鉄砲玉
本日1回目の更新です。
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──鉄砲玉
アロイスは今は卒論の作成で忙しい。
だからと言って、それを考慮してくれるほど、ドラッグビジネスは甘くはない。
ヴィクトルから何度も電話が来た。
汚職警官たちを使っても州警察と麻薬取締局の共同捜査の様子は見えてこないと。
それでもアロイスは備えろと言った。
あのフェリクスという男はたとえ州警察の協力がなくとも捜査を進めるだろう。あの男にはそれだけの根性と執念深さがある。アロイスはそう思っていた。
事態が進展したのは冬だった。
汚職警官と売人を使って尾行したところ、フェリクスは州警察の麻薬取締課の課長であるギルバート・ゴールウェイ警視と会っているというところを目撃したという。
『お前の言う通りだった。麻薬取締局の野郎は州警察と密かに組んでる。警察署の騒動はただの芝居だった。目的は何だと思う?』
「連中がレニに目を付けるのは間違いない。レニ都市警察は中央の捜査機関には協力しないだろう。だが、ギルバートという州警察の男は何かしらのコネを持っているかもしれない。それが問題だ」
ギルバートがギャングについて本格的に調べ始め、レニにまでその手が及べばブロークンスカルの立場も怪しくなってくる。
「フェリクスとギルバート。そいつらがそっちに手を伸ばしている。そちらの関与が分からないように両名を消すことは可能か?」
『手を汚さずに警官を消すのか。難しいが、不可能じゃない。ヤク中をけしかけて、通り魔的犯行に見せかけて殺すことは可能だ』
「では、その手で行こう。最優先はギルバートだ。奴が持っている情報がフェリクスに渡るのは阻止しなければならない。遅くなればそちらがドラッグを扱っているという嫌疑がかけられ、レニ都市警察も動くだろう」
『分かった。始末しよう。ヘマはしない。裏切らないだ』
「ああ。ヘマはしない。裏切らない」
アロイスはそう言って電話を切った。
ギャングについて具体的に調べられれば、ブロークンスカルは最有力容疑者として浮上するだろう。彼らほど組織的なギャングもおらず、抗争を控え、必要なときだけ暴力を行使している。
ドラッグカルテルが最大の取引先に選ぶのも間違いないと思われるギャングだ。
これまでのようにちゃちなギャングと小規模な取引をしているのとは訳が違う。麻薬取締局も州警察も、捜査には気合を入れてくるはずだ。
いや、違う。
捜査に力を入れるのはフェリクスとギルバートだ。麻薬取締局と州警察という組織にいながら単独で連中は捜査を進めているのだ。フェリクスとしては何らおかしなことではない。奴は昔からドラッグビジネスを追い詰めるためならば何だろうとやった。
だが、今危険なのはフェリクスではない。ギルバートだ。
彼は州警察の有するギャングのデータを閲覧できる立場にあるだろう。そして、その中からゆっくりと絞り込んでいけば、ブロークンスカルまで辿り着ける。
アロイスは金を生む鶏であるアロイス=ヴィクトル・ネットワークを守り抜きたかった。今のアロイスではハインリヒの間違いを止められない。ハインリヒの間違いを正すには権力が必要になってくる。金と暴力で構築される権力が。
「フェリクスを今殺しても意味はない。ギルバートを消さなければ」
そう分っていてもアロイスには焦りがあった。
「州警察でフェリクスに協力しているのはギルバートだけだろう。州警察の記録閲覧もレニ都市警察都の関係もギルバートに頼っているはずだ」
フェリクスとギルバートはアロイスと同じ理由でブロークンスカルをマークするようになるだろう。信頼のおける取引相手。大規模な取引を可能にする資金力。ヘマをしない構成員たち。慎重な性格のヴィクトル。
ただ、レニ都市警察は州警察には協力することを渋ると思われる。あそこは自由都市なのだ。税制も、法律も、政治も何もかもが独立している。中央政府の捜査機関はおろか、州警察が介入することも好ましく思うまい。
ブロークンスカルはレニの外でも活動していたが、本拠地はレニだ。ギャングを洗っていっても、ブロークンスカルに辿り着くまではなかなか難しいはずだ。
いや、難しいからこそ疑われるのではないか?
他のギャングはブロークンスカルと同規模で、それほど逮捕歴がなく、組織だっているとしてもレニに拠点を構えているものは少ない。
フェリクスとギルバートはどうしてこれまでギャングをいくら捕まえても、スノーパールの出どころが分からなかったかを考えるだろう。そして、ギャングの記録を調べる。候補はひとつずつ消えていき、いくつかのギャングが残る。
その中でもこれまで捜査の網に一度も引っかからなかったブロークンスカルは健全過ぎて逆に怪しまれるのではないかという思いがアロイスにはあった。
これからやることは下手をすると“国民連合”を敵に回す。中央政府の捜査官と州警察の刑事が殺されれば、間違いなく“国民連合”は取り締まりを強化するだろう。それがギャングによる、それもドラッグを扱っているギャングによるものだと分かれば。
ヘマはしない。裏切らない。
ヴィクトルたちが上手くやってくれることを祈るばかりだ。
だが、これでいいのか?
1度目の人生ではこんな危険な賭けをするのはもっと先の話だった。アロイスはまだ身分的には19歳の学生なのだ。それが中央政府の捜査官と州警察の刑事の暗殺を企てる? 危険すぎて言葉も出ない。
それでもアロイスは迷うことなくフェリクスとギルバートを消すことをヴィクトルに依頼した。彼が殺せと言ったのだ。ヴィクトルではなくアロイスが。
全く以て自分は本当にドラッグビジネスに向いてるではないか、クソッタレなドラッグカルテルのボスたちと同じだ。すぐに暴力で解決することを試みる。殺して、拷問して、晒して、暴力によって部下を、市民を、警察を従わせる。
ギルバートは死ぬだろう。彼には家族はいるのだろうかと思う。いるのならば家族ごと皆殺しにしてほしいとアロイスは思った。ヤク中がギルバートだけを狙えば、それは暗殺だが、家族も殺せば通り魔だ。
銃犯罪は“国民連合”の病巣だ。銃火器メーカのロビイストが銃規制に反対する。今の反共保守派の大統領も銃規制には後ろ向きだ。
車から魔導式短機関銃を乱射してフェリクスとギルバートを始末する。よくある銃乱射事件として処理される。それが望ましかった。
暗殺と思われては困るのだ。
アパートメントのチャイムが鳴ったのはそんなときだった。
「やあ、マーヴェリック」
「よう。また遊びに来た」
マーヴェリックはそう言って赤ワインの瓶を掲げる。
「入ってくれ。何か頼むかい?」
「東方料理を頼もうか」
「珍しいね」
「気分転換は必要だろ?」
そうとも気分転換は必要だ。
“国民連合”でふたりの人間がアロイスの指示で死のうとしているときでも、ワインと東方料理を気の合うガールフレンドと味わうのは重要な気分転換だ。
アロイスはそう思いながら電話で東方料理のデリバリーを頼んだ。
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