猟犬と裏切者
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──猟犬と裏切者
アロイスとライナーの会談が行われる数か月前。
まだレーヴェ・カルテルが発足して、反乱を起こす以前。
“連邦”で分裂したキュステ・カルテルを相手に捜査を行っていたフェリクスの下に情報が届いた。それはキュステ・カルテルの3つに分裂した派閥の情報ではなく、新生シュヴァルツ・カルテルの情報であった。
正確に言えば、新生シュヴァルツ・カルテルから麻薬取締局に対しての情報提供の申し出であった。そう、新生シュヴァルツ・カルテルの誰かがカルテルを裏切ろうとしていたのだ。
「どう思う、エッカルト」
「7割で罠だ。もしかすると当たりかもしれないが、そんなリスクを犯す必要があるか? 俺たちは既にキュステ・カルテル暫定軍の件で本局から睨まれているんだぜ」
キュステ・カルテル暫定軍の件は失敗だった。
フェリクスの行動はキュステ・カルテルの内戦を終結させるどころか、複雑化させてしまった。もはや、派閥はいくつあるのか分からない。
この内戦を終わらせるのはもはやフェリクスたちには不可能なのではという意見が出始めている。もし、この内戦終結に失敗すれば、フェリクスは議会で吊るし首にされないにせよ、あまりいい評価は得られないだろう。
今はどんな些細な情報でも欲しかった。
「一応、調べてみる。まあ、新生シュヴァルツ・カルテルは今のところ、主要カルテルとは言えないが」
ドミニクの時代に栄華を誇ったシュヴァルツ・カルテルも今は衰退した。
事実上のヴォルフ・カルテルの下部組織とフェリクスは見ている。エリーヒルの本局の分析官たちは違う意見を持っているが、フェリクスはもうシュヴァルツ・カルテルを重視していない。既にスヴェンの仇は取った。
だが、ドラッグカルテルにはドラッグカルテル同士の繋がりがある。新生シュヴァルツ・カルテルの裏切者が、他のカルテルに繋がる情報を全く持っていないとも言えない。
実際に会ってみて確かめるしかない。
「接触方法は指示してあるのか?」
「ああ。こちらはふたり、向こうはひとりで来る。場所はシュヴァルツ・カルテルの縄張りだが、都市部を外れた農村だ。どう思う?」
「罠臭いな。一応、ヴァルター提督に伝えて即応部隊を待機させておいてもらうべきだろう。俺も魔導式自動小銃を準備しておく」
「分かった」
フェリクスはヴィルヘルムに即応部隊の準備を要請した。ヴィルヘルムはそのような危険を犯す必要があるのか? と言いながらも、フェリクスの求めに応じて2個小隊の即応部隊を編成してくれた。
そして、エッカルトはトランクに魔導式自動小銃、ダッシュボードに魔導式短機関銃を準備して、カートリッジも十二分に用意し、出発の準備を整えた。
「いつでも行けるぜ」
「では、行くとするか」
待っているのは情報にせよ、罠にせよ、確かめてみるべきだ。
フェリクスは少しでも捜査を進めたかった。
今ならばどうして麻薬取締局本局と戦略諜報省がフェリクスにキュステ・カルテルの内戦に関する全面的な捜査権限を渡したのか分かる。それが失敗するだろうということを予想していたからだ。
キュステ・カルテルの内戦はあまりに激しく、かつ複雑で、簡単には解決できないものであった。恐らくは内戦は今後十数年に渡って激化こそせずともくすぶり続けるだろう。完全に鎮火することは不可能だ。
そうだと分かっていたからこそ、フェリクスが邪魔な戦略諜報省はこの仕事をフェリクスに押し付けたのだ。フェリクスならば絶対に断らないだろうという予想も含めて。今思えばいいようにやられたものだ。
だが、フェリクスはそうそう簡単に諦める人間ではない。
フェリクスはキュステ・カルテルの内戦に対応しつつも、他のドラッグカルテル──というよりも、ヴォルフ・カルテルに打撃を与えるつもりだった。
ヴォルフ・カルテルこそ、一連の惨劇の原因だ。惨劇の背後には常にヴォルフ・カルテルがいる。フェリクスはそう考えていたし、その考えは間違いではなかった。
他のドラッグカルテルを潰してもドラッグ戦争は終わらない。ヴォルフ・カルテルが野放しである限り、ドラッグの“国民連合”への流入は続き、戦争は続くのである。不毛な、勝者がいるかどうかも分からないドラッグ戦争が。
フェリクスはだからこそ情報が欲しい。ヴォルフ・カルテルに関する情報が欲しい。キュステ・カルテルの内戦を終わらせるための情報でもいい。今はとにかく情報が必要だった。麻薬取締局から渡された捜査権限を以てしても情報は不足していた。
「そろそろつくぞ」
「いざ」
フェリクスとエッカルトがSUVを降りて、指定された農村の家の扉を叩く。
「はい。どなたさんでございましょうか?」
フェリクスはいろんな意味で驚いた。出てきたのはドラッグカルテルとは本当に全く関係なさそうな地方の農村に暮らしているだろう老人だったのだ。半そでのシャツにから見える肌には入れ墨もないし、ゴールドアクセサリーもない。
「ここに情報提供者がいると聞いて来たのだが。その、シュヴァルツ・カルテルの」
「ああ。あの人のお客さんね。中で待ってるよ。入って、入って」
まるで麻薬取締局とドラッグカルテルの人間が会うとは思えないような声色で、老人がフェリクスたちを家の中に招き入れようとする。
「エッカルト。お前は外で待っててくれ」
「了解」
いざというときはエッカルトがトランクとダッシュボードに入れた銃火器が頼りだ。
それからヴィルヘルムに即応部隊を要請するための妖精通信機。
本当に不味いことになったら即応部隊を呼んで、脱出させてもらわなければならない。そのためにはエッカルトが車にいる必要がある。
「お客さん。お待ちの人が来たみたいだよ」
老人がそう言って、スノーエルフとサウスエルフの混血の男を紹介する。
「初めまして、フェリクス・ファウスト特別捜査官」
「あんたは?」
「失礼。私はジークベルト・シェレンベルク。新生シュヴァルツ・カルテルのボスだ」
「……こいつは驚いた。思わぬ大物だな」
「驚いただろう?」
ジークベルトはにやりと笑う。
「情報提供という話だったが司法取引を望んでいるのか?」
「それもある。私は哀れなカールのように、豚のように殺されたくはない。我々の共通の敵が誰だか分かるか、フェリクス・ファウスト特別捜査官?」
「分からないな。俺の敵はお前たちドラッグカルテルだ」
フェリクスは冷たくそう返した。
「そうだ。あんたの敵はドラッグカルテルだ。だが、あんたは今のところ、生贄に捧げられたカルテルのボスしか逮捕できていない。誰が生贄を準備しているか分かるか? 誰があんたがドラッグカルテルのボスを逮捕することで得をしているか分かるか?」
「誰かが意図的にドラッグカルテルのボスを逮捕させていると?」
「そう、麻薬取締局に適度に花を持たせつつ、自分たちには塁が及ばないようにしている人間がいる。調整しているんだ。カールを逮捕したときのように。オスカー・オーレンドルフを逮捕したときのように」
「それは誰だ?」
フェリクスが尋ねる。
「ヴォルフ・カルテル。厳密にいえば、そのボスであるアロイス・フォン・ネテスハイムだ」
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