表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

250/357

秩序の担い手

……………………


 ──秩序の担い手



 もはや誰と誰が戦っているのかすら分からない状況に陥っちまった。


 アロイスはそう感じる。


 新世代キュステ・カルテルは相変わらず全方位に攻撃をしかけている。ワイス・カルテルは応戦だけに留め、ドラッグカルテルとしての本業に復帰しつつあった。すなわちドラッグを密輸・密売するということを重視する方向性に。キュステ・カルテル暫定軍の残党はそれぞれが好き勝手な行動を取っており、混乱に拍車をかけていた。


 とにかく、混乱だけがそこにあり、混乱が混乱を呼んでいる。


 この間の抗争──『ジョーカー』との抗争の比ではない数の民間人の死傷者が生じ、“連邦”政府も“国民連合”からかけられる早期終結への圧力に耐えられなくなりつつあった。そして、彼らは助けを求めた。


「つまり、我々に国連平和維持軍のようなことをしろと?」


『その通りだ、ミスター・アロイス。“連邦”政府が我々に泣きついた。彼らは“国民連合”の地上軍の派遣まで要請している。だが、流石にそれは無理だ。その代わりにドラッグカルテルでもいいので、今の混乱を収拾し、“連邦”に平和を、と』


「“連邦”政府はそれに納得したんですね?」


『“連邦”政府も我々の政府も表立っては宣言できないが、混乱の収拾にはあなた方の力が必要だと考えている。必要なものはなんでも与えるし、麻薬取締局への圧力もかけよう。もはや麻薬取締局はこの内戦において、混乱を振りまくことしかしていない』


 キュステ・カルテル暫定軍のボス──オスカー・オーレンドルフの逮捕は悪手だったなとアロイスも思う。オスカー・オーレンドルフが逮捕されたことにより最大派閥だったキュステ・カルテル暫定軍は分裂し、混乱に拍車がかかったのだ。


「我々は多くは求めません。ただ、麻薬取締局を遠ざけていただければ結構。新世代キュステ・カルテルも、ワイス・カルテルも、キュステ・カルテル暫定軍の残党も平定して見せましょう。ただし、確かな約束が欲しい。麻薬取締局はヴォルフ・カルテルを捜査目標にしないとの約束が」


『政府の最高レベルから麻薬取締局に圧力をかけよう。約束する』


「それは結構。こちらも混乱の平定にかかりましょう」


 アロイスはそれからふた言ばかり話して、電話を切った。


「やったぞ。“国民連合”はヴォルフ・カルテルによる平和に同意した」


 アロイスが嬉しそうにそう宣言する。


「それはいいことなのか?」


「もちろんだ。俺たちが文字通りの秩序になるんだ」


 マーヴェリックが退屈そうに尋ねるとアロイスはそう返す。


「“連邦”政府はさじを投げた。そして、治安回復から何まで俺たちに任せることにした。“国民連合”はこれで俺たちに手出しできない。もし、下手に秩序を作り、握っている俺たちを潰せば、大混乱が生じるからだ」


 まさに最大級のデッドマンスイッチだとアロイスは言う。


 そう、ヴォルフ・カルテルが秩序を担うのであれば、ヴォルフ・カルテルの崩壊は秩序の崩壊を意味する。秩序の維持を望むのであれば、“連邦”政府も“国民連合”政府も、ヴォルフ・カルテルに手出しできない。


「早速だが、キュステ・カルテルの連中を潰すぞ。まずは新世代キュステ・カルテルからだ。こいつらを完膚なきまでに叩き潰し、それからワイス・カルテル、『オセロメー』、キュステ・カルテル暫定軍の残党だ」


 アロイスは嬉々としてそう宣言する。


「キュステ・カルテル暫定軍の残党は恭順するならば、ライナーのカルテルに組み込んでもいい。だが、新世代キュステ・カルテルとワイス・カルテルは潰すぞ。新世代キュステ・カルテルは俺たちの顔に泥を塗ってくれたし、ワイス・カルテルはあの『ジョーカー』の残党とつるんでいる。決して容認できない」


