救済の手
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──救済の手
ニコたちは撃ち続けた。カートリッジが空になるまで。
「撤退!」
そして、逃げ出す。
一目散に敵に背中を見せて退却する。この時が一番撃たれやすい。ニコたちは弾幕を張っていないので敵は落ち着いてニコたちに狙いを定められるのだ。
テクニカルの動き出すエンジン音が響き始め、ワイス・カルテルの兵士たちの怒号が響く。奴らが追いかけてくる。ニコたちを殺すために追いかけてくる。
ニコたちは走る。懸命に走る。
仲間の中には銃を捨てるものもいる。だが、銃を捨てれば後で『オセロメー』の男たちに死ぬほど辛い目に遭わせられる。殴る蹴るの暴行を受けて、食事ももらえないのだ。そうなりたくなければ銃を抱えて逃げるしかない。
走る。走り続ける。
魔導式重機関銃の重々しい発砲音が後方から響いて来た。ニコの隣を走っていた仲間の頭が割れたざくろのように吹き飛び、地面に倒れる。それでも構わずにニコたちは走る。今は死人を弔っている暇はない。
仲間たちが次々に撃ち殺される。それでもニコたちは必死に前を向いて走る。もうすぐテクニカルでは入り込めない路地に入れる。そこに入れば一安心だ。そこまでは何も考えずに、ただひたすらに走るんだ。
そして、その路地が見えた。ニコたちは路地に飛び込む。
テクニカルからの射撃が止まり、エンジン音だけが聞こえる。
ニコたちは息を切らしながらも路地の奥へ奥へと逃げていく。
やがて、『オセロメー』の回収車両との合流地点になる。そこまで辿り着けば助かる。助かるのだ。
ニコたちは最後の気力を振り絞って走る。必死になって走る。合流地点まではもう少し。もう少しで生き延びられる。
「車がないぞ!?」
「どこだ!?」
だが、回収地点に『オセロメー』の男たちはいなかった。
当然ながら回収車両も存在しない。ニコたちはここに放置されてしまった。
「ニコ! どうするんだ!」
「走れ! 走って逃げろ! 狭い道を選ぶんだ! 逃げきったら広場で合流しよう!」
「分かった!」
子供兵たちは逃げ続ける。
後方からはワイス・カルテルの兵士たちが徒歩で追いかけてくる。
それから逃げきらなければ、ニコたちは捕らえられて拷問されるか、あるいはその場で射殺されるだろう。そんなのはごめんだ。
ニコたちは必死に逃げる。必死に逃げる。逃げ続ける。
カートリッジをリロードして撃ち返そうと考える余裕はなかった。それにまともに撃ち合えば、勝つのはワイス・カルテルの兵士たちだ。訓練を受けていないニコたちに勝ち目などありはしない。
ニコたちが逃げ続けていたとき、路地に面した建物の扉が開いた。
「こっちだ。こっちに来なさい!」
老人が顔を出し、ニコたちに手招きする。
ニコたちはもう何も考えられず、扉に飛び込んだ。
「大丈夫だ。ここならば安全だ」
老人はそう言い、窓から外を見つめる。ワイス・カルテルの兵士たちはニコたちがこの建物に飛び込んだことに気づかず、通り過ぎていった。
「ありがとう、おじいさん。助かったよ」
「君たちは『オセロメー』だろう? 豹人族のギャングの」
「ああ。そうだ」
ニコは息を切らせながらなんとか言葉を吐き出す。言葉以外にも朝に食べた豆まで吐き出してしまいそうだった。
「水を飲むといい。ほら、冷たい水だ」
老人はニコたちに水を配っていく。
「君たちは自分たちの意志で『オセロメー』に入ったわけではないのだろう?」
「……うん。けど、お金が必要だったんだ。妹を食べさせていかないと……」
ニコがそう喋り始めると仲間たちもひとりずつ老人に事情を話し始めた。
「やはりそうなんだな。私はこの通り年寄りだ。前に起きたドラッグ戦争で孫も息子も死んだ。妻も病気で死んだ。だから、残された人生は人のために使うことにした。君たちのような子供たちを助けている方がいる。そこまで送っていこう」
連中が完全にいなくなったらと老人は窓の外を見て言う。
ワイス・カルテルの兵士たちはニコたちを探していた。
「地下に隠れるんだ。日が落ちたら、車で連れて行こう。何か食べるかね?」
「大丈夫です。水だけで」
「お腹が減ったら言うんだよ」
老人はそう言ってニコたちを地下に匿った。
「ニコ。どうするんだ?」
「俺は辞める。『オセロメー』は俺たちを見捨てたんだ。今さら帰る義理なんてない」
ニコはそう言って横になった。
「でも、お前。妹はどうするんだ? 飢え死にするぞ?」
「……妹も助けてもらう。きっと優しい人たちがいるんだ」
「そんなはずない。騙されてる」
「けど、こうやって俺たちを助けてくれた」
「それはそうだけど……」
ワイス・カルテルの兵士たちに見つかれば、老人は殺される。それでも老人はニコたちを助けてくれたのだ。
「あの人を信じよう。どの道『オセロメー』は俺たちを見捨てたんだ。もう帰る場所なんてないんだ」
「そうだな……」
もう豆の缶詰も、ホワイトグラスもない。
生活はもっと苦しくなるかもしれない。それでもあそこに帰る気にはならない。
「俺もニコについていくよ」
「俺もだ」
ニコたちは全員が老人の提案に乗ることにした。
そして、日が落ちるのを待つ。
「大丈夫かい?」
老人が地下室を覗き込む。
「ワイス・カルテルの連中はどこかにいった?」
「ああ。カルテルの連中は引き上げた。今から車で君たちを送ろう」
老人はそう言って、ニコたちを地下室から外に出し、車に乗せた。車は元は排水溝だった老人の息子が使っていたもので、大きなワゴンだった。だからすし詰めながら、ニコたちは全員乗ることができた。
そして、ニコたちは出発する。
「ねえ、俺たちを助けてくれる人ってどんな人たちなの?」
「偉い司教様だ。暴力には決して屈しない方だ。君たちのことも保護してくださる」
そう聞いてニコは思った。
自分たちは人を殺して来たのだ。カルテルの兵士も、無関係の民間人も。それが助けられるなんてことがあっていいのだろうか?
自分たちは暴力を振るう側だった。理不尽な暴力に他人を巻き込む側だった。
神様は自分たちを許してくれるだろうか?
許しが得られないならば、大人しく立ち去るしかない。
「ほら。あそこだ。警備もしっかりしてる。安心していいぞ」
老人が前方の建物を指さす。
警官が守る建物が目に入った。ニコは字は読めないが何かの看板が置かれている。そして、その建物はどうみても教会だった。
「警官たちに事情を話してくる。君たちは銃をすぐに手放せるようにしておきなさい」
「分かった」
犯した罪を考えるならば、ニコたちは警官に捕まっても当然だ。
だが、そうはならなかった。
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