政治的取引
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──政治的取引
フェリクスはまだまだ兵器ブローカーとドラッグマネーの関係を洗うつもりだった。
グリゴリーが消されたのは彼が何かを握っていたから。そう推察できたからだ。何も情報を持っていなければ、陰謀染みたやり方で殺されることはなかっただろう。あれは間違いなく、何らかの情報を持っていたのだ。
ドラッグカルテル、ドラッグマネー、“国民連合”政府、そして反共民兵組織。
これらには何かしらの関係性がある。
祖国を疑いたくはなかったが、祖国の動きは怪しい。
捜査への圧力。ジャーナリストの変死。
このまま捜査を進めて何が出るのか?
出るのが何にせよ、法の裁きを受けさせるだけだ。決して逃がしはしない。特に“国民連合”政府内の内通者。そいつは絶対に許さない。そいつのせいでスヴェンが死んだという可能性は未だ残っているのだ。
金の流れを追い、武器の流れを追い、その仕組みを理解してやろう。フェリクスはそう決意していた。グリゴリーが爆殺されたぐらいでは、彼は諦めるつもりはなかった。
だが、彼は忘れている。彼自身は正義の体現者などではなく、麻薬取締局という一官僚組織の構成員にすぎないということを。
ハワードから呼び出しがかかったのは帰国してから半日と経たないうちだった。
引き続き、兵器ブローカーを追って捜査を続けようとしていたフェリクスは舌打ちした。間違いなく、捜査を止めろとのお小言だ。
だが、フェリクスは捜査官に過ぎず、それに応じるしかなかった。
麻薬取締局本局の様子は相変わらずだった。皆が忙しそうにしている。キュステ・カルテルの内戦の件で情報が必要とされているのだ。あの内戦を終結させるために政府は10兆ドゥカート規模の特別予算を組んだと言われている。
メリダ・イニシアティブという大規模な財政及び軍事支援も既に進められているという。だが、フェリクスの目にはそれは本当の脅威から目を逸らさせようとする動きに見えていたのだった。
内戦を起こしているキュステ・カルテルは確かに脅威だ。だが、連中も金がなければ戦争を続けることはできない。そして、3つに分裂したキュステ・カルテルは不自然なほどに新生シュヴァルツ・カルテルやヴォルフ・カルテルの縄張りに手を出していない。
それはヴォルフ・カルテルへの攻撃が他の誰かに命中するようにしている。つまりは、ヴォルフ・カルテルの後援を受けたキュステ・カルテルの派閥があるという意味ではないだろうか?
フェリクスは前々から思っていたが、ヴォルフ・カルテルはシュヴァルツ・カルテルを解体して傀儡とし、キュステ・カルテルに恩を売り続けている。このままヴォルフ・カルテルの息のかかった派閥が内戦に勝利すれば、ヴォルフ・カルテルは事実上“連邦”全土のドラッグカルテルを支配することになる。
小さなドラッグカルテルもあるが、それらが扱っている品は合成ドラッグやホワイトグラスなどだ。ホワイトフレークや、今市場に急速に出回りつつあるブルーピルのようなものとは脅威度が異なる。
そのヴォルフ・カルテルに対する捜査は圧力がかかった。キュステ・カルテルを追え、と。キュステ・カルテルを追い詰めた後はこういうのだろう。『次は新生シュヴァルツ・カルテル』を追え、そしてそれが終わったらまた『キュステ・カルテルを追え』と。
フェリクスはずっと違和感を覚えていた。本局が必死になってヴォルフ・カルテルを捜査しないようにしていることに。いつも捜査の矛先は別のカルテルに向けられる。『ヴォルフ・カルテルは脅威ではない』という理由で。
だが、ヴォルフ・カルテルの資金力を推測するにそうは思えない。
フェリクスの懸念。ドラッグカルテルの金が“国民連合”に流れているということ。
ヴォルフ・カルテルは反共民兵組織を支援する資金を“国民連合”に与え、そのことで捜査から逃れているのではないか。
この懸念がある限り、ヴォルフ・カルテルへの疑いは晴れない。“国民連合”の現政権への疑いも同じように。
どこかでヴォルフ・カルテルと現政権は結びついているのではないか?
そう思いながらフェリクスは局長室までやってきた。
「失礼します」
部屋に入るとハワードの他にハイエルフの男がいた。知らない顔だ。
「フェリクス。独断で海外で捜査を行うとはどういうことだ? 君に与えられた権限を越えているとは考えなかったのか?」
ハワードは苛立った様子でそう言う。
「自分は最善を尽くしています。ドラッグマネーを追い、キュステ・カルテルに武器を売っている人間を突き止める。必要な捜査だったと思いますが」
「明らかな越権行為だ! 馬鹿なことを言うんじゃない、フェリクス。国務省から苦情が来ているぞ。こちらに連絡もなく、“国民連合”の捜査官がエルニア国国家憲兵隊と合同捜査を行っているが、どうなっているのかと」
「必要な行為でした」
「必要だからと言って行っていいわけではない!」
ハワードは激怒している様子だった。
「収穫はありました。グリゴリーは“国民連合”とドラッグカルテルと反共民兵組織を結びつけました。ドラッグマネーでこの3つは繋がっている。そして、恐らくヴォルフ・カルテルは──」
「そこまでだ。明確な証拠があるからそう言っているのか?」
「グリゴリーが爆殺されたことで証明されたようなものです。このまま捜査を続ければ、ヴォルフ・カルテルに大打撃を与えられます」
「そして現政権にもな。それが狙いなのではないだろうな?」
ああ。そうとも。“国民連合”政府内の内通者に打撃を与えてやるんだ。
「スヴェンが最後に残した情報です。『“国民連合”政府内にドラッグカルテルの内通者がいる』。私はそれを信じています。そして、その内通者こそ、スヴェンを間接的に殺した人間だと確信しています」
フェリクスははっきりとそう言った。
「……スヴェン・ショル捜査官が死んだのは随分と前だぞ。どうしていままで黙っていた。我々のことが信頼できなかったのか?」
「率直に言えば、その通りです。“国民連合”政府内の内通者はどこにいるか分からない。そして、権力を持っている。慎重にもなるものでしょう。だが、私ははっきりと申し上げます。現政権の中にドラッグカルテルの、ヴォルフ・カルテルの内通者がいる。あなたも薄々違和感を感じていたのではないですか、局長?」
「私の捜査権限を越えた話だ。私は関与できない。君もだ」
「では、連邦捜査局に情報を渡します」
「止めろ。大人になれ、フェリクス。そんなことをしても無駄だ」
「では、報道機関に持ち込みましょうか? それも“自殺者”が出るから止めろと?」
皮肉を込めてフェリクスが言う。
「フェリクス。これは高度な政治的判断の結果だ。君は共産主義者がのさばることを許容するのか? それでいいのか?」
「やはり反共民兵組織を支援するための資金をドラッグマネーで……」
「だが、証拠はない。君が報道機関にこの話を持ち込んでも、名誉棄損で切り捨てられるだけだ。証拠はどこにもない。君がいくらヴォルフ・カルテルに執着しても、決して証拠は手に入らない」
ハワードは淡々とそう告げる。
「そろそろ本題に入られては?」
そこでハイエルフの男がそう言った。
「彼は誰です?」
「戦略諜報省の人間だ。今回の件に関わっている」
ハワードはそう言う。
「フェリクス。取引をしよう。君にキュステ・カルテルを取り締まる全権を与える。3つに分裂したキュステ・カルテル全てへの全面的な捜査権限と兵隊を与える。好きに使っていい。ただし、もうこの件については探るな」
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