だが、向こうがレーヴェ・カルテルをヴォルフ・カルテルにけしかけてきた今ならば口実はある。
「どう思う、マリー?」
「あまりいい選択とは言えない」
マリーはアロイスの考えに後ろ向きだった。
「やはり“国民連合”は敵に回さない方がいいと思うか?」
「そうね。彼らを敵に回して、得をした人間はいない。“国民連合”の公的機関の人間に懸賞金をかけるということは明白に、“国民連合”を敵に回している。報復が行われる可能性は考えておくべき」
「ふむ。では、こうしよう。俺たちは懸賞金をかけない。シュヴァルツ・カルテルがかける。これならどうだ?」
「彼らを身代わりにするの?」
「どうせいつかは切り捨てる駒だ。それなら有効活用した方がいいだろう?」
シュヴァルツ・カルテルにも利用価値を見出さなければならない。ただ、生贄の羊として捧げるのは今の情勢からして難しくなった。フェリクスは狙いをアロイスに定めている。いくら欺瞞の情報を流しても今さら攻撃の矛先を変えるとは思えない。
それならばフェリクスの敵を増やしてやるだけだ。シュヴァルツ・カルテルもフェリクスの敵にしてやろう。口実は何とでもなる。
「ジークベルトは納得する?」
「奴に選択権はない。俺がやれと言えばやるしかない。傀儡とはそういうものだ」
まさかその傀儡がアロイスに大きな一撃を与えたとは、誰も思っていなかった。そう、シュヴァルツ・カルテルのジークベルトは既にアロイスを裏切っているのだ。自分が生贄の羊にされることに気づいて。
「なら、お好きにどうぞ。けど、暗殺者を焚きつけるならば、まずはシャドー・カンパニーにフェリクスを襲撃させた方がいいと思う」
「彼らが俺たちのいうことを聞くのか? あれはもう完全に戦略諜報省の駒だろう。今もアカ狩りに熱心だ。確かに財政面でレーヴェ・カルテルは打撃を受けているかもしれないが、それでも俺たちのために何かしてくれるとは思えない」
「彼らはマーヴェリックの代わりにやってきた。彼らに代わりを務めてもらうしかない。私はマーヴェリックがいなければ動かないから。それに彼らも自分たちのやるべきことはちゃんと理解しているはず」
「そうだといいんだがね」
どうもシャドー・カンパニーはアロイスたちヴォルフ・カルテルのことなどどうでもよく、加えてドラッグ戦争もどうでもよく、ただただ共産主義者を殺すことにしか興味がないように思われていた。
「一度ジョンと話してみよう」
アロイスはその後、久しぶりにヴォルフ・カルテルの前線基地に帰ってきたジョンと会った。ジョンは“国民連合”のタイガーストライプの迷彩服に、ボディアーマーとタクティカルベスト、そして太もものホルスターに魔導式拳銃という格好だった。
「ジョン。フェリクス・ファウストを暗殺してくれないか?」
「フェリクス・ファウスト? ああ。あいつか。邪魔なのか?」
「とても。どうにかして排除したいと思っている」
「ふむ。奴の家族から殺すこともできるぞ。警告にはなるだろう」
「ほう。それはそれは」
「ただし、奴は離婚してる。相当喧嘩したって話しだ。俺たちとしては偽装だと思っているが、本当ならば家族を殺すことに意味はない。狙うとすれば奴の女か?」
「女がいるのか?」
「ああ。“連邦”のジャーナリストだ。今はエリーヒルで仕事をしている。少し怪我をさせてみて、奴の反応を窺うのもいいかもしれない」
なかなか面白そうだ。少なくともフェリクスを直接狙うよりリスクが低く、それでいてフェリクスに与えられるダメージは大きい。
「やってみてくれ。上手くいけば奴に捜査から手を引かせられる」
「了解、ボス。それから共産主義者には用心しろ。連中、この土地に相当根を下ろしてやがるぞ。俺たちはもう少しアカ狩りをしなけりゃならん。『クラーケン作戦』で少しはメーリア防衛軍も使えるようになっていると思ったが、使いものになってない」
「心に留めておくことにするよ」
共産主義者なんてどうでもいい。奴らが国を乗っ取るなんてありえない。それより重要なのはこの抗争にどうやって勝利するかだ。それこそが重要なのだ。
アロイスはそう思いながら、ジョンが上手くやってくれることを祈った。
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