会談の設定
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──会談の設定
問題はどこまでこの抗争を続けるかだった。
密輸ネットワークは潰したとは言えど、未だに一大勢力を形成しているレーヴェ・カルテルと彼らが完全に潰れるまで戦うのか。それともどこかで和解して、かつてのキュステ・カルテルの地位にレーヴェ・カルテルを据えるのか。
ライナーはギュンターのようなイカレ野郎ではない。どういう経緯で事件が起きたかを話せばある程度は納得するだろう。納得しなければ、マーヴェリックに個人的な恨みを持っているライナーだけを暗殺して、首を挿げ替えるという手もあった。
いずれにせよ、ライナーの考え次第だ。
ライナーの意見が聞きたい。彼がこの抗争の結果として何を求めているのかを。
「ライナーと会談の場を持ちたいと思っている」
幹部たちを前にアロイスがそう宣言した。
「ライナーとですか? 絶対に応じませんよ」
「どうしてだ? 奴が言っている俺たちがノルベルトたちを殺したという話を信じているのか? そういうことなのか?」
「い、いいえ、ボス。ただ、ライナーは酷く用心深いです。会談が死刑執行の場になることも考慮しているでしょう」
実際のところ、幹部たちのほとんどはアロイスの狙いはそれだと思っていた。
「そうだ。ライナーは慎重な男だ。だが、一度奴の意見を聞いておきたい。当初の目的はレーヴェ・カルテルの完全殲滅だったが、それはあまりに長い道のりになる、“連邦”政府は一刻も早い戦争終結を願っている。俺たちがそれに応えれば向こうも喜ぶだろう」
そして、“連邦”政府は完全にヴォルフ・カルテル側につくのだ。
「もし、レーヴェ・カルテルを壊滅させようとしてライナーを暗殺した場合、またキュステ・カルテルの残党どもが分裂して殺し合う可能性もある。そうならない可能性もあるが。少なくともすぐに新しい首を据えれば、分裂は避けられる可能性がある」
アロイスが淡々と話す。
「だが、できればライナーの手腕を買いたい。奴は3つに分裂したキュステ・カルテルのうち、2つを併合した。奴には才能がある。その才能を敵とは言えど、殺してしまうというのは少しばかりもったいない」
確かにライナーは優秀なトップとして君臨している。アロイスよりも若いにもかかわらず、分裂し、殺し合っていたキュステ・カルテルの2つの派閥を1つにしたのだ。
その手腕を失うのは惜しい。特にライナーのヴォルフ・カルテルと対立する理由が、利益の問題ではなく、個人的な恨みという解決可能な代物である場合においては。
もちろん、交渉が決裂すればアロイスはレーヴェ・カルテルを八つ裂きにして、当初の計画通り東部一帯を制圧するだろう。そして、ヴォルフ・カルテルによる平和をもたらす。ヴォルフ・カルテルによる平和は最大の保険となるに違いない。
しかし、まずはレーヴェ・カルテル問題をどうにかしなければならない。レーヴェ・カルテルがヴォルフ・カルテルに敵対的な限り、ヴォルフ・カルテルによる平和は訪れない。レーヴェ・カルテルを解体するか、あるいはレーヴェ・カルテルを懐柔するか。どちらかの方法かで、アロイスはレーヴェ・カルテルの反乱を鎮圧しなければならない。
「会談の方法だが中立地帯でのセッティングを行おうと思う。西南大陸のどこかの国で、お互いに警備を連れて、睨み合いになるが万が一の場合に備えられる体勢で望みたい。ヨハン、段取りを任せていいか?」
「畏まりました、ボス」
ヨハンが頷く。
「進捗は随時報告してくれ。なるべく早い会談の実現を祈っている」
アロイスはそう告げて幹部との会合を終えた。
「ライナーの坊ちゃんと会うんだって?」
「ああ。奴の出方を窺いたい。それにレーヴェ・カルテルが決定的に“連邦”に不利益をもたらすと分からなければ、“国民連合”が約束をふいにする可能性がある」
レーヴェ・カルテルがヴォルフ・カルテルの対立カルテルとして確たる地位を築いた場合、“国民連合”がそれを利用しないという保証はなかった。
アロイスが抗争鎮圧と引き換えに“国民連合から譲歩を引き出したように、“国民連合”もまたレーヴェ・カルテルとの対立を利用してヴォルフ・カルテルから譲歩を引き出す可能性があったのだ。
それは困る。取引の主導権は自分たちが握っておきたい。
だからこそ、レーヴェ・カルテルが“連邦”政府にとってキュステ・カルテルの残党よろしく有害であることを確認しておく必要がある。
もし、それができない場合はレーヴェ・カルテルをヴォルフ・カルテルの傘下に入るように工作するか、レーヴェ・カルテルが“国民連合”と接触する前に殲滅してしまうしかないのである。
レーヴェ・カルテルは恐らくトップであるライナーがいなくなれば分裂する。元は殺し合っていたふたつの派閥をひとつにくっつけたのだ。問題が起きない方がどうかしているというもの。ライナーが指導力を発揮して、ヴォルフ・カルテルを共通の敵として纏まっている間はいいが、ライナーがいなくなり、ヴォルフ・カルテルが内部分裂を工作したら、瞬く間に空中分解するだろう。
後は当初の予定通り、キュステ・カルテルの残党を掃討し、ライナーとは別の人間を立てて、東部を征服する。また東部の港が使えるようになれば、東大陸のパイプラインの流れはスムーズになる。
「上手くいくかね。相手が会談に応じないに500ドゥカートかけるよ」
「問題は君にもあるんだからな、マーヴェリック。君がノルベルト一家を焼き殺したりするからこんなことになったんだ」
「そいつは申し訳ない」
「全く」
これからどう動くかによって、ヴォルフ・カルテルの将来は大きく左右される。生き残りたければ最善を選択しろ、アロイス。最善を、だ。決してベターな選択肢を選ぶな。ベストな選択肢を選べ。
アロイスは自分にそう言い聞かせて、戦争の推移を見守る。
レーヴェ・カルテルは資金源が一時的に断たれたにもかかわらず、攻勢に出続けている。連中のテクニカルや装甲車がヴォルフ・カルテルの支配地域を攻撃をする。
これに対して『ツェット』が機動部隊として応戦し、対戦車ミサイルから最近導入した対物狙撃銃まで使って敵のテクニカルや装甲車を撃破している。
全く以て内戦とはいただけないとアロイスは思う。
自分たちがキュステ・カルテルに『ジョーカー』と戦うために供与した武器が、自分たちの方に銃口を向けてくるのだ。全く以て愉快ではない。
ここ最近ではヴォルフ・カルテルの売人を捕まえて、そいつらを装甲車に結び付けた対戦車ロケット対策をレーヴェ・カルテルまで行うようになっている。自分たちが鳥籠で対策しているのは、“国民連合”には人道的に見えるといいのだがとアロイスは思う。
ヨハンから会談の準備ができたとの連絡が入ったのはアロイスが会談の準備を命じてから14日後。そして、それが麻薬取締局の介入の疑いがあるということで中止になったのはそれから2日後のことだった。
麻薬取締局はアロイスの考えを上回る行動力を見せつつある。
もっと厳密にいえばフェリクス・ファウストが。
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