君は何だろうとできる
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──君は何だろうとできる
フェリクスは大きな権限を渡されて、“連邦”に舞い戻った。
まず彼は大使館にいくことを求められた。
“連邦”の大使館はスヴェンが死体爆弾として炸裂した場所の傍だ。フェリクスの脳裏に嫌な思い出が蘇る。
スヴェン。あんたの仇は半分だけ打った。あんたを殺したシュヴァルツ・カルテルのボスのドミニクは死んだ。後はあんたを死体爆弾に変えた人間を探し出すだけだ。
フェリクスはそう思いながら“国民連合”の海兵隊員が警備する大使館の門を潜り、中に入っていく。
「フェリクス・ファウスト捜査官!」
大使はサウスエルフの男で、友好的な雰囲気を醸し出していた。
だが、その傍にいる謎のハイエルフの男は観察するようにフェリクスを見ていた。
「話は聞いてると思うが、君には大きな権限が与えられた。それを駆使して、“連邦”で吹き荒れている暴力の嵐を止めてくれ」
大使はフェリクスの手を握ってそう言う。
「“連邦”の捜査機関とも合同で作戦に当たらなければならないかと思います。その際には大使のお力添えがいただければ助かります」
「もちろんだ。喜んで協力しよう。私にできることがあればなんなりと頼んでくれ」
にこにこと微笑んで大使は請け負った。
「では、早速ですが、“連邦”海兵隊に協力要請を。彼らの忠誠心は確かなものです」
「ふむ。分かった。手配しよう」
これでヴィルヘルムと公式に組めるとフェリクスは思った。
「他には?」
「今のところは。そう言えば空軍の航空偵察の許可も下りていたのですが、本当に可能なのですか?」
「可能だとも。君が要請すれば48時間以内に航空偵察が実行できる」
それは結構なことだとフェリクスは思う。
だが、市街地がメインの戦場になっている今回の戦いでは航空偵察の出る幕はないだろうとも思っていた。
市街地戦を制するには歩兵が徒歩で進むしかない。海兵隊時代に市街地戦を経験したことのあるフェリクスは、市民が残る市街地では航空支援も、砲兵支援も難しいことをちゃんと理解していた。
今からフェリクスが始めるのはまさに市街地戦だ。
テクニカルを縦横無尽に走らせて攻撃を繰り返すドラッグカルテルに対して、自分たちは戦車や装甲車を利用して戦わなければならないのだ。
もはや、ドラッグ戦争は本当の意味での戦争になった。
本来なら国防総省の軍人が管轄するべきことが麻薬取締局の捜査官に過ぎないフェリクスに委ねられている。
だが、これは同時に犯罪捜査でもある。相手は共産主義者のテロリストや、ゲリラではない。ドラッグカルテルなのだ。彼らは戦場で殲滅する相手ではなく、法の裁きを受けさせなければならない相手なのだ。
警察活動と軍事活動のボーダーラインにある戦争。これを世界はまだ体験していない。フェリクスが最初の道を切り開くことになる。
法をどう解釈するのかの問題もあるが、問題は相手と講和交渉などができない点だ。相手が犯罪者であるが故に停戦協定も、講和交渉も行えない。相手はイデオロギーも何もなく、ドラッグのもたらす利益に群がる集団だ。そんな相手と法執行機関が司法取引以外の取引をするなど考えられない。
確かに共産主義者が引き起こしたハイジャック事件などではごくまれに亡命などが認められるが、あれはまだイデオロギーの問題であり、明確な犯罪行為ではあるが主義主張そのものは犯罪ではない。
だが、ドラッグカルテルはイデオロギーなど持たない。そして、彼らの主義主張──すなわちドラッグビジネスで利益を得るというものは犯罪だ。
普通の犯罪者と異なるのは彼らの武装が軍隊並みということである。
通常の警察力では対処できる相手ではない。軍隊を警察のように使わなければならない。それは極めて難しい話である。例えるならばチェーンソーで盲腸の手術をするようなものなのだ。
周辺被害が増えるし、犯罪者そのものも法廷で裁かれる前に死ぬ可能性が高い。デュー・プロセス・オブ・ローなど完全に無視したものになりかねない。
緩やかに自由主義と民主主義が死ぬ。
軍による警察活動とはそういうものだ。
だが、今は軍事力の行使を躊躇っている場合ではない。ドラッグカルテルの手によって“連邦”の多くの市民が犠牲になっているのだ。焼き殺され、撃ち殺され、辱められ、非人道的な扱いを受ける。
その差し迫った脅威を止めるにはもはや軍事力を行使するしかない。
「他に聞いておくべきことはあるかね、フェリクス・ファウスト捜査官?」
「“連邦”政府の意向はどうなのですか? これは明確な内政干渉です。良くも悪くもドラッグカルテルの問題は彼らの問題です。それに“国民連合”が表立って捜査を取り仕切るということに彼らは納得してるのですか?」
“連邦”政府との関係は維持しておきたいとフェリクスは思っている。彼らをまたドラッグカルテルの側に付かせるようなことがあってはならないのだ。彼らには“国民連合”に友好的であってもらわなければ。
「君の懸念は理解できるよ。だが、安心したまえ。“連邦”政府からは全面的に我々の支援を受け入れるとの言葉を引き出している。捜査の指揮も支援の一環だ。ベテランの麻薬取締局の捜査官が指揮する作戦なのだから、彼らも納得するというものだよ」
だといいのだが、とフェリクスは思う。
内心では“連邦”政府は腹を立てているのではないか? この明確な内政干渉に“連邦”政府は腹を立てているのではないか? 彼らの気持ちは内政干渉を行い、彼らの国家としての尊厳を踏みにじる“国民連合”よりドラッグカルテルの方に向くのではないか?
そう考えると暗澹たる気分になる。
少なくともヴィルヘルムは味方だ。彼はこの内政干渉に文句を言わないだろう。共に手を取り合う仲間だと認識している。だが、他は? 他の捜査機関や軍の部隊はどう思うだろうか? 自分たちの国で好き勝手する“国民連合”の人間に苛立たないだろうか?
考えれば考えるほど、最悪が想定される。楽観的な意見は出て来ない。
「ファウスト捜査官。君はこの“連邦”で何だろうとできる。君が正義に殉じている限り。君が正義の側であり続ける限り」
大使はそういう。
だが、正義とはなんだ?
ドラッグカルテルは悪だ。明確な悪だ。だが、他国の内政に口出しし、その国家としての面子に唾吐く我々も国際的常識から考えれば悪なのではないか? 少なくともこのような行為をエルニア国に対して行えば、“国民連合”は世界中から総すかんを食らうだろう。相手が格下で、事実上の“国民連合”の政治的植民地だからこそ許されているようなものである。
「私からは特に言うことはない。君が成果を上げて、この国で起きている惨劇を終わらせてくれることを祈っている」
「私もです」
フェリクスは大使館を出た。
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