続く内戦
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──続く内戦
ライナーはフェリクスの思ったように行動した。
キュステ・カルテル暫定軍と新世代キュステ・カルテルを併呑し、巨大カルテルとなったライナーのレーヴェ・カルテルは反ヴォルフ・カルテルを掲げて、抗争を始めた。
ワイス・カルテルはヴォルフ・カルテルについたが、キュステ・カルテルのほとんどはライナーについた。
「始まったな」
「ああ。始まった」
クソみたいな内戦の続きだ。
「俺たちはこれでクソ野郎だ」
「そうだな」
そうとしか言いようがない。
自分たちの過ち。敵を追い詰めるために悪に手を染める。守るべき市民を顧みない行動。それはクソ野郎だとしか言えない。フェリクスはこれで正真正銘のクソ野郎だ。
「せめて、ライナーがアロイスと食い合ってくれるのを祈るしかない」
俺たちの望めるのはそれだけだとフェリクスが呟く。
キュステ・カルテルに対して捜査の全権を得ていたフェリクスは、キュステ・カルテルの3つの派閥のうち2つがレーヴェ・カルテルに併合され、そしてキュステ・カルテル同士の内戦がヴォルフ・カルテルとの抗争に発展したことから、権限が中断された。
今のフェリクスは以前と同じように限定的な権限しか持たない捜査官だ。
そのフェリクスが何をするのかと言えば、この混乱の隙にネズミを潜り込ませることに他ならない。それもヴォルフ・カルテルとレーヴェ・カルテルの両方に。
ヴィルヘルムの手を借りて、何名かの汚職警官を脅迫し、ヴォルフ・カルテルとレーヴェ・カルテルに参加させる。それからは金と引き換えに定期的に情報を持ってこさせる。幸い、ヴォルフ・カルテルとレーヴェ・カルテルの両方が衝突したことによって、どちらも人手を必要としており、潜り込ませるのはそう難しいことではなかった。
ヴォルフ・カルテルとレーヴェ・カルテルについてじわじわと事実が明らかになっていく。ヴォルフ・カルテルは兵器ブローカーと組んで、大規模な武器の売買を行っているということ。レーヴェ・カルテルはアカいドラッグ──共産ゲリラが取り扱っているドラッグと武器を売買しているということ。
しかしながら、ひとつだけ困ったことがある。
電話を盗聴されていることに気づいたライナーが電話をあまり使わなくなり、別の手段で部下たちとやり取りするようになったことだ。恐らくは妖精通信。それも昔のような大型のものではなく、個人が持ち運べるサイズに縮小された妖精通信を利用している。
大型の妖精通信機器と違い、中継局が必要になるが、ヴィルヘルムの部隊はそちらの方に関しての通信傍受の技術を持っていない。今、大急ぎで準備を行っているが、そもそも最初は『ジョーカー』の暴走を止めるため、次にキュステ・カルテルの内戦を止めるために投入された第800海兵コマンドには、これ以上ドラッグ戦争に関わる権限がなくなりつつある。
それでもヴィルヘルムがベストを尽くそうとしてくれていることにフェリクスたちはただただ感謝するのみである。
自分たちは彼の国がさらなる混乱に陥るように仕組んだと言うのに。
「提督には話さないのか?」
「必要になれば話す」
「そうか」
ヴィルヘルムに事実を伝えるべきか。自分たちがライナーを焚きつけてレーヴェ・カルテルを発足させ、ヴォルフ・カルテルにぶつけたという事実を話すべきか。それはまだ保留になっていた。伝えるべきか、伝えざるべきか、分からないのだ。
伝えれば責任を問われるだろう。もちろん、フェリクスたちはこの混乱の責任を取るつもりだ。レーヴェ・カルテルもヴォルフ・カルテルも壊滅させることによって。だが、そこに至るまでにヴィルヘルムの協力が得られなくなるのは問題だった。
だからと言って、隠しておいて、後でヴィルヘルムが自分で事実を見つけ出しても問題だ。その場合、両者の間に埋めがたい亀裂が生じるのは間違いないからだ。
「早く話しておくべきだと思うぞ。ヴァルター提督もきっと話せば分かってくれる」
「そうだな……。話しておくか……」
エッカルトの言葉にフェリクスが頷き、ヴィルヘルムの下に向かう。
「ヴァルター提督。今、よろしいでしょうか?」
「構わない。何事かね?」
ヴィルヘルムは何か不味いことが起きたと思ったらしい。
確かに不味いことは起きているので、それは間違いではない。
「我々がやったことについて話しておかなければならないと思いまして」
「君たちのやったこと、か?」
ヴィルヘルムはまだ何が起きたのか分かっていない。
話すべきだとフェリクスは思う。
「まず、今起きているヴォルフ・カルテルとレーヴェ・カルテルの抗争を引き起こしたのは我々です。我々がレーヴェ・カルテルのライナーを焚きつけ、反ヴォルフ・カルテルを掲げさせ、抗争に発展させました」
「なんだと。君たちが抗争を引き起こしたというのか? 麻薬取締局の捜査官である君たちの仕業だというのか?」
「ええ。そうです。最初は一本のテープからでした」
フェリクスが語る。
「ある情報提供者から受けた情報提供により新しい事実が明らかになりました。ヴォルフ・カルテルに以前内通者を忍び込ませて、ボスの写真を撮影しようとしたときです。その1回目に失敗したことは覚えておいでですね? 事故が起きたという」
「ああ。覚えている。だが、それと何の関係が?」
「あれは事故ではなかったのです。殺人だったのです。ヴォルフ・カルテル内の人間が同じヴォルフ・カルテル内の幹部を殺害したという殺人だったのです。殺されたのはライナーの家族でした。そのことを記録したテープを我々は手に入れたのです。そして、それからその情報をライナーに流した」
「そして、ライナーはヴォルフ・カルテルに激怒し、反乱を起こした」
「その通りです」
さあ、どう思います、ヴァルター提督。我々のことを信頼できない同盟者と見做しますか? それとも我々の目的について賛同がいただけますか?
「理解した。だが、事前の相談もなくやられたのは心外だな。せめて、ひと言ぐらい言ってほしかった。私は事実を知ったとしても、それを君たちがどうしようとしているか知ったとしても、止めはしなかった。ただ、備えただろう」
「申し訳ありません、ヴァルター提督。我々にとっても上手くいくか分からない作戦だったのです。不確かな情報をあなたにお伝えするのは気が引けたし、それにこの作戦で犠牲になるのはあなた方が守ると宣誓した“連邦”の市民ですから」
フェリクスは申し訳なさそうにそう言った。
「フェリクス、エッカルト。我々は同盟者だ。同じ目的のために動いている。それはドラッグ戦争を終わらせること。この無秩序に秩序をもたらすこと。君はそれとは逆の行為をした。少なくとも短期的には。だが、長期的にはふたつの勢力がぶつかり合うことによって、ドラッグカルテルは勢いを失うかもしれない」
ヴィルヘルムが語る。
「我々はもっとお互いを信じあうべきだ。そうしなければ、ドラッグカルテルには勝利できない。そうだろう?」
「ええ。そうです、ヴァルター提督。申し訳ありませんでした」
「構わない。君たちも君たちなりに考えたのだろうから。だが、これからは密接に連携していこう」
「ええ」
フェリクスとヴィルヘルムは同盟を新たにし、抗争に立ち向かう。
その先に勝利が待っていていると信じて。
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