「東部一帯を全ていただくの?」


「いや。表向きはライナーがやる。だが、実際に秩序を維持するのは俺たちだ。俺たちが警官に給料を払い、軍警察に給料を払い、混乱に拍車をかけるカルテルのボスどもを暗殺して回る」


 珍しくマリーが尋ねるのに、アロイスはそう返した。


「いずれにせよ、俺たちは安定を手にする。安定だ。俺たちを潰せば、あっという間に“連邦”が前の状況に逆戻りすることを“連邦”と“国民連合”の両政府に知っておいてもらう。最強のデッドマンスイッチがあることを、知っておいてもらう」


「ライナーの坊やはお飾りのボスになることに納得してるのか?」


「奴に決定権はない。俺が求めるならば、奴はやらなければならない。ライナーはあくまで部下だ。奴が東部一帯を支配しようとも、実際に支配しているのはこの俺であり、ライナーは俺の下で東部統治を行うことになる。確かにお飾りだ。だが、お飾り以上の立場を求められるほど奴の地位は高くないし、権力も持っていない」


 権力は暴力と金によって構築される。


 ライナーは暴力を有さないし、金も有さない。ライナーに権力はない。


 権力がなければ何かを要求することはできない。ライナーは結局のところ、アロイスの下でお飾りのボスをやるしかないのである。


 何度も荒れた東部がこれ以上荒れることを望まないアロイスは東部をコントロールしようとするだろう。ブラッドフォードとも、これ以上“連邦”が混乱に落ちないようにとの約束をしている。


 ライナーにそれが可能か? いいや、不可能だ。


 アロイスはブラッドフォードとの約束を果たすためにも東部を制御下におく。


「哀れなライナーの坊や。せっかくデカい仕事を任せてもらえると思ったのに、やることはお飾りの王様をやるだけなんて。哀れすぎて泣けてくるよ」


「奴のために泣いてやる必要なんてない。そもそも奴がこういう立場になったのは君らのせいだぜ、マーヴェリック。それなのに俺の決定にどうこう言わないでくれ」


「はいはい。あんたが本当の皇帝だ」


 マーヴェリックは肩をすくめるとそう言った。


「何はともあれ、掃討戦開始だ。敵の狙うべきターゲットは分かっている。武器弾薬、幹部、ボス。これらさえ撃破できていれば、敵は有象無象のチンピラ集団に成り果てる。君たちには持ってこいの任務だ」


「そうだね。『ツェット』は攻撃に使ってこそだ。防衛任務に使うにはコストが高い」


「頼むよ、マーヴェリック。ヴォルフ・カルテルの平和だ。ヴォルフ・カルテルによる平和だ。それが必要とされている。そして、それさえあれば俺たちは免罪符を手に入れられるんだ。最強のデッドマンスイッチによって」


 “連邦”市民を人質にしたデッドマンスイッチ。


 アロイスが死ねば、ヴォルフ・カルテルすらも分裂し、“連邦”は一斉に大混乱に襲われる。後継者争いのための殺戮の嵐が吹き荒れ、もはや『ジョーカー』との抗争が子供のお遊びだと思うような惨劇が繰り広げられるだろう。


 どうだ? それでも俺を殺せるか、フェリクス・ファウスト捜査官?


 アロイスは最高の気分だった。


 これぞ生存権だ。自らの生存権は自らで勝ち取らなければならない。アロイスは今まさに自らの生存権を勝ち取ろうとしているのだ。


「では。平定開始だ。最初の目標は新世代キュステ・カルテル。奴らを止める」


……………………

面白いと思っていただけたらブクマ・評価・励ましの感想などお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新連載連載中です! 「西海岸の犬ども ~テンプレ失敗から始まるマフィアとの生活~」 応援よろしくおねがいします!
― 新着の感想 ―
[一言] ヴォルフ・カルテルによる安定! これで誰もアロイスには手が出せ⋯⋯狂犬フェリクスなら殺りそうだけど。 アロイスの外道が何処までフェリクスを追い込んだか次第かなあ
[一言] 上手く平定できるかな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