兄妹で
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──兄妹で
ニコは妹を迎えに教会に向かった。
これから先、どうなるかは分からない。マインラート司教がいつまで“連邦”で活動するのかすら分からないのだ。今は凌げても、これから将来、また悲惨な暮らしを送る可能性は十二分にあった。
それでも今を生きている喜びを分かち合おうとニコは妹を迎えに行く。
「妹さんはここにいるのかね?」
「はい。ここで暮らしています」
教会は豹人族の難民で溢れていた。
満足な食料は支給されないし、ベッドも毛布も不衛生。それでも教会の神父たちは最善を尽くしていた。
「ブリタ、ブリタ! 迎えに来たよ!」
ニコが教会の中で叫ぶ。
「お兄ちゃん……?」
「ブリタ! 無事だったか。『オセロメー』の男たちに何かされていないか?」
「大丈夫。お兄ちゃんの送ってくれているお金で食べていけてるし」
「そうか。だが、俺は『オセロメー』から見放されたんだ」
ニコがそう言うとブリタの顔色が悪くなった。
「また体を売らなくちゃいけない……?」
「大丈夫だ。そこにいる人が助けてくれる。教会の人だ」
ニコはそう言ってマインラート司教を指し示す。
「やあ。もう安心していいのだよ。これからは私が面倒を見よう。恐れる必要も、怯える必要もない。君たちのためにできる限りのことをしよう」
「信じていいんですか?」
「ああ。信じてくれ」
マインラート司教は力強くそう言う。
「もう体を売る必要はないんだ。安心していいんだ」
「お兄ちゃんがそういうなら……」
ブリタはそう言ってニコの手を握る。
「美味しい料理がたくさん食べられるんだ。いいところだぞ」
ニコがそう言って教会を出ようとしたとき、最悪の客が押しかけてきていた。
「よう。ニコ。お前、今までどこに行ってたんだ?」
そう、『オセロメー』の男たちである。4人組の男たちが軽薄な笑みを浮かべながら、ニコの方に近づいてくる。
「あんたたちは俺たちを見捨てた」
「そりゃ誤解だ。時間がちょっとばかりずれていただけだ。さあ、来い、ニコ」
そう言って『オセロメー』の男がニコに向かって手を伸ばす。
「やめなさい」
そこに立ちふさがったのがマインラート司教だった。
「ああ? 邪魔だぞ、おっさん。どけ」
「退くわけにはいかない。この子たちは今は我々の保護下にある。手出しすることは許さない。まして、ギャングなどには」
「てめえ……」
マインラート司教の言葉に『オセロメー』の男が拳を握り締める。
「殴りたいのなら、殴りたまえ。しかし、私は決して彼を渡さないぞ」
「畜生。行くぞ!」
4人の『オセロメー』の男たちはすごすごと立ち去っていった。
「凄い……」
「あの手のギャングは自分たちの暴力に怯えない相手には強く出られないのだ。ドラッグカルテルもギャングも暴力を振るって、恐怖をまき散らす。だが、その暴力は臆病者の暴力だ。本当の意志の前には無力というものだ」
マインラート司教の言う通りである。
彼ら『オセロメー』のようなギャングは多数で暴力を振るい、恐怖を振りまく。そして、その恐怖を元手に商売を行うのだ。だが、その恐怖が通じない相手となると、途端にどう交渉していいのか分からなくなる。
もっとも、ドラッグカルテルの場合はこうもいかないだろうが。
「さあ、行こう。長居は無用だ。連中が数を連れてきたら面倒なことになる」
マインラート司教は車にニコとブリタを乗せると、ニコたちの仲間がいる教会まで戻った。
「まずはシャワーを浴びてくるといい。シスター・リカルダ、この子にシャワーを」
「はい」
ブリタがシスターにシャワー室に連れていかれる。
「さて、この後で病院に行こう。性感染症という病気があってね。性行為で感染するんだ。だが、心配はいらない。ほとんどの場合、治療方法は確立されているし、医療費は我々が出す。ただ、君は妹さんについていてあげるんだ」
「はい」
妹は何かの病気になっていても黙っていただろう。負担をかけまいとしていたからだ。ニコが『オセロメー』で何をしていたかを妹は知っている。人殺しだ。だから、なるべく負担をかけまいとしただろう。
その後、マインラート司教とブリタ、ニコは病院に行った。
診断結果は栄養失調というものだけだった。病気ではなかったことにニコは安堵するも、やはり満足に食べれていなかったのかと悔やむ。
「野菜を食べないといけないな。果物も。当然タンパク質も。バランスよく栄養を取れる食事があるから安心しなさい」
「はい!」
ブリタはすっかり元気だった。
マインラート司教のおかげで安心できるらしい。ニコもマインラート司教と一緒にいると安心できる。
ふたりは教会に帰って、仲間たちと食事をした。やはり美味しい食事だ。
勉強も行った。ニコは初めて文字の読み書きを習った。計算を習った。『オセロメー』では当然のことながら、教育など行われていなかったし、ジャングルから出てきた後も教育の機会などなかった。
ニコは自分が計算が得意だということが分かった。難しそうな問題でも解けるのだ。
「ニコは凄いな!」
「将来、店が持てるんじゃないか?」
仲間たちがわいわいと騒ぐ。
「何の店を持つんだよ」
「ハンバーガー。それかサンドイッチ!」
仲間たちは食事に出されたハンバーガーとサンドイッチに夢中になっていた。
「ニコが店を持ったら雇ってくれよ」
「持てたらね」
そんなのは遠い未来の話だとは思うけれどと思いながらも、ニコは自分が店を持つ姿を想像して思わず笑みが浮かんできた。
教会での日々は、これまでの荒んだ生活を忘れさせてくれるものだった。
だが、ニコは忘れていない。
自分が人殺しだということを。
罪もない民間人を殺したということを。
自分はあさましい人殺しだということを。
そう思うと夢は消え、胸が苦しくなる。これから将来、ずっとこの罪を背負って生きていかなければならないと思うと息苦しかった。罪から逃れたかった。だが、そうはいかなかった。
この罪は背負い続けるしかない。
自分は人殺しだ。クソッタレな人殺しだ。裁かれるべき人殺しだ。
「お兄ちゃん。どうしたの?」
「ああ……。なんでもない。少し考え事をしていただけ」
「そう?」
この罪は自分で背負うべきだ。他人に任せたりはできない。
だが、それでも。
だが、それでもともにこの罪を背負ってくれる人が欲しかった。仲間たちでもいい。お互いの罪を背負い合って、気を楽にしたかった。
ニコはそうはいかないと思っている。
だが、マインラート司教はニコたちの精神的な苦しみについても理解していた。
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