人員交代
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──人員交代
「マーヴェリック。連中は君に懸賞金をかけたぞ」
「あたしに?」
アロイスが言うのに、マーヴェリックが眉を歪める。
「君に7000万ドゥカートの懸賞金だ。俺には1億5000万ドゥカートの懸賞金」
「へえ。生死を問わず?」
「生死を問わず」
「まるで西部劇だ」
マーヴェリックが暢気にそう言う。
「だが、ちょっと不味いな。君が狙われるということは考えて来なかった。君はひとりの兵士であって、狙われる個人だとは想定していなかった。こうなるとどうするべきだろうか。君をこのまま戦わせていても大丈夫だろうか?」
「あたしは別に気にしない。どうせ誰にもあたしのことを仕留めさせたりはしない。ただ、戦略諜報省からストップがかかるだろうな」
「戦略諜報省から?」
「連中、過保護なんだ。荒っぽい作戦をするくせに人員の損耗には敏感でね。恐らくはこのことも問題視するだろう。あたしには引き上げ命令が一時的にでるかもしれない」
「それは困るな。戦線に穴が開くことになる」
正直なところ、マーヴェリックがひとり抜けたぐらいでは戦線に穴は開かないが、アロイスとしては心細くなるのは事実だった。
「安心しろよ。あたしが引き上げても交代要員が派遣される。穴は埋められるさ。それに今の状況は戦略諜報省にとって面白くない」
「というと?」
「レーヴェ・カルテルは共産主義者と取引している。それがいただけない。このような行いを許すほど、あたしたちのボスは甘くない。レーヴェ・カルテルは絶対に潰せって命令が出ていることだろう」
「なるほどね」
“国民連合”にとって共産主義者は未だに倒すべき敵というわけだ。
それもそうだろう。この騒動の発端となったのは、アロイスが共産主義者と取引をしたからなのだ。マーヴェリックはアロイスの憎悪を共産主義者に向けさせるためにノルベルトたちを殺し、そのせいでライナーはヴォルフ・カルテルを裏切ったのだ。
全ての発端はアカにある。
「では、安心しておこう。それからこちらもライナーの首に懸賞金をかけようじゃないか。ライナーの首に5億ドゥカート。ここまでやればライナーの身内でも奴を裏切る人間が出てくるかもしれない」
だが、とアロイスは続ける。
「あのクソ野郎は俺が殺してやらないと気が済まない。生きたままバラバラにして、生きたまま焼き殺してやらなければ気が済まない。俺たちが殺すべきだ。あのクソッタレのフェリクス・ファウストなんぞと組んだクソ野郎はこの俺が仕留めてやるべきだ」
アロイスは怒り心頭であった。
よりによってフェリクスがこの混乱の背後にいるとは。奴がライナーを焚きつけたとは。絶対に許すべきではない。確実にライナーも、フェリクスも、八つ裂きにして殺してやる。裏切者に地獄を、麻薬取締局に地獄を。
「その願いはいずれ叶うよ。フェリクス・ファウストは死ぬべきだ。ライナー・ナウヨックスは死ぬべきだ。あんたがそう考えているなら、戦略諜報省がその後押しをしてくれるだろう。少なくともあんたがまた共産主義者と取引しない限りは」
「ああ。もうしない。東大陸へのパイプラインを維持するためだけだ。君たちが望むだけ、『クラーケン作戦』にも『ストーム作戦』にも投資しよう。それで“国民連合”の庇護が得られるならば、それに越したことはない」
アロイスは未だに『クラーケン作戦』に多額の資金をつぎ込んでいる。メーリア防衛軍はドラッグビジネスから手を引き、今は共産主義者を殺すことに熱中している。改革革命推進機構軍は打撃を受けて、ジャングルの奥へ奥へと逃げている。
「じゃあ、あたしは引き上げ命令が出たら引き上げるよ。けど、安全が確認されたらすぐに戻ってくるから。少し寂しい思いをさせるけど、我慢してくれよ」
「こういうときこそ君に傍にいてほしかったんだけどな」
「はは。悪いな」
マーヴェリックは快活に笑うと、再び前線に戻っていった。
前線では犬の食い合いが続いている。
レーヴェ・カルテルは規模こそ大きくなったが、中の協調性が取れているとは言い難い。かつて殺し合っていた奴らと手を組むということに納得のいっていない人間もいる。そういう人間はヴォルフ・カルテルのネズミになったり、無許可離脱して、小さなギャングを形成したりする。
そして、その小さなギャングはドラッグを扱い始める。『オセロメー』がそうだったように人間をドラッグ袋にして、国境を越えさせ、ドラッグを“国民連合”に密輸して小銭を稼ぎ、その日その日を楽しく暮らす。
別にドラッグビジネスは大手でなければできないことではない。スノーホワイトは“連邦”中に溢れ返っている。それを精製するのも工場規模でやろうと思わなければ、個人や小さな規模の集団でも可能だ。
質こそ悪いが立派なドラッグになって、“国民連合”に密輸される。
そして、その儲けでギャングは次第に大きくなり、ドラッグカルテルになる。
そうさ。3大カルテルが2大カルテルになろうと、4大カルテルにろうと、5大カルテルになろうと、この世界からドラッグビジネスは失われたりはしない。全ては需要と供給の問題なのだ。需要がある限り、供給も続く。ただ、それだけの話だ。
それでもドラッグカルテルを必死に潰そうとして、それで勝利が得られると思っている麻薬取締局は滑稽だとアロイスは思った。
前線での殺し合いが続き、また民間人が犠牲になる。
だが、マスコミは報道しない。だんまりを決め込んでいる。
以前の『ジョーカー』との抗争の際にドラッグカルテルを批判したジャーナリストが殺されることが相次いだせいで、マスコミはドラッグカルテル問題など存在しないという態度を取るようになったのである。
それは賢い選択だとアロイスは思う。
自分たちの身の丈に合わないことをするべきではない。そんなことをしても何の意味もない。成果は実らず、リスクだけが付きまとう愚かな行為だ。そんなことはしない方がいいに決まっている。
ドラム缶でローストされた汚職警官の死体。首のない吊るされた死体。バラバラにされて街路樹にクリスマスツリーのように飾り付けられた死体。
死体。死体。死体。死体。クソ死体。
“連邦”だけが中世に逆戻りしたような野蛮さを取り戻していた。
「引き上げ命令が出た」
そして、マーヴェリックがそう言う。
「行くのか」
「ああ。少しの間だ。すぐに戻ってくる。安心しろよ」
マーヴェリックはそう言って“国民連合”に帰っていた。マリーはそのことに何も言わなかった。
後日、交代人員とやらが送られてきた。
バラバラの軍装をした12名の男たち。
「あんたらが交代要員か?」
「そうだ。シャドー・カンパニー。それ以上のことは話せないし、聞かないでくれ」
指揮官の男はそう言って、アロイスと握手した。
「これから暫くはあんたたちが助けてくれるんだな?」
「ああ。アカと手を結んでいるような連中は生かしちゃ置けない。それに政府はあんたたちによる秩序を望んでいる。任せておいてくれ」
「頼むとしよう」
またこれからも殺し、殺し、死体を作り続ける日々だなとアロイスは思った。
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