家族問題
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──家族問題
フェリクスたちは確実にキュステ・カルテル暫定軍を追い詰めていた。
潜入捜査官は組織のボスにまでは近寄れなかったが、それに近い位置にはいた。
彼らが送ってくる情報を基にフェリクスたちは動く。
強襲、奇襲。第800海兵コマンドは幹部を仕留め、拉致し、尋問した。
そして、キュステ・カルテル暫定軍のボスの正体が明らかになった。
「オスカー・オーレンドルフ。俺たちが前に逃がした獲物だ。こいつが今のキュステ・カルテル暫定軍のボスだ。居場所を転々としており、幹部でも居場所が掴めない。こいつを仕留めるのは相当苦労しそうだ」
エッカルトがそう説明する。
「どうにかして襲撃するタイミングでの居場所を特定しないとな」
「ああ。いろいろと策を練らなければならないだろう」
フェリクスとエッカルトが呻く。
「……オスカー・オーレンドルフに家族はいるのか?」
フェリクスがふとそう言った。
「いるが……。お前、まさか……」
「相手が使ってきた手段だ。こっちが使って何が悪い」
「相手と同レベルに落ちるってのか?」
「他に手段があれば聞く。それに俺たちは一般市民を殺しはしない」
ドラッグカルテルは相手の家族を拉致すれば、ターゲットもろとも殺してしまうだろう。そのことは『ジョーカー』との抗争があった時期に証明されている。身内の人間ですら、ドラッグカルテルは家族ごと殺すのだ。
だが、フェリクスたちはそんなことはしない。彼らはあくまでターゲットをおびき寄せるためだけに、ターゲットの家族を利用するだけだ。
「クソッタレ。そのアイディアで行こう。ターゲットの家族を拉致する。だが、相手も自分の家族が狙われないと考えているほどの阿呆じゃない。警備は厳重だと思われるぞ。その際の銃撃戦に民間人が巻き込まれるかもしれない」
「ああ。分かっている」
確かにリスクの高い作戦だ。民間人が犠牲になるかもしれない。だからと言って、ここでキュステ・カルテル暫定軍のボスを逃がすようなことがあってはならない。なんとしてもキュステ・カルテル暫定軍のボス、オスカー・オーレンドルフは確保しなければ。
「では、決まりだ。オスカー・オーレンドルフの家族の居場所を特定し、襲撃し、拉致する。電話の盗聴をお願いします、提督」
「任せておきたまえ」
ヴィルヘルムたちの電話盗聴がなければフェリクスたちはここまで戦えなかっただろう。それほどまでに情報戦というのは重要なことなのだ。
いくら精鋭の軍隊がいたとしても進撃先が分からなければ意味がない。軍隊に進撃先を示し、そこでするべきことを命令してから初めて軍隊は機能するのだ。
そう、隠すまでもなくこれは軍事作戦だ。警察活動の皮を被った軍事作戦だ。
警察活動で行うべき捜査活動はほとんど行われていない。キュステ・カルテル暫定軍の幹部だったから有罪という極めて単純かつ、危険な理由でフェリクスたちは動いている。証拠が出てくるのは幹部を拘束した後からというのも当り前の状況だ。
だが、フェリクスはもはやなりふり構っていなかった。
戦争を終わらせなければ人がもっと死ぬ。
既に3万人の市民が死傷し、10万人が難民になっている。『ジョーカー』との抗争のときと同じ規模の民間人への被害である。
東部では3匹の血に飢えた獣が食らい合い、周囲に被害をまき散らしている。これは終わらせなければならないことだ。
そして、これを終わらせてヴォルフ・カルテルも叩く。
もちろん、戦略諜報省は妨害をするだろう。だから、気づかれないようにことを進めなければならない。戦略諜報省が気づいたときには既に手遅れとなっているのが望ましい。決定的な証拠を、“国民連合”現政権との癒着の証拠を、それを掴むのだ。
証拠を完全に消すことはできない。いくら関係者の口を封じても、文書を焼却しても、どこかに証拠は残っている。なんなら新しい証拠を消される前に掴むという手もある。
フェリクスは諦めない。ヴォルフ・カルテルはなんとしても潰す。
だが、優先順位は間違わない。まずはキュステ・カルテルの内戦だ。
フェリクスたちは情報を集める。
相手に気づかれないようにオスカー・オーレンドルフの情報を集める。彼の家族についての情報を集める。電話番号を把握し、盗聴し、家族がどこにいるのかを確かめる。潜入捜査官から情報を引き出す。
じわじわとパズルのピースが組みあがっていき、完成図に近づく。
そして、完成図をフェリクスたちが眺める。
「オスカー・オーレンドルフの家族はこの屋敷にいる。警護には約2個小隊。テクニカル多数。流石はボスの家族を守るための部隊というべきか」
装甲車こそないものの、“国民連合”空軍の実施した航空偵察の結果では重武装の部隊がオスカー・オーレンドルフの家族を警護していることが確認されている。
「テクニカルが面倒だな。魔導式重機関銃はヘリを撃墜しかねない」
「では、今回は徒歩で目標に近づきますか?」
「いや。地上と空からの挟み撃ちだ。どの道、ここを襲撃すれば敵の増援が山ほどやってくる。徒歩で離脱するのは不可能だ。地上から車両を使って奇襲し、テクニカルを無力化したのちにヘリで強襲」
ヴィルヘルムは作戦案を述べる。
「我々はどちらに同行すればいいですか?」
「地上部隊は危険が大きい。同行するならヘリだな。だが、今回は幹部を拉致するわけではない。君たちが同行する必要はないんだぞ?」
「一応は我々の要請で動いてもらっていますので」
「だが、私たちの国でもある」
「もっともです」
それでも、そのあなたたちの国が混乱に陥っている元凶には“国民連合”が関わっているのですよ、ヴァルター提督。
「地上部隊は軽装甲車3台と車両2台で編成。迅速に敵テクニカル部隊を無力化する。与えられる時間は15分だ。テクニカルを無力化後に、ヘリボーン部隊を迅速に投入。地上部隊と合流し、屋敷へ突入。ターゲットの家族を輸送する」
「了解」
そして、作戦開始までのカウントダウンが始まった。
“国民連合”の航空偵察が再度実施され、敵の部隊に動きがないことが把握される。増援も、配置転換もなし。屋敷の中の戦力は不明瞭ながら、外にいる警備部隊とのローテーションと電話と妖精通信の通信量から2個小隊と推定。
「俺はこの作戦が終わったら国に帰る」
「ああ。滞在日数か?」
「そうだ。あんたはこの間、消化したが俺はちょくちょく帰ってるんでな。やっぱり家族がいるとこの仕事は辛いぜ。嫁さんと段々関係が悪くなっていく。だが、子供の誕生日には必ず帰ってやっている」
「そうか……」
俺は家族を捨てた。目的のために。
ドラッグカルテルを撲滅するという目的のために。弱点となる家族を捨てたのだ。
妻も子供も俺を許さないだろう。だが、それが必要だったのだ。そうしなければ、家族がドラッグカルテルの標的になっていた。
フェリクスはそう思いながらも自分が後悔していることに気づいていた。
ハワードに言われたようにデスクワークに専念していれば、家族と幸せに暮らせた。今頃はエッカルトと家族の話をしていただろう。子供の学校の話や、結婚記念日の話で盛り上がれたに違いない。
だが、もう何もかも遅い。
「いい休暇を祈ってる」
「ああ。羽目を外してくる」
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