制御不能
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──制御不能
ヴォルフ・カルテルの所有するナイトクラブが爆破されたとの情報がアロイスの下に入ったのは夜中の3時過ぎのことだった。
「確かなのか?」
『間違いありません。新世代キュステ・カルテルの連中です』
逃げていく車が防犯カメラに撮影されており、そこに映っていた人間から犯行はアロイスたちが見捨てた新世代キュステ・カルテルによるものだということが分かった。
「新世代キュステ・カルテル。これまでの恩を忘れやがって」
とは言え、アロイスたちが一方的に彼らを見捨てたことも事実だ。
その報復がついに始まったのである。
もはや、新世代キュステ・カルテルは補給を断たれ、大規模な戦闘は不可能だった。できるのは小規模なゲリラ戦のみ。それではキュステ・カルテル同士が食らい合う、この内戦で決定的な勝利は収められない。
だから、彼らは自棄になっていた。
無差別な攻撃。ワイス・カルテルも、キュステ・カルテル暫定軍の残党も、そしてヴォルフ・カルテルも同様に攻撃する。ナイトクラブを爆破し、売人を殺し、汚職警官をリンチし、暴れまわる。
既に組織の壊滅を悟って、道連れを増やしてやると決意した新世代キュステ・カルテルは厄介なことこの上なかった。彼らはドラッグを派手にキメ、本能のままに暴れまわる。
テクニカルがヴォルフ・カルテルの縄張りにも入ってきて銃弾をばら撒き、レストランに手榴弾が投げ込まれ、ホテルには迫撃砲が叩き込まれる。
ヴォルフ・カルテルは『ツェット』を中核とした対処部隊で応戦しているが、相手がゲリラ戦に出ているのは面倒だった。『ツェット』は1個中隊と決して大きな部隊ではない。そしてゲリラ戦で勝利するには、大規模な部隊を動員し、敵ゲリラを包囲し、殲滅するのがセオリーである。
つまり、この任務は『ツェット』には向いていないのだ。
「方針を変えよう」
アロイスは暴走状態の新世代キュステ・カルテルに対抗するために、彼らの攻撃をただ阻止することを試みるのをやめることにした。
「こちらから攻撃をしかける」
そう、アロイスたちヴォルフ・カルテルの側から攻撃を仕掛けるのだ。
「麻薬取締局が分裂したキュステ・カルテルを潰すのにどういう順番をつけているのかは分からない。だが、新世代キュステ・カルテルにまで捜査の手は及んでいない。麻薬取締局に新世代キュステ・カルテルをくれてやってもいいが、まずは攻撃をやめさせなければならない。そうしないと麻薬取締局の捜査の手が我々にまで及ぶ可能性がある」
そうなれば最悪だとアロイスは思う。
せっかく麻薬取締局の注意をキュステ・カルテルの内戦に向けさせているのに、ここにきてヴォルフ・カルテルがそれに巻き込まれるのはごめん被る。
キュステ・カルテルの内戦はいつかは終わる。既にライナーが現地のギャングたちを纏め始め、勢力を作りつつある。そのことに麻薬取締局は気づいていない。キュステ・カルテル暫定軍の崩壊によって生じた混乱により、覆い隠されている。
だからこそ、アロイスたちは麻薬取締局の注意を引くわけにはいかないのだ。麻薬取締局の捜査能力がどの程度かは分からないが、あのフェリクス・ファウストが捜査に当たっているという。あいつは危険だ。アロイスはそう思う。
麻薬取締局の注意をワイス・カルテルや新世代キュステ・カルテルに向けさせながら、混乱で生じたどさくさに紛れて、東部を制圧する新しい組織を立ち上げる。ライナーが指揮するカルテルだ。
そのためにも新世代キュステ・カルテルを黙らせなければ。
