プールに投げ込まれたナトリウム
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──プールに投げ込まれたナトリウム
フェリクスの提案はエッカルトを悩ませた。
「つまり、ライナーという子供を焚きつけて、ヴォルフ・カルテルにぶつけようと? 今の内戦に新しいチャレンジャーを投入するということか?」
「そういうことになる。ライナーがどのように組織を動かすかにもかかっているが、あまりいい結果にはならないだろう。少なくとも短期的には。だが、長期的に見れば、ヴォルフ・カルテルは打撃を受け、俺たちは本当のドラッグカルテルを叩ける」
「キュステ・カルテル暫定軍だって本物のドラッグカルテルだったさ」
エッカルトは愚痴るようにそう言った。
「やるしかないのか?」
「少なくともやると情報提供者には約束した。カールが司法取引を受けられなかったのも、俺たちの捜査に圧力が何度もかけられているのも、ヴォルフ・カルテルにいる“国民連合”政府内の内通者の仕業だ。そいつがある限り、俺たちは一生幻を追い続けることになる。分かるだろう?」
「確かに分かるが、しかし……」
「エッカルト。お前が参加しないなら、俺ひとりでやる。お前にまでこの犯罪的行為に手を貸せとは言わない。そんな無理強いはしない。だが、俺はやる。ヴォルフ・カルテルこそが、ギルバートを殺し、スヴェンを殺した本当の黒幕だ」
フェリクスはそう言い切って、オメガ作戦基地の割り当てられた部屋から出ようとする。後ろでダンッと机を叩く音が響いた。
「俺はあんたの相棒だぞ? 俺抜きでやる? 冗談を言うなよ。俺もやる。ああ、やってやるとも。このクソッタレな内戦が激化するとしてもやってやる」
エッカルトが唸りながらそう言い、ジャケットを羽織る。
「ボディアーマーが必要になる。武器は最低限。相手を刺激したくはない。あくまで俺たちはライナーに事実を伝えに行くだけだ。ライナーを逮捕するつもりも、ライナーがこれからやることを止めるつもりもない。だが、裁きのときがくれば、俺たちはライナーに裁きを受けさせることになる」
「ああ。無法者を野放しにはしない」
フェリクスはそう言い、ヴィルヘルムに会いに向かう。
「ヴァルター提督。ライナーの位置は特定できましたか?」
「それらしき人間は見つけた。だが、本当に君たちだけで向かうのか?」
「ええ。即応部隊だけ、準備をお願いします」
「我々は仲間だ。信頼してくれていいんだぞ」
「分かっています」
すみません、ヴァルター提督。我々はあなたの国をさらなる混乱に陥れるための取引に向かうんです。だから、あなた方の手を借りるわけにはいかないんです。
フェリクスは心の中でそう謝罪し、基地を出る。
「ライナーに会ったらまずなんていうつもりだ?」
「アロイスはお前を裏切っているという。率直に事実だけを告げる」
「いきなり撃たれないといいけどな」
「全くだな」
ライナーの居場所は港の港湾事務所だった。今は職員が逃げ出して無人になっている場所である。
ライナーの拠点にフェリクスたちの車が近づくと行く手をテクニカルが塞いだ。
そして、武装したカルテルの兵士たちがフェリクスたちに向かってくる。
「おい。この先に何のようだ?」
「ライナー・ナウヨックスに会いに来た。彼の父親の死について情報がある」
「ああ? お前、何者だ?」
「敵ではない」
「クソ。おい、誰かボスに客が来ていると伝えろ。ボスの親父さんの件について話があるっていう奴が来てるってな」
「了解」
ライナーの下に伝令が走り、フェリクスたちはテクニカルと武装した男たちに囲まれたまま待たされる。
「通せとのことです」
「よし。行っていいぞ」
それから15分ほどしてそう伝えられた。
「いよいよドラゴンの住処に突っ込むわけだ」
「そんな大げさなものじゃない」
真のドラゴンはヴォルフ・カルテルだ。ライナーなどトカゲに過ぎない。
フェリクスたちはテクニカルに先導されて進むと、港湾事務所の前で停まった。
「降りろ」
「それからボディチェックだ」
カルテルの人間がそう言って、車から降りたフェリクスたちを囲む。
「武器はひとつだけだ」
「そうみたいだな。いけ」
唯一の武器である魔導式拳銃を没収されて、フェリクスたちは港湾事務所の中に入る。事務所の中はカルテルの兵士たちがたむろしていて、暇そうにしている。時々電話に出ている人間がいる辺り、あそこら辺からヴィルヘルムは情報を得たのだろうと思われる。
「よう。あんたは誰だ、とまず聞かせてもらおうか」
ライナーは若い男だった。
こんな若い人間に東部を仕切るという重要な仕事を任せるのかと、フェリクスは思った。思いのほか、アロイスはライナーの家族の死について、責任を感じているのかもしれにない。だが、そのようなことは知ったことではない。
「フェリクス・ファウスト特別捜査官だ。共通の敵を持つ仲間だ」
「麻薬取締局か? あいにく、あんたと同じ敵なんていやしないよ」
「だが、親父さんを殺したのがアロイスだとすれば?」
そこでライナーの眉が動いた。
「畜生。どういうことだ? アロイスの兄貴は俺たちに地位を与えてくれた。それが親父を殺しただって?」
「そうだ。これを聞け」
フェリクスがテープを再生する。
テープを聞いているうちにライナーの表情が青ざめていき、それから赤くなっていった。そして、ガンとゴミ箱を蹴り飛ばす。
「クソ野郎! あのクソ野郎! あのクソあばずれ! クソ野郎どもめ!」
ライナーが叫ぶのに、部下たちが驚いて部屋にやってきた。
「おい。ヴォルフ・カルテルから監視について来た連中を今すぐ全員殺せ。ひとりも残さず殺しておけ」
「しかし、ボス」
「やれと言ったんだ!」
「りょ、了解!」
すぐに粛清が始まる。ライナーの部屋の外で銃声が響き始めた。
「クソ、クソ、クソ。フェリクス・ファウスト特別捜査官。あんたは確かに俺と共通の敵を持っているようだ」
「ああ。同意が得られて嬉しく思う」
「畜生め。あのクソ野郎」
ライナーは檻の中のクマのように部屋の中をうろうろする。
「俺に何を求める?」
「あんたがしたいようにすればいい。テープをアロイスの下に持っていて、心からの謝罪を求めてもいいし、何も言わずアロイスとヴォルフ・カルテルと抗争を始めてもいい。あんたの自由にすればいい」
「ずるいぞ、あんた。俺を焚きつけて、殺し合いをさせようってわけか?」
「そうするもしないも、あんたの自由だ、ライナー」
そうだ。お前の自由意志でアロイスとヴォルフ・カルテルと戦え。
「俺に伝えたかったのはこれだけか? 他には?」
「暫くの間、あんたを捜査対象から外す。俺たちの共通の敵であるアロイスを倒すためだ。そのためならば、暫くの間はあんたを見逃してやっておいてもいい。だが、あんたが馬鹿正直にテープをアロイスのところに持って行っても、そして殺されても、俺たちは何もしてやれないからな」
「分かってる。そんな間抜けなことはしない」
正しく行動しろよ、ライナー。あんたが行動をミスって損をするのはあんただけじゃない。俺たちも同じだ。
「ヴォルフ・カルテル相手に戦う。反ヴォルフ・カルテル連合を結成する。それでも構わないか、フェリクス・ファウスト特別捜査官?」
「好きにしてくれ」
そして、アロイスの野郎を血祭に上げてくれ。
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