シャドー・カンパニー
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──シャドー・カンパニー
アロイスが知ることはなかったが、シャドー・カンパニーとは戦略諜報省が有する非合法な準軍事作戦要員だった。
元外人部隊の兵士や、不名誉除隊となった特殊作戦部隊の兵士を集め、戦闘部隊として組織したのがシャドー・カンパニーだ。
フェリクスを“連邦”で拉致して脅迫し、オスカー・オーレンドルフを逃がしたのもシャドー・カンパニーの仕業である。そして、グリゴリーを爆殺したのもまたシャドー・カンパニーであるし、ウェンディを“自殺”させたのもシャドー・カンパニーだ。
それは国内での活動が禁止されている戦略諜報省が“国民連合”国内で動くための手足であり、汚れ仕事を一手に引き受ける戦闘部隊。それがシャドー・カンパニーであった。それが今、ドラッグ戦争に本格的に参戦している。
「言っておくが」
シャドー・カンパニーの指揮官。名前をジョンと名乗る男が言う。
「俺たちは俺たちがベストだと思うやり方で行動する。ドラッグカルテル流のやり方とは異なるかもしれないし、同じかもしれない。ただ、お互いにとって利益となる結果を出すだけだ。いいか?」
「あんたがそれで成功してきたのなら、文句は言わないよ、ジョン。俺もマーヴェリックにあれこれ指示していたわけではないからね」
「あんたは話せるドラッグカルテルのボスだな」
「それはどうも」
完全に舐めてやがるとアロイスは思っていた。
だが、そもそも戦略諜報省などの“国民連合”の組織が裏で動けるように金を出すことで、“国民連合”から庇護を受けていたのだ。
それがその戦略諜報省に助けられるということになっている。完全に取引の主導権は向こうにある。こちらからは文句は言えない。
「では、好きにやらせてもらう。武器弾薬は一応補給を持ってきた」
「足りなかったらこっちで準備したものを使ってくれ」
「ああ」
ジョンはそう言って、ヘリで前線になっている都市に向かっていった。
それからだ。レーヴェ・カルテルの幹部が暗殺され始めたのは。
これが戦略諜報省のやり方かとアロイスは思う。
どんなに獰猛な蛇でも頭を切り落としてしまえば脅威ではない。それを忠実に実行しているのだ、ジョンたちは。レーヴェ・カルテルの首を切り落としていき、残った連中を有象無象の集団にしてしまう。
シャドー・カンパニーには戦略諜報省が直接かかわっている。戦略諜報省が収集した情報が使われ、シャドー・カンパニーは首を鉈で切り落としていく。
だが、それはテロリスト相手ならば通じた手段だろう。共産ゲリラ相手ならば通じた手段だろう。だが、ドラッグカルテルには全面的に有効ではなかった。
ドラッグカルテルにとって幹部の地位は絶対の権力──すなわち金と暴力が保障された地位だ。それに辿り着くために仲間を売るドラッグカルテルの人間すらいる。戦略諜報省が手に入れた情報もそういう味方を売る人間の情報だった。
切り落とした首が7日後には新しく生えている。
そんな状況が始まったのである。
シャドー・カンパニーは戦略の転換を迫られた。
いくら首を切り落としても次から次に生えてくるのではどうしようもない。そこでシャドー・カンパニーはいくつかの国で成功した手段を使うことにした。
組織の分裂だ。
甘い言葉でドラッグカルテルの、レーヴェ・カルテルの幹部たちを誑かし、組織から離反させる。反乱とクーデターは戦略諜報省が得意とするところだ。彼らは一部門、一部門とレーヴェ・カルテルの肉をむしり取っていく。
「この独立した連中はどうしろっていうんだ?」
「そっちで好きにしてくれ。併合してもいいし、殲滅してもいいし、維持してもいい」
正直なところ、どうやってシャドー・カンパニーがレーヴェ・カルテルの肉をむしったのかが分からないので、アロイスたちにできることはあまりに少なかった。
本当にシャドー・カンパニーはどうやって組織を分裂させたのか。脅迫? あるいは何かしらの利益を約束した? それとも親組織──レーヴェ・カルテルとの間でトラブルを発生させたのか?
それが分からないと分裂した組織の扱い方にも困るのだが、シャドー・カンパニーは沈黙を維持している。何をどうやったのか、アロイスが尋ねても答えることはない。この点は非常にやりにくかった。戦略諜報省はあくまでアカ狩りのために“連邦”に来ているのであって、ドラッグ戦争など知ったことではないという対応である。
マーヴェリックならどう行動したかを報告してくれるが、その代わりであるはずのシャドー・カンパニーはそうではない。
仕方なく、アロイスは分裂したレーヴェ・カルテルの組織を殲滅することにした。下手に組み込めば、ネズミが侵入しかねないとういことは自分たちがキュステ・カルテルの残党に対して行ったことから分かっている。
しかも、一部をデコイとして残しておき、麻薬取締局の注意を引くというプランももう通用しない。麻薬取締局は、フェリクスは、明確にヴォルフ・カルテルを狙って攻撃を仕掛けてきている。
ブラッドフォードの圧力も、戦略諜報省の欺瞞情報も役に立たなかったということだ。フェリクスはもう誰がドラッグビジネスを仕切っているか知っている。
とうとう悪夢が足音を立てて迫ってきたということだ。フェリクスはアロイスを殺すためにやってくるだろう。そして、1度目の人生のようにアロイスの人生に終止符を打つのだ。どう足掻いても1度目の人生のやり直し。
クソッタレ。そんなことがあってたまるかとアロイスは唸る。
俺は生き延びてやる。1度目の繰り返しなんてまっぴらごめんだ。今度は人生を変えてやる。フェリクスのクソ野郎が俺を敵だと思っているならば結構。こっちも敵として相手してやる。
そのためにはまずはライナーを血祭に上げることだ。
だが、ここにきてシャドー・カンパニーがアロイスの意向とは異なる行動を起こす。
シャドー・カンパニーはメーリア防衛軍と接触し、共産ゲリラ狩りを始めたのだ。メーリア防衛軍の近接航空支援を受けて、シャドー・カンパニーが共産ゲリラの指導者をひとり、またひとりと暗殺していく。
その知らせがアロイスに届いたのはその作戦が始まってから、2週間後のことだったが、アロイスはシャドー・カンパニーのこの動きに疑問を抱かざるを得なかった。
「どうして共産主義者を攻撃している? 俺たちの敵はレーヴェ・カルテルだぞ」
「そのレーヴェ・カルテルは共産ゲリラ──改革革命推進機構軍からドラッグを買って、それを“国民連合”に輸出している。腐ったアカのドラッグだ。これを遮断すれば、レーヴェ・カルテルは財政的に打撃を受ける」
「確かにそれはそうかもしれないが、あんたたちは単にアカ狩りがやりたいだけじゃないのか? こうなった原因が戦略諜報省がアカ狩りに執着した結果なんだからな。その点を理解しておいてくれよ」
「分かっているが、俺たちは敵の財源を叩く」
これである。
シャドー・カンパニーは所詮は戦略諜報省の駒なのだ。
早くマーヴェリックが戻ってくることをアロイスは願った。
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