「連中の物資に攻撃を仕掛ける。それが第一段階。この時点で攻撃が止まれば、万々歳。それ以上の行動は必要なくなる。だが、もしそれでも攻撃が続いた場合、幹部をひとりずつ暗殺していく。幸いにして麻薬取締局と違ってこっちは新世代キュステ・カルテルのことをよく知っている」
奴らがどこを拠点にしているのか。奴らのボスが誰なのか。
「強襲し、暗殺し、こちらに手を出すことの意味を教育してやる。最悪の場合は麻薬取締局にザシャの身柄を引き渡す」
自分たちが王位に据えた男を麻薬取締局に売る。
それはとてつもない裏切りだと分かっていながら、アロイスはそれを実行するのだ。
「以上だ。何か意見は?」
アロイスが幹部たちに尋ねる。
「よろしいかと」
「そうするべきでしょう」
幹部たちは揃って同意する。
「ならば、『ツェット』を動かすぞ。マーヴェリック、行けるか?」
「行けるぜ」
「なら、頼んだ。まずは物資の破壊からだ」
「了解」
そして、この内戦に再びヴォルフ・カルテルが介入する。
ヴォルフ・カルテルはまず新世代キュステ・カルテルの弾薬庫を狙った。以前から武器弾薬の貯蔵に使われていた倉庫が目標だった。
そこに『ツェット』の1個分隊が輸送ヘリとガンシップ化した汎用ヘリでヘリボーンを仕掛ける。ヘリは倉庫に低空飛行で迫る。
当然ながら、倉庫の付近には警備が付いている。テクニカルが数台と兵士2個小隊が配置についていた。だが、対空ミサイルの類はない。アロイスたちはその手の武器を供与しなかった。
『ツェット・ゼロ・ワンからフェアリー・ゼロ・ワン。全兵装使用自由! 撃ちまくれ! 叩きのめせ!』
『フェアリー・ゼロ・ワン。了解』
ガンシップ化した汎用ヘリが地上への掃射を開始する。
テクニカルがガトリングガンやロケット弾で破壊され、地上が炎に染まる。ガソリンが燃え上がり、人が燃え上がる。地上は炎に包まれ、新世代キュステ・カルテルに大混乱が生じていく。
そこに輸送ヘリが着陸した。
「続け! 迅速に制圧する!」
マーヴェリックが先頭に立ち、彼女が炎で新世代キュステ・カルテルを制圧しながら、弾薬庫に迫る。マリーも死体に手榴弾のピンを抜かせ、敵を制圧するのを補助する。
吹き荒れる殺戮の炎の中、マーヴェリックたちは確実に警備の新世代キュステ・カルテルの兵士たちを制圧し、弾薬庫を目指した。
撃ち、焼き、操る。
魔導式自動小銃の射撃が新世代キュステ・カルテルの兵士に叩き込まれ、魔導式機関銃が敵の頭部を遮蔽物に抑え込み、そこにマーヴェリックが炎を放つ。
新世代キュステ・カルテルにできることはほとんどなかった。彼らはただただ、破壊が振りまかれ、自分たちの仲間が死んでいくのを見ていることしかできなかった。
「弾薬庫発見」
「量が少ない」
「だな。移動させた臭い」
これまで供与した弾薬量に比べて、この弾薬庫に貯蔵されている弾薬量は少なかった。それは敵が弾薬庫を分散させた可能性を示唆している。
『フェアリー・ゼロ・ワンよりツェット・ゼロ・ワン。敵テクニカルと装甲車が接近中。こちらで阻止攻撃を行うが、迅速に離脱されたし』
「だとさ。急ごうぜ」
マーヴェリックたちは弾薬庫にたっぷりの爆薬をセットすると倉庫を離脱した。
そして、迎えのヘリに乗り込む。
「準備いいか!」
「全員撤収しました!」
「じゃあ──」
マーヴェリックが妖精通信のボタンを握る。
「ドカン」
倉庫が大爆発を引き起こした。
ごうごうと炎が燃え上がり、衝撃がヘリにまで伝わる。
「お使いできた、と」
マーヴェリックは爆発を見てにやりと笑った。
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