ポスト・キュステ・カルテル
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──ポスト・キュステ・カルテル
これは最初の一歩に過ぎない。
アロイスはテレビの報道するニュースを見ながらそう思った。
“国民連合”政府はフェリクスにキュステ・カルテル──3つに分裂したキュステ・カルテルへの全面的な捜査権限を与えた。アロイスは纏めて3匹の羊を生贄として捧げることになっていた。
そう、3匹の羊だ。
新世代キュステ・カルテルも彼は見捨てるつもりだった。
キュステ・カルテルはもうお終いだ。
内戦で損耗し、フェリクスの攻撃を受け、“国民連合”とアロイスから見放された。
結局のところ、連中はやり方が悪かったのだ。ヴェルナーは『ジョーカー』を創設したときから、ミスばかり犯してきた。今回の内戦にしたところで、ヴェルナーが後継者を指名していればこんなことにはならなかっただろう。
今や全てのツケの支払いを求めて、死神が殺到している。
東部の街は死で溢れている。血に満ちている。
フェリクスたちは次々に幹部を襲撃し、そのことがマスコミに報道される。まだマスコミはこれを3つに分裂したキュステ・カルテル同士の内戦の一部だと思っていた。
だが、アロイスには分かっている。彼がキュステ・カルテル内に飼っていたネズミが状況を知らせてきているのだ。そいつらは司法取引して、フェリクスの情報源にもなっている。だが、真の主人が誰なのかを忘れてはいない。
ネズミたちはフェリクスに情報を流しながらも、アロイスにその流した情報を報告していた。そのおかげで、捜査がどこまで進んでいるのかが、アロイスには分かる。
「新世代キュステ・カルテルへの軍事支援を停止する」
アロイスは幹部会議でそう宣告した。
「いいんですか?」
「連中はもう手遅れだ。麻薬取締局は徹底的にキュステ・カルテルを潰すつもりだ。今度の軍事支援を最後に我々は内戦から手を引く。このまま手を突っ込んだままにしてると、トラばさみでガチンとやられかねない」
そう言ってアロイスは肩をすくめた。
「だが、となると恨まれそうですね」
「ああ。そうだ。恨まれる。だが、連中は身内との殺し合いが最優先だ。こちらに矛先を向けるような余裕はないだろう。それに連中も自覚はしているはずだ。どうして自分たちが今のような状況になったのかを」
ヴェルナーが後継者を指名しなかったから。身内の内戦にしてはやりすぎたから。だから、麻薬取締局の注意を引いた。奴らは殺しすぎたのだ。
それが表向きの麻薬取締局介入の理由であった。
アロイスが追求を逃れるための生贄の羊にしたとは誰も思っていない。
「最後の軍事支援ではどのような武器を?」
「銃火器を中心に。我々の立場を考えるならば、内戦は麻薬取締局が止められないぐらい激しい方がいい。そうすれば麻薬取締局はそちらにかかりきりになる。我々の捜査に向けて割かれるリソースは減るだろう」
そうだ。これが狙いなのだ。いい加減にこのことは共有しておくべきだ。
「こちらから新世代キュステ・カルテルに派遣している人員は引き上げさせろ。裏切りの代償を連中は支払わせようとするはずだ。だが、連中に払ってやる必要などない。連中は連中の責任で今の状況にあるんだからな」
「もっともです、ボス」
ヨハンが頷く。
「我々が考えなければならないのはポスト・キュステ・カルテルだ。我々がキュステ・カルテルの縄張りを吸収するのは望ましくない。それは麻薬取締局の注意を引く。焼け野原になろうとも東部には価値がある。どこかの誰かが統治しなければならない」
願わくば、我々の息のかかった人間が、とアロイスは続ける。
「当面は我々とシュヴァルツ・カルテルで共同統治する。それから、後継者を決めるとしよう。我々の利益となるような後継者を」
ポスト・キュステ・カルテルは重要な話だった。
東部を空白地帯にするわけにはいかない。権力は空白を嫌う。権力の空白地帯が生まれれば、誰かが権力を握ろうと立ち上がるだろう。
それが、アロイスが見捨てた新世代キュステ・カルテルであったり、敵対していたワイス・カルテルやキュステ・カルテル暫定軍の残党であったりするのは望ましくない。新しい支配者にはヴォルフ・カルテルと友好的な関係を築いてもらいたい。
後継者選びは慎重に。
下手な人間に権力を与えてはならない。東部が敵対者によって完全に占領されると、もっとも早く“大共和国”にドラッグを輸出できる港が押さえられる。
今は西部の港から船を出しているが、これだとやはり収益に支障が出る。
迅速にドラッグを“大共和国”に届け、サイード将軍にエルニア国に密輸してもらい、利益を上げなければならない。ネットワークは回転させ続けなければ、サイード将軍を繋ぎ留めておくための金も、ベスパが売人を養っておく金も発生しなくなる。
金、金、金。金がなければ世の中、何もできはしない。
逆に言えば、金さえあればある程度のことはできる。
アロイスとブラッドフォードを結びつけているのはドラッグマネーだ。膨大な額のドラッグマネーだ。金が投じられている限り、ブラッドフォードとアロイスの関係は維持され、アロイスは“国民連合”政府からの庇護が受けられる。
もっとも、金さえあれば法律違反がいつまでも許されるわけではない。ブラッドフォードとの関係も政権交代が果たされた暁にはおじゃんだ。繋がりは今の反共保守政権が維持されている限りである。
もし、改革派政党が政権を握れば、取引は終わるのだ。
共産主義者がいなくなっても取引は終わる。だが、冷戦が終わらない限り、共産主義者の脅威は訴え続けられるだろう。
「今のところ、これと言った勢力は候補に挙がっていないが、権力を任せるに相応しい連中を今のうちから東部に仕込んでおきたい。候補はあるか?」
「ライナーはどうです?」
「ライナー? 誰だ?」
アロイスが怪訝そうに尋ねる。
「ノルベルトの息子です。今は我々のカルテルで仕事を」
「ああ。そうだったか……」
ライナー。ノルベルトの生き残った唯一の家族。
アロイスが共産主義者と取引したために犠牲になったノルベルトたちが残した息子。確かに報いてやるべきかもしれない。
「では、ライナーを東部に派遣しろ。現地のギャングなんかを纏めるように言っておけ。だが、間違っても『オセロメー』には手を出すな。連中は麻薬取締局の捜査対象になってしまっている」
しぶとく生き残ってきた『オセロメー』もそろそろ壊滅するときか。
「それから何名かつけておけ。ひとりじゃ無理だろう」
これには監視という意味もあった。
ライナーの家族を殺したのはマーヴェリックであり、マーヴェリックはアロイスの護衛であり、愛人である。それがバレれば、ライナーは反乱分子になる。
とは言え、マーヴェリックがノルベルトたちを殺した件はまだ明らかになっていない。誰も知らない。ライナーが事実を知って裏切る可能性は低いだろう。
「了解しました、ボス。ボスからもライナーに激励をお願いします」
「ああ。話しておこう」
アロイスはそう言って煙草に火をつけた。
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