全面的な捜査権限
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──全面的な捜査権限
「キュステ・カルテルを追え、と。またその手ですか」
「君には全権を与える。3つに分裂したキュステ・カルテルの非人道的な行為については君も知っているはずだ。それに加えて、キュステ・カルテルの各派閥は軍資金を手に入れるために相当無理な密輸・密売に手を出している。君も本局にいれば分かっただろうが、キュステ・カルテルの内戦が始まってから“国民連合”内に流れ込んだドラッグの量は最大だったときの10倍になっているのだ」
ハワードはそう言って、資料をフェリクスに渡した。
「スノーパールにホワイトフレーク。これだけの量を連中は捌いていると?」
「ああ。今やどんなギャングでもドラッグを扱っている。これが本当のドラッグクライシスだ。分かっただろう? キュステ・カルテルは本当に“国民連合”にとっての脅威なのだ。それを取り締まる権限を君に与えようというのだ」
フェリクスは考える。
確かにキュステ・カルテルの脅威は明確に増大している。いや、3つに分裂したキュステ・カルテルの脅威か。
ヴォルフ・カルテルを先に潰せば内戦も終わるのではないかとフェリクスは考えていたが、どうやらそうもいきそうにないということが分かった。
「本当に全権限を与えてくれるのですね?」
「そうだ。潜入捜査官についても君が自由に使っていい。特殊作戦部隊の動員も許可する。私にいちいち許可を取らなくとも、捜査を進めていい。ただし、キュステ・カルテルの内戦を止めるため、だ」
ここまで言われては断れないだろう。
あくまでもヴォルフ・カルテルを追うと言えば、それはスヴェンの死に対する報復を求めて行動しているだけになってしまう。スヴェンひとりの死をキュステ・カルテルの内戦で失われている多くの命より重いと見做してしまうことになる。
それは捜査官にあるまじき、私情で動く行為になる。
キュステ・カルテルの内戦でも大勢の死者が出ている。内戦の直接的な死者。内戦のための資金調達としてばら撒かれたドラッグによる死者。
これは麻薬取締局の捜査官として食い止めなければならないことだ。
「分かりました。引き受けます」
「よろしい。任せたぞ、フェリクス・ファウスト捜査官」
こうして悪魔と手を結ぶのかとフェリクスは思った。
「戦略諜報省の方はこの場に何をしに?」
「君のことは見張っているという警告だ。馬鹿なことは考えない方がいい、フェリクス・ファウスト捜査官。君は家族と縁を切ったそうだが、それは家族のためだろう? そして、今は新しい恋人ができているようではないか」
戦略諜報省の人間は淡々とそう語る。
フェリクスは背筋に冷たいものが流れる気分を味わった。戦略諜報省は知っているのだ。フェリクスとシャルロッテが親しいことを。
思えば家族の件で脅迫してきたのはドラッグカルテルではなかったのではないか? あれは戦略諜報省の仕業だったのではなかったか?
「いいか。馬鹿なことを考えるな。いくら君が優秀な捜査官でも代わりはいる。我々は国家のためにならない人間を破滅させられる。社会的にも、物理的にも。そうなりたくなければ、大人しく局長の言うことを聞いておくことだ」
戦略諜報省の人間はそう言って立ち去った。
「今のは明白な脅迫ですよ、ハワード」
「ああ。そうだ。君は脅迫されている。だが、最初に彼らを脅かしたのは君だ。君が余計なことに首を突っ込むからいけない」
そう言ってハワードは首を横に振った。
「いいでしょう。あなた方がそういうつもりならば、私にも考えがあります」
「君はキュステ・カルテルの内戦を止めに行くんだ。余計なことをすれば、それこそ戦略諜報省の人間が言った通りになるぞ」
「畜生」
「ああ。状況はクソッタレだ。私もそう思う。だが、こうするしかないんだ」
恐らくはハワードも脅迫を受けているのだろう。ハワードの言葉は彼の本心からの言葉とは思えなかった。
ハワードを破滅させるのは、フェリクスを破滅させるより簡単だ。また潜入捜査官が死ねばいいのだ。死体爆弾にされて。
そうなればハワードは議会で吊るし首だ。現政権はまた責任を現場に擦り付ける。議会とマスコミはまた麻薬取締局局長を嬉々として吊るし首にする。
クソッタレの戦略諜報省め。連中がヴォルフ・カルテルと組んでいるのは明白だ。
フェリクスはキュステ・カルテルの内戦を止めるつもりだった。だが、同時に与えられた権限とヴィルヘルムの第800海兵コマンドの助けを得て、ヴォルフ・カルテルも追い詰めるつもりだった。
そのことは見抜かれているということだ。
「分かりました。言われた通りにしましょう。私はキュステ・カルテルの内戦を止める。それだけです」
「ああ。それでいい。エッカルトと連絡を取ってやれ。彼は今、新人と一緒に懸命にキュステ・カルテルの内戦を止めようとしているところだ」
ハワードがそう言う。
「戦略諜報省には逆らうな。奴らには文字通りのドラゴンが付いてる。敵に回せば、負けるのは我々だ。麻薬取締局を潰すことなど、戦略諜報省には容易なことなのだ。我々は生き延びなければならない。“国民連合”の市民をドラッグ犯罪から救うために」
「ええ。分かっています」
分かっているさ。戦略諜報省は既に何人も殺している。ウェンディ、グリゴリー、その他もろもろ。重要な証人は連中に消される。
「では、エッカルトに連絡を取って“連邦”に戻りますが、その前に権限の確認をさせてください。それから文書でそれを保証してください」
「君の望むままにしよう」
こうしてフェリクスは『キュステ・カルテルの内戦を止める』という行為においては全面的な権限を得た。フェリクスは無駄なく、その権限を行使するつもりだ。
フェリクスは潜入捜査官を利用することも、空軍に航空偵察を要請することも、特殊作戦部隊を動員することも、“連邦”のどのような捜査機関と協力することもできる。ひとりの捜査官に与えられる権限としては最大のものだろう。
だが、それを使えるのは『キュステ・カルテルの内戦を止める』という目的のためだけである。他のことには使えない。
だが、今はそれでいい。
フェリクスはなんとしてもキュステ・カルテルの内戦を止めるつもりだ。内戦のせいで多くの死者が出ているのを見過ごすわけにはいかない。止めなければいけない。
だが、フェリクスは諦めたつもりはない。
そう、ヴォルフ・カルテルと現政権を結びつけるものを探し出し、両者を叩き潰すことを。フェリクスは宣誓した。“国民連合”の市民をドラッグ犯罪から守ると。正義のために。それに逆らうことを政権がしているならば政権も敵だ。
「エッカルト。フェリクスだ。随分と待たせてしまったな。今からそちらに向かう。ともにドラッグ犯罪を撲滅しよう」
フェリクスはそうエッカルトに連絡した。
フェリクスが“連邦”に向かう。
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これにて第七章完結です!
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