裏の繋がり
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──裏の繋がり
取引の仕組みはこうだった。
まずアロイスがブラッドフォードに金を送金する。送金された金は機密費として扱われ、戦略諜報省に渡される。戦略諜報省はその金を持ってアロイスと合流し、アロイスを介して兵器ブローカー──ネイサンやグリゴリーから武器を購入する。
つまり、グリゴリーの扱っていた金はドラッグマネーであったし、戦略諜報省の金でもあった。グリゴリーが証人保護にこだわったのも当然だ。下手に暴露すれば、ドラッグカルテルと戦略諜報省の両方から狙われることになる。
だが、結局危険性があるものは排除された。
というのも密告があったのだ。
同じ兵器ブローカーであるネイサン・ノースからアロイスに。グリゴリーがエルニア国国家憲兵隊に拘束されており、もしかすると取引のことを喋るかもしれないという密告が行われたのである。
アロイスは直ちにブラッドフォードに連絡。ブラッドフォードは戦略諜報省長官オーガスト・アントネスクに連絡。オーガストは現地の工作員にグリゴリーの殺害を命じた。
戦略諜報省の現地工作員が護送車両の通る位置に爆薬を設置し、護送車両が通ったと同時に起爆した。ライフル弾には耐えられる護送車両も大量の爆薬を使った攻撃には耐えられず、爆発炎上。グリゴリーは護送に当たっていた国家憲兵隊の捜査官とともに死亡したのだった。
「危ないところだったな。助かった、ミスター・ネイサン」
『こちらにも火の粉が降りかかる可能性がありましたからね。当然のことです』
アロイスはネイサンと電話で話す。
「しかし、どういう経緯で情報が漏れたのかが問題だな。今後もこういうことがあるとなると取引も慎重に行わざるを得ない。このようなリスクは可能な限り避けるべきだ。そうだろう?」
『その通りです。リスクは避けなければなりません。その点、グリゴリーは迂闊でした。彼はメーリア防衛軍と取引するだけではなく、キュステ・カルテル──今はキュステ・カルテル暫定軍と取引していたのです。キュステ・カルテル暫定軍は情報管理の素人です。あなた方のような粛々とした取引は望めない』
「では、自分たちは大丈夫だと?」
『少なくとも当局に気づかれるようなことにはなっていません』
確かにネイサンとの取引が表だって取り沙汰されることにはなっていない。もうネイサンとは『ツェット』創設以来からの付き合いで、ヴォルフ・カルテルが兵器を調達するならばネイサンからと決まっているが、問題が起きたことはない。
「ネイサン。あなたもメーリア防衛軍と取引し、ドラッグカルテルである我々と取引している。今回の件に麻薬取締局が関わっているかは分からないが、連中はアプローチの手段を変えてきた。ドラッグカルテルを直接捜査するのではなく、その周囲を洗う」
アロイスが語る。
「ひとつ間違えばあなたも爆殺される可能性があることを念頭に置いておいてもらいたい。この取引の露見はドラッグカルテルだけではなく、我々のもうひとりの顧客も危険にさらすことになる。俺はそうなることを望んでいない」
『私もですよ、ミスター・アロイス』
このクソッタレな取引を続けなければ、俺はくたばっちまうんだぞ。どこぞの記者が俺のことを暴露したものだから、アロイスは今や完全に人目を避けなければいけなくなった。“国民連合”政府自身はアロイスをヴォルフ・カルテルのボスと認めていないが、既に麻薬取締局は捜査を進めているはずだ。
畜生、畜生、畜生。“国民連合”政府が本格的に捜査に乗り出していないのは、このクソッタレな取引があるおかげだ。そして、今の政権は病的な反共保守政権だからだ。もし、次の大統領選で政権交代が起きれば、その時はアロイスの身の破滅を意味する。
“国民連合”が本気で捜査に乗り出したら、『ツェット』でも役立たずだ。相手は超大国“国民連合”なのだ。軍事力においても、経済力においても、政治力においても、あらゆる側面で“連邦”とは桁の違う化け物国家なのだ。
生贄を捧げ続けることで捜査をいつまで逃れられるか。恐らくは政権交代が起きた途端にご破算だ。あのクソジャーナリストはこう報じやがったのだ。“世界最大のドラッグカルテル”と。確かにその通りだ。アロイスは世界最大のドラッグカルテルのボスだ。
西南大陸の軍事政権からのドラッグ取引を取りまとめ、東大陸にも手を伸ばし、そしてアロイス=ヴィクトル・ネットワークとアロイス=チェーリオ・ネットワークの2大密輸・密売ネットワークを維持している。こんな大規模な取引をしているドラッグカルテルが他のどこにある?
せめて、“国民連合”の現政権とアロイスの取引が発覚せずに政権交代が起きることを祈る。政権交代が起きれば新しい政権は前政権の汚点を洗い流そうとする。『クラーケン作戦』はまさに汚点だ。
“国民連合”の新政権が発足したとすれば、過去の汚点である『クラーケン作戦』を叩き潰そうとするだろう。そうなれば麻薬取締局はどんな生贄の羊にも見向きもせず、アロイスを狙ってくる。
そうなればもはや何をどうしても無駄だ。
カールのように狩りたてられてムショにぶち込まれる。そうなればいい方かもしれない。最悪の場合、1度目の人生のようにフェリクス・ファウストに射殺されるかもしれないのだ。1度目の完全な繰り返し。
そうならないように今まで努力を重ねてきたのに、破局が迫っているような気がしてならなかった。どうすればこの破局から逃れられる?
『ミスター・アロイス?』
「ああ。すまない。考え事をしていた。それで次の取引だが、我々の方も武器が必要になっている。また大規模な取引を頼む。具体的なリストについては後ほど連絡する。我々はヘマはしない。裏切らない。それでいこう、ミスター・ネイサン」
『ええ。ヘマはしない。裏切らない』
そこでネイサンとの電話は切れた。
「マーヴェリック。キュステ・カルテルの内戦はどれぐらい続くと思う?」
「続かせようと思うなら、半永久的に。新世代キュステ・カルテルはともかく、キュステ・カルテル暫定軍とワイス・カルテルの戦力は拮抗している。どちらも決定打を打てない。このまま泥沼の内戦ってところだな」
「それはいいニュースだ。この戦争には続いてもらわなければならない。“国民連合”政府も民衆の目を逸らすのに、“社会主義連合国”のティムリア侵攻とキュステ・カルテルの内戦を頻繁にアピールしている。メリダ・イニシアティブがいい例だ」
メリダ・イニシアティブはキュステ・カルテルの内戦を終わらせるために、“連邦”に資金援助並びに軍事援助を行うというものだった。
ヴォルフ・カルテルは問題じゃない。問題なのは抗争を起こしているキュステ・カルテルだ。3つに分裂し、お互いに殺し合っているキュステ・カルテルこそ危険なのだ。“国民連合”政府はアピールしていた。
「しかし、このまま戦争が続けば出費も続く。将来の平穏な生活のためにと稼いできた金だが、この戦争で使い切るような羽目にならなければいいのだが」
「あんたは使いきれないほどの金を持ってるだろう? ドラゴンの寝床にだってないような規模の札束を抱えているじゃないか」
「ああ。だが、無限ではないんだ。決して無限などではないんだ」
もし、アロイスが麻薬取締局に追われ、アロイス=ヴィクトル・ネットワークとアロイス=チェーリオ・ネットワークが危険にさらされるならば、アロイスは財政に大打撃を受けることになる。
「俺もカールみたいな末路を辿るのかもな」
アロイスは愚痴るようにそう呟いた。
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