ターゲット
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──ターゲット
フェリクスは久しぶりにオメガ作戦基地に戻ってきた。
「よう。相棒。俺を置いてご活躍だったそうだな?」
「何の成果も挙げられなかったよ」
フェリクスはエルニア国まで出張ったが、挙げられた戦果はなにもない。
全て戦略諜報省に揉み消された。そして、この取引を受けるしかなかった。
事実上のフェリクスの敗北だ。
だが、まだ機会はある。キュステ・カルテルの内戦を止めさえすれば、次はヴォルフ・カルテルだ。いや、キュステ・カルテルの内戦にヴォルフ・カルテルが関わっていないはずはないので、同時進行で捜査をする。
だが、フェリクスは自分が監視されていることに気づいていた。
大使館では露骨な監視を受けた。今もまた監視を受けているのではないか。
「キュステ・カルテルの内戦について状況を教えてくれ」
「膠着状態だ。殺し合いは続ていいるが、決定打に欠ける攻撃しかどのカルテルも行えていない。それでいて市民の犠牲は増え続けている。その中で優勢なのはキュステ・カルテル暫定軍だ。連中が一番武装も兵力も豊富だ」
「ふむ。他のカルテルは?」
「ワイス・カルテルはほとんどテロリストだ。この間は仲間を検挙した報復に警察署を爆破して建物を崩壊させた。攻撃は激しさを増すばかりだ」
「新世代キュステ・カルテルは?」
「これはよく分かっていない。それなりの人員を抱えているようだし、装備も潤沢とみられる。だが、姿をあまり見せない。だが、こいつらの手下の『オセロメー』はやりたい放題だ。こいつらの残虐性には驚かされる」
そう言ってエッカルトはお手上げというように両手を挙げた。
「どれから先に叩くべきだと思う?」
「叩けるなら全部、と言いたいが順番は決めないといけないな。まずはキュステ・カルテル暫定軍、それからワイス・カルテル、そして新世代キュステ・カルテルと『オセロメー』だ。脅威を順番づければそうなる」
「分かった。俺も資料を見て検討しよう」
「ほら。資料。ヴァルター提督に感謝しろよ。彼は軍法会議覚悟で、俺たちの捜査に協力してくれていたんだからな」
「ああ。提督はどこに?」
「司令官室だ。後で会いに行け」
「分かった」
彼に伝えなければならない。“国民連合”が全面的にこの戦争を止める手助けをすることを。戦争を終わらせられるかもしれないことを。
殺されているのは彼が軍人として守ると宣誓した国民なのだ。彼のドラッグカルテルに対する敵意はフェリクスたち以上だろう。
この知らせを彼は朗報として受け取ってくれるだろうか?
ヴォルフ・カルテルと戦略諜報省のことについてはまだ誰にも話せない。監視の目がどこにあるのか分からない以上、そして戦略諜報省の何かしらの関与を知ったことによる危険性が分からない以上、下手なことはできない。
もう仲間を失うことはごめんだ。そうフェリクスは思っていた。
彼は大勢を犠牲にしてきたのだから。
死神と呼ばれてもおかしくないほどにフェリクスの周囲には死の臭いが立ち込める。
「エッカルト。俺のことをどう思う?」
フェリクスは何気なく尋ねた。
「お前のことか? 優秀な捜査官だと思うぞ。ちょっとばかり身の危険に無頓着だがな。相棒として組むには最高の相手だ。こういう言葉が聞きたいのか?」
「いや。俺の周りでは大勢が死んだからな」
「お前が殺したんじゃない。ドラッグカルテルの連中が殺したんだ」
「そう思いたい」
「思っていい。悪いのはドラッグカルテルのクソ野郎どもだ。連中を叩きのめしてやらなければならない。気合を入れろよ、フェリクス」
そうだ。腑抜けているような余裕は俺たちにはない。俺たちの敵はあまりにも残虐で、あまりにも強力であるのだ。迅速に排除しなければ、犠牲は増えるばかりだ。
「よし。最初のターゲットはキュステ・カルテル暫定軍だ。こいつらを叩く。資料を読んでくるから暫く待ってくれ」
「ああ。今まで待ったんだ。いつまででも待つさ」
エッカルトはそう言ってフェリクスを見送った。
フェリクスは割り当てられた自室で資料を読み込む。
今回は各カルテルのボスの名前も写真も明らかになっている。
だが、ここまで明らかになっていて、手が出せていないとなると、相手は相当な重武装なのだろうと見当を付けながら資料を読み進める。
案の定、敵は重武装だった。装甲車や対戦車ミサイル、魔導式重機関銃や対空ミサイル。そういうもので武装している。
正規軍を動員して対処しても犠牲が出るだろう。ここまで重武装の相手を警察で対処するのはもはや不可能だ。軍隊を動員するしかない。それも正面から戦うことは避けるべきである。
奇襲が重要だ。情報を入手し、奇襲的に敵の幹部を抹殺、あるいは逮捕する。
逮捕はリスクは大きいが、やはり犯罪者は法廷で裁くべきである。その罪を償わせるには、法廷で裁き、法の秩序をこの国に復活させなければならない。この国でもっとも求められているのは法の秩序だ。
ドラッグカルテルの正義でも、麻薬取締局の正義でもなく、公平にして厳格な法の支配こそがここでは求められているのである。
だが、それが理想に過ぎないことをフェリクスは理解している。
ドラッグカルテルの幹部を法廷に連れていけば、ドラッグカルテルは様々な報復を行う。立件する検察に対して。裁判官に対して。陪審に対して。あらゆる方法で法廷が機能しなくなるように妨害を試みる。
法廷で裁こうとすれば犠牲者が増える。その場で射殺すればそれで終わり。
気に入らない話だ。法の秩序と真っ向から対立した構図というのは。
しかし、いくらフェリクスが気に入らなくとも、これこそが現実だ。このどうしようもない地獄こそが現実だ。
フェリクスは当初の目的を思い出す。自分はこの国に法の支配を回復させに来たわけではない。ドラッグカルテル同士の殺し合いを、一般市民への犠牲を止めに来たのである。ならば、ドラッグカルテルの幹部の頭に一発でも問題ないではないか。
もはや、法執行作戦ではなくなる。単なる暗殺作戦に成り下がる。
大統領令12333号は相手がどんなクソ野郎だろうと暗殺による解決を禁止しているが、この場合は暗殺を実行するのは“連邦”の軍事組織だ。“国民連合”のフェリクスが指揮を執っていようとも、大統領令12333号には抵触しない。
ならば、ならばだ。
徹底的に殺しまくってやる。これまで散々やりたい放題やっていた連中に報いを受けさせてやるとも。そうだ。元をただせばこの3つの分裂したカルテルはキュステ・カルテルなのだ。フローラも、パウラも、カサンドラも奴らに殺されたのだ。
私情で捜査を進めるのか?
ああ。その通りだ。この憎悪の渦に対抗するには同じような憎悪を持つしかない。
今から地獄を見せてやる。
